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杜の学び舎(4)


 翌日、昼前に呼び出された適性実技は、予想していた通りさんざんな出来になった。


 魔法使いの勉強の基本となる、地風水火の各要素(エレメンタル)への干渉力が、エッタにはまるでないのだ。

 平たく言えば、火も熾せないし、そよ風も立てられない。

 多少相性がいいらしい水の属性でも、ほんのわずか水面が動く程度。

 師匠に弟子入りしたときから、もののみごとに進歩がない。

 興味津々でついてきたサヴィナが気まずそうに視線をさまよわせているのが、いっそ申し訳ないくらいだった。

 わかっていたことだし、期待もしていなかったけれど、同輩の前でこのありさまは我ながら情けないと気が滅入る。

―――いくらなんでも、もうすこしましになっていたっていいのにな。

 これでよくぞ入学が許可されたという低能ぶりに、顔を合わせた当初のように高飛車に自慢でもするかと思ったのだが、笑ってはエッタが辛かろうと判断したようだ。くすりとも笑みを漏らさずに見守っているあたり、思いのほか人がいいらしい。

「サヴィナは、どの属性と相性がいいの?」

 ルームメイトの気を紛らわすため、最後の試験までのわずかな隙間に聞いてみると、やや控えめな声が返ってきた。

「火ですわ」

 なぜか、そっと天井に視線をやり、紅唇をひきつらせる。

「……天井まで、火柱が立ちましたの……」

 思わず一緒に見上げた天井は、自分たちの身長4つぶんくらいは上にある。

 そこまで届く炎の柱を想像して、一度開けた口が、音を出せずに閉じた。

 隣から、ふふ、と影のある含み笑いがする。

「ほかがあまり反応がなかった分、力が入ってしまいましたのよ。家では暖炉の薪に火をつけるくらいはやってのけていましたから、これならどうだと、つい」

 つい、で天井を焦がす令嬢も少ないのじゃないだろうか。

「……そう」

 すごいわねとはなぜだか言えず、あいまいな返事をしてしまう。

 魔法使いとしての素養という意味では称賛に値するが、試験に当たった講師もさぞ驚いたに違いない。

 それとも、それくらいできるのが普通なのか、ほかを知らないうちはなんとも言いかねた。

「でも、さすがは魔法学院ですのね。一昨日焦がした天井が、もう元通りですわ……てっきり修理代を請求されるかと思いましたけど」

 二人揃ってもう一度仰いだ先には、板目はもちろん、梁にも焦げ跡どころか煤すらない。

 寮での洗濯はともかく、掃除も不要と言われた理由は、このあたりにあるのだろう。

 故郷の庵にもそんな魔法がかかっていたら楽だったろうな、と考えて、それでは自分の仕事がなくなると思い直した。

 あの家では、魔法の勉強をするより、師匠の世話を焼いていた時間のほうがよっぽど長かったのだから。

「お待たせしてごめんなさいね」

 属性ごとに道具を運び出していた試験官が、目の前の机に小さな素焼きの深鉢を置いた。

「これはいかがかしら」

 小柄でふっくらした初老の女性は、まったく成果の出なかった一連の試験を慰めるでも呆れるでもなく、先ほどまでと同じように机の向こうに座ってエッタを促す。

 赤茶色の素焼き鉢のなかには、八分目ほどまで黒土が入れてある。

 残る試験は土の属性だから当たり前とはいえ、これをどうすればいいのだろう。

 土の動かし方なんて考えたこともない。

 今まで以上に途方にくれながら鉢に触れると、ほのかな温かさを感じた。

―――あれ?

 鉢が温かいのではない、もっと別のもの。

 思わず目を上げると、祖母くらいの年の講師がにっこりと笑った。

 両の掌で挟んだ鉢の中。

 この温かさはよく知っている。

―――優しき癒し手、あたたかき守り手。

「……清けく広げし(みどり)なる(かいな)にて包め」

 小さくこぼした言葉は、無意識だった。

 両手の間で、なにかがすうっ(・・・)と伸び上る気配がする。

「あっ……」

 サヴィナが声を上げ、あわてて口を押さえた。

 黒土をかき分け、鮮やかな新芽が首をもたげ、ぴんとはじかれたように葉を開く。

「……月桂樹」 

 故郷で食事に薬にと活躍してくれた、馴染みのある若葉に笑みが浮かんだ。

「そう、あなたは土にかかわりが深いのね、リュエナ・マルチェリエッタ」

 講師の薄い紫色の瞳が、エッタを見つめて微笑んだ。

「お疲れ様、これで適性試験は終了です。得意な分野を伸ばすもよし、苦手な分野も勉強次第で使えるようになるかもしれないわ。なにごとも先入観は禁物よ」

「……使えるように、なりますか?」

 思わず問い返す。

 その言葉をどう受け止めたのか、「魔法使い」は鷹揚にうなずいた。

「あなたにそのつもりがあるならね」

 つまりは勉強しなさいということね、とサヴィナが廊下に出てから呟いた。



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