表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/43

是非

 眠りから覚める時に似た感覚。気づけば私は、目蓋を閉じて横になり寝ていた。


 どうやら転移した時に、暗転だけじゃなく意識もアバターから切り離された様だ。


 閉じていた目蓋を開けると、木製の天井が目に入る。その天井が偉く低い。立ち上がって手を伸ばしたら届くのではなかろうか。


 低い天井を圧迫感を感じながら、私は身体を起こして辺りを見回す。


 起き上がろうと着いた手に、スプリングの小さな反動と少し粗い布の感触。かけ物をしないで、私はベッドの上で寝ていたらしい。


「何処よ、ここ……」


 そこは、ベッド一つでスペースの半分を埋めてしまうような、小さな部屋だった。


 スタート地点は港街のメルトレレスで、こんな狭っ苦しい部屋では無かった筈だ。


 首を傾げながら、状況を把握しようと部屋の中を見ていく。

 その時、ベッドの横に靴があるのを見つけた私は、自分が靴を履いていないに気付く。見てみれば、その靴はアバター設定時に履いていた初期装備だ。


 とりあえず、動きまわる為にも靴を履こうと、ベッドの端に腰掛けて足を下ろす。


「ぁ、剣だ」


 その時、枕元に立て掛けてあった剣を見つけた。

 手を伸ばして手元に引き寄せる。鞘に納められたそれは、ショートソードと呼ぶような短さだ。


 持って行っていいのか疑問になりながら、詳細を見ようと剣をタップする。


 《ニュービーショートソード。

 新たな冒険者が持ち慣れていく為の武器。装備しているとまだ見ぬ冒険に胸が膨らむ》


「攻撃力とか表示されないのかい」


 思わず突っ込んでしまった。

 ともかく、詳細を見る感じ私の物のようだし、ありがたく持っていこう。


「お? お、お、おぉう!?」


 剣を腰に装備しよう立ち上がった私は、急に床が傾き始めたのに驚き、次いで逆方向へとゆり返す様な動きに堪らず転倒した。


「いったた……突然なによ……」


 何事かと辺りを見回すも変わった事はない。部屋が小さな軋みをあげるだけだ。


「軋んでるんだけど……ん?」


 その音に耳を向けて不安になっていると、意識を向けた耳に軋みとは違う音が入り込んだ。


「───波の音?もしかして、ここって……」


 私は立ち上がって剣を腰に装備すると、部屋の扉から外にでる。扉の外は、これまた狭い廊下が左右に伸びていた。


 片方は上に登る階段で、もう片方は下に降りる階段だ。


 下ってことは無いだろうと、登る階段に向かって上を目指す。すると、階段を登って直ぐに一つの扉があった。その扉から、先程とは違ってしっかりと波の音が聞こえる。


「この扉から外に出られるのかな……」


 他人の部屋じゃありません様に。


 私は思い切ってその扉を開き、照りつける太陽の光に目が眩んで小さく呻く。

 そして、目が光に慣れて視界が明瞭になった時、目の前の光景に感嘆の声をあげた。


「船だーっ!」


 中央にそびえ立つ巨大なマストをメインに、大小様々な帆が風を受けて張り、その巨大な船は青く澄んだ海を切り裂く様に進んでいた。


 甲板の上では、屈強な男達が帆の調節をしていたり、複数固まって談笑していたりとしている。


 私はそれらを横に見ながら船首へと足を向ける。たまに来る傾きに躓きそうになるのは、慣れてないんだから仕方が無いと自己暗示。


「うっわぁーっ! 何これ凄い!!」


 船首からの景色に、私のテンションは上がりまくりだ。


 船首の柵に両手を乗せて、乗り出す様に辺りを見回す。

 並走するかの様なカモメの群れ。何処までも広がる青い海。遠くに見える陸地。開放的な空。顔をうつ風も気持ちいい。


「VRだと潮風じゃないからいいよね・・・…」


 誰に言うでも無く独り言ち、一人苦笑を浮かべる。


 しばらく風を堪能していると、視線の先───船首が向かっている陸地に何かある事に気付く。


「あれは……」


「大陸の扉、港街のメルトレレスだ」


 突然背後から声をかけられ、声は抑えたけど、驚いて飛び上がってしまった。

 おいこら、〈感知〉仕事しろ。


「おっと、驚かせてしまったか」


 慌てて振り返ると、一人の男性がパイプを咥え、笑いながら立っていた。

 厚手で仕立てが良さそうな衣服を纏っているが、恰幅が良い身体には窮屈そうにみえ、その頭には三角帽を被っている。


 何処からどう見ても船長さんだ。


「すみません、話掛けられると思ってなかったので」


「ハッハッハッ! 大分、景色に夢中になっていたようだったしな」


 テンション上がりまくってたの見られた。すっごい恥ずかしい。


「なに、そう恥ずかしがる事はない。海に生きる者として、お嬢ちゃんの気持ちは喜ばしい事だ!」


 恥ずかしさに縮こまっていると、船長さんはそう豪快に笑いだす。


「なにより、冒険者と言うのはそういうものだろう?」


 チラリと私が装備する剣を見て、ニヤリと笑う。

 ひゃー、なんか悪どい笑いだ。


「冒険者って、やっぱりわかります?」


「この船に乗ってメルトレレスに行くのは、殆ど冒険者だからな」


 それを聞いて、公式サイトで見たプロローグを思い出した。


 そうか、プレイヤーはまだ見ぬ世界を夢見て船でメルトレレスに行くけど、これがその船なのか。


「船に乗ってるのって、私だけですか?」


「あぁ、今回はお嬢ちゃん一人だ。一ヶ月前だったかに、客室が埋まる程の冒険者を乗せたがな」


 それって、WAOが始まった頃の話だよね。現実では一週間ちょっとだけど、ゲーム内だと一ヶ月前扱いなんだ。


「じゃあ、貸し切り状態てすね」


「ハッハッハッ! この船を貸し切っても、儂等はなんの持て成しもできんがな!」


 私の言葉がそんなに受けたのか、船長さんは先程より更に豪快に笑いだす。

 そんな船長さんに、甲板で働いていた屈強な男が近づいて声をかけてきた。


「キャプテン! 停泊の準備できやした!」


 その声がなんとデカイことか。

 声量はいつもの事なのか、船長さんは気にした素振りを見せず頷いた。


「よぉし! 野郎どもメルトレレスに入港だぁッ!!」


「「イエッサーッ!!」」


 船長さんも負けず劣らずの声量でした!!


「さて、お嬢ちゃん、入港で甲板が喧しくなるが見ていくかね?」


「是非」


 せっかくなんだ。最後まで見ていきたい。

 私の言葉に、船長さんはあの悪どい笑いを浮かべる。

 それ海賊みたいで怖いよ。口には絶対しないけど。


「今回唯一の客であるお嬢ちゃんがテメェラの仕事を見たいそうだ‼︎ 恥ずかしい動きすんじゃねぇぞッ!!」


「「オウッ!!」」


 私を出汁にしないで欲しいのですが。


 その願いは叶うはずもなく、男達は私にいい笑顔を向けながら見事な動きを見せていく。


 私が見たかったの、入港する時の景色なんだけどなぁと、私はもの思いに耽りながら男達に笑い返して手を振った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ