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風向き(1)

 

 

 ふと目が覚めたのは、夜明けにはまだ程遠い時間だった。

 周囲に人家のない山の中だから、月でも出ていなければ夜は真っ暗になる。

 星さえ見えない曇り空なら、なお暗い。

 目を開けても閉じてもそう変わらない闇の中、エッタは目が覚めた理由を探した。


 手洗いではない。


 もちろん起床時刻でもない。


 鳥が鳴いたわけでも、獣の遠吠えも聞こえない。


 日頃の眠りは深い方だから、どんな理由にせよ、こんな真夜中に起きること自体が珍しいのだ。

 まあいいか、と寝がえりを打った時、窓を覆う鎧戸の隙間に、何かが動くのを見た。

 波打つように明滅し、不規則に移動する、光。

 誰かが明かりを持って、小屋の外を探っているのだ。


 野盗、押し込み、人さらい。


 いくつかの単語が脳裏に浮かび、エッタは寝台の傍らに吊るしておいた火かき棒を掴んだ。

 こんな山の中、いつ獣が羊たちを襲いにくるかわからないから常備しているものだが、一応人間にだって使えるだろう。

 この部屋の扉は二つ。

 一つは居間へと続き、もう一つは井戸のある裏庭へとつながっている。

 不審な光は井戸の方へ向かっているから、捕まえるには好都合だ。

 足音がしないよう、木靴は履かずに素足で扉に向かう。

 重い樫の扉だが、エッタが毎日油をさしたり磨いたりしているから、少しのきしみも立てずに動いてくれた。

 うっすらと開いた隙間のむこうに、夜の庭がある。

 案の定、光は井戸の傍でうろうろしているようだ。

 ごく弱い光だからか、持ち手の姿ははっきりとは見えない。

 光が腰高の井戸の淵より少し上にあるところをみると、やはり大人なのだろうという程度。

 一瞬、道に迷った旅人が水を飲みに来たのかとも思ったが、だとしたら表の扉をたたけば済むことだ。

 そうしないということは、やはり悪党。

 至極明快な解答に、眉間にしわが寄る。

――― 井戸を探るなんて、まさか毒でも入れるつもりかしら。

 この近隣ではついぞ聞かないが、人の多い所では、いざこざのあげくにそんな事をする慮外者がいると聞いたことがある。

「冗談じゃないわ」

 音には出さず、口の中で悪態をついた。

 この井戸は、山から続く大事な水脈から引いている。

 もしもここに毒など入れられたら、里の水にまで被害が及ぶ。

 そこまで計算の上だとしたら、途方もない大悪人と言うことになる。

 なんとしてでも阻止し、とっ捕まえてやらなければならない。


 極悪人の持つ燈火が、井戸の向こうに沈んだ。

 かがみこんでなにかしている、とわかったのは、光の加減で丸めた黒っぽい背中が見えたからだ。

 かがむ。

 埋める。

 なにを?

 先方にとって、もしくはこちらにとって都合の悪いものをだ。

 エッタは足音を殺して庭に滑り出た。

 かがみこんでくれたのならもっけの幸いというものだ。

 こちらに背を向けている間に一撃してくれよう。

 どうやら相手はまだこちらには気づいていない様子で、庭と畑の境目あたりで地面を探っているらしい。

 顔を見られないようにか、頭まで布のようなものをかぶっている。

 火かき棒の柄を両手に握りしめ、その頭めがけて横薙ぎに振りぬいた。

 

 刹那。


 目の前を真っ白なものが覆った。


 白、いや、漆黒の闇が透けて見える。

 半透明。

 ちがう、なにか、いきものじゃない。

 幽体。



―――――― 死霊



 薄黄色の瞳孔と視線が合った瞬間、エッタの意識は途切れた。

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