是非
眠りから覚める時に似た感覚。気づけば私は、目蓋を閉じて横になり寝ていた。
どうやら転移した時に、暗転だけじゃなく意識もアバターから切り離された様だ。
閉じていた目蓋を開けると、木製の天井が目に入る。その天井が偉く低い。立ち上がって手を伸ばしたら届くのではなかろうか。
低い天井を圧迫感を感じながら、私は身体を起こして辺りを見回す。
起き上がろうと着いた手に、スプリングの小さな反動と少し粗い布の感触。かけ物をしないで、私はベッドの上で寝ていたらしい。
「何処よ、ここ……」
そこは、ベッド一つでスペースの半分を埋めてしまうような、小さな部屋だった。
スタート地点は港街のメルトレレスで、こんな狭っ苦しい部屋では無かった筈だ。
首を傾げながら、状況を把握しようと部屋の中を見ていく。
その時、ベッドの横に靴があるのを見つけた私は、自分が靴を履いていないに気付く。見てみれば、その靴はアバター設定時に履いていた初期装備だ。
とりあえず、動きまわる為にも靴を履こうと、ベッドの端に腰掛けて足を下ろす。
「ぁ、剣だ」
その時、枕元に立て掛けてあった剣を見つけた。
手を伸ばして手元に引き寄せる。鞘に納められたそれは、ショートソードと呼ぶような短さだ。
持って行っていいのか疑問になりながら、詳細を見ようと剣をタップする。
《ニュービーショートソード。
新たな冒険者が持ち慣れていく為の武器。装備しているとまだ見ぬ冒険に胸が膨らむ》
「攻撃力とか表示されないのかい」
思わず突っ込んでしまった。
ともかく、詳細を見る感じ私の物のようだし、ありがたく持っていこう。
「お? お、お、おぉう!?」
剣を腰に装備しよう立ち上がった私は、急に床が傾き始めたのに驚き、次いで逆方向へとゆり返す様な動きに堪らず転倒した。
「いったた……突然なによ……」
何事かと辺りを見回すも変わった事はない。部屋が小さな軋みをあげるだけだ。
「軋んでるんだけど……ん?」
その音に耳を向けて不安になっていると、意識を向けた耳に軋みとは違う音が入り込んだ。
「───波の音?もしかして、ここって……」
私は立ち上がって剣を腰に装備すると、部屋の扉から外にでる。扉の外は、これまた狭い廊下が左右に伸びていた。
片方は上に登る階段で、もう片方は下に降りる階段だ。
下ってことは無いだろうと、登る階段に向かって上を目指す。すると、階段を登って直ぐに一つの扉があった。その扉から、先程とは違ってしっかりと波の音が聞こえる。
「この扉から外に出られるのかな……」
他人の部屋じゃありません様に。
私は思い切ってその扉を開き、照りつける太陽の光に目が眩んで小さく呻く。
そして、目が光に慣れて視界が明瞭になった時、目の前の光景に感嘆の声をあげた。
「船だーっ!」
中央にそびえ立つ巨大なマストをメインに、大小様々な帆が風を受けて張り、その巨大な船は青く澄んだ海を切り裂く様に進んでいた。
甲板の上では、屈強な男達が帆の調節をしていたり、複数固まって談笑していたりとしている。
私はそれらを横に見ながら船首へと足を向ける。たまに来る傾きに躓きそうになるのは、慣れてないんだから仕方が無いと自己暗示。
「うっわぁーっ! 何これ凄い!!」
船首からの景色に、私のテンションは上がりまくりだ。
船首の柵に両手を乗せて、乗り出す様に辺りを見回す。
並走するかの様なカモメの群れ。何処までも広がる青い海。遠くに見える陸地。開放的な空。顔をうつ風も気持ちいい。
「VRだと潮風じゃないからいいよね・・・…」
誰に言うでも無く独り言ち、一人苦笑を浮かべる。
しばらく風を堪能していると、視線の先───船首が向かっている陸地に何かある事に気付く。
「あれは……」
「大陸の扉、港街のメルトレレスだ」
突然背後から声をかけられ、声は抑えたけど、驚いて飛び上がってしまった。
おいこら、〈感知〉仕事しろ。
「おっと、驚かせてしまったか」
慌てて振り返ると、一人の男性がパイプを咥え、笑いながら立っていた。
厚手で仕立てが良さそうな衣服を纏っているが、恰幅が良い身体には窮屈そうにみえ、その頭には三角帽を被っている。
何処からどう見ても船長さんだ。
「すみません、話掛けられると思ってなかったので」
「ハッハッハッ! 大分、景色に夢中になっていたようだったしな」
テンション上がりまくってたの見られた。すっごい恥ずかしい。
「なに、そう恥ずかしがる事はない。海に生きる者として、お嬢ちゃんの気持ちは喜ばしい事だ!」
恥ずかしさに縮こまっていると、船長さんはそう豪快に笑いだす。
「なにより、冒険者と言うのはそういうものだろう?」
チラリと私が装備する剣を見て、ニヤリと笑う。
ひゃー、なんか悪どい笑いだ。
「冒険者って、やっぱりわかります?」
「この船に乗ってメルトレレスに行くのは、殆ど冒険者だからな」
それを聞いて、公式サイトで見たプロローグを思い出した。
そうか、プレイヤーはまだ見ぬ世界を夢見て船でメルトレレスに行くけど、これがその船なのか。
「船に乗ってるのって、私だけですか?」
「あぁ、今回はお嬢ちゃん一人だ。一ヶ月前だったかに、客室が埋まる程の冒険者を乗せたがな」
それって、WAOが始まった頃の話だよね。現実では一週間ちょっとだけど、ゲーム内だと一ヶ月前扱いなんだ。
「じゃあ、貸し切り状態てすね」
「ハッハッハッ! この船を貸し切っても、儂等はなんの持て成しもできんがな!」
私の言葉がそんなに受けたのか、船長さんは先程より更に豪快に笑いだす。
そんな船長さんに、甲板で働いていた屈強な男が近づいて声をかけてきた。
「キャプテン! 停泊の準備できやした!」
その声がなんとデカイことか。
声量はいつもの事なのか、船長さんは気にした素振りを見せず頷いた。
「よぉし! 野郎どもメルトレレスに入港だぁッ!!」
「「イエッサーッ!!」」
船長さんも負けず劣らずの声量でした!!
「さて、お嬢ちゃん、入港で甲板が喧しくなるが見ていくかね?」
「是非」
せっかくなんだ。最後まで見ていきたい。
私の言葉に、船長さんはあの悪どい笑いを浮かべる。
それ海賊みたいで怖いよ。口には絶対しないけど。
「今回唯一の客であるお嬢ちゃんがテメェラの仕事を見たいそうだ‼︎ 恥ずかしい動きすんじゃねぇぞッ!!」
「「オウッ!!」」
私を出汁にしないで欲しいのですが。
その願いは叶うはずもなく、男達は私にいい笑顔を向けながら見事な動きを見せていく。
私が見たかったの、入港する時の景色なんだけどなぁと、私はもの思いに耽りながら男達に笑い返して手を振った。