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杜の学び舎(1)

 

  

 まずはお部屋に案内しましょう、と言われて向かった先は、馬車を降りた時に見た正面の大きな建物だった。

「……これが全部、生徒の部屋なんですか?」

「多いときには、生徒だけで千を越えるし、研究するためにいくつもの部屋を持つ人たちもいるわ。ただ、個人部屋にうつれるのは成績優秀な人が優先だから、最初はみんな相部屋で生活するの」

 キーラの先導で進む廊下は、堅牢だがそっけないくらい実用一点張りの作りで、魔法の荘厳さも恐ろしさも感じない。ここに来る前、街で泊ったあの宿のようだ。

「はい、この部屋よ。先に一人入室しているから、仲良くね」

 示された壁には、なるほど小さな木板に先の入室者の名前が書いてある。

 その文字が、縮みながらすうっと木板の上のほうへずれた。

 何が起こったか飲み込めないまま目を見開いていると、新しくできた空欄に、エッタの名前がするすると現れた。

 口を開けて隣を見れば、先導講師の綺麗な笑顔がある。

「便利でしょ?」

 こんな反応には慣れているのだろうキーラは、ね?と可愛らしく首を傾げてみせると、扉を叩いた。

「サヴィナ、あなたと同室になる新入生を連れてきました。入っていいかしら?」

(おとな)いをうけて出てきたのは、エッタの感覚では旅芸人と見間違うほど豪華な格好をした娘だった。

 いや、州都や王都で見かけた女性たちも賑やかな色合いの服を着ていたから、これが王都あたりでは普通の服装なのだろうが、山奥育ちのエッタには、到底普段着になど見えない格好である。

 襟は高く、(ひだ)が幾重にも重なった裾も床に届くほど長い。肩は柔らかく膨らみ、袖口はゆったりと広がっている。

 いたるところに贅沢なほど布地を使い、その一面に細かい刺繍、端々には目の詰まったレース。もちろん鮮やかな色で染めてあるうえに、素材は全部絹らしい。

 一目見ただけで惜しみない手間暇と金額がかかっているとわかる衣装だった。

 迫力に押されて一歩下がりつつも相手を見ていると、サヴィナと呼ばれた娘も淡い鳶色の瞳でこちらを見返してきた。

 エッタの、一見して田舎から出てきたとわかる木綿作りの簡素な服装にかすかに鼻を鳴らすと、きらきら濃く輝く黄金(こがね)色の長い巻き髪を、肩の後ろに流す。

「わたくし、サヴィナ・レダニスよ。よろしく」

「リュエナ・マルチェリエッタです、はじめまして……」

 どうやら個性豊からしい寮友にとまどいながら、よろしくと頭を下げる。

 その横で、キーラが「えーと」と小首を傾げながら、紙片と小さな本を取り出した。

「起床や食事の時間はこの紙の一覧を見てね。規則についてはこちらの冊子を。設備の案内は、サヴィナにお願いしていいかしら」

「わかりましたわ」

「ありがとう。校内は迷いやすいかもしれないけどそのうち慣れるから大丈夫よ。入ってはいけない場所は開かないようになってるから割合安全です。あまりないと思うけど、もしも怪しいものがあったら触らないで講師に連絡してね。それから、授業の選択は適性を見てからだから、いまから慌てて決めないように。では、しっかり学んでください。学院生活を楽しんでね」

 おっとりした口調ながら、あれよあれよと言う間に説明を片付けたキーラがにこにこしながら出て行くのを、エッタはぽかんと見送った。



 扉が閉じたのを見届けると、サヴィナが髪を波打たせて振り返った。

「さあ、知りたいことがあったら遠慮なく聞いて頂戴」

 つんと顎をあげ、胸を張る。

「わたくしは、先々週こちらに入学しましたの。でもまだ正式に受講科目は決定していませんから、そういう意味ではあなたと一緒ですわね。ですけど、ひととおりの案内と説明はできましてよ」

 自信たっぷりに言われても、なにから聞くべきかもわからないエッタとしては、はあ、としか言えない。

 荷物を持ったまま立ち尽くす「田舎娘」に、サヴィナが綺麗に整えられた左眉をあげた。

「……とりあえず、荷物はその棚に置いていただけるかしら」

 優雅なしぐさで示されたのは、窓を挟んで部屋の左側に据えられた棚机だった。並んで、古いながら天蓋のかかった寝台がある。

 反対を見れば、まるきり同じつくりの家具に、サヴィナのものらしい私物があれこれ詰め込まれていた。

 ここに至ってようやく室内をみまわす余裕が出たエッタに、室友となった娘が口を尖らせる。

「リュエナ、とか言ったかしら。夕食前に館内を案内をしたいのですけど、早くしてくださらない?」

明らかに険を含んだ語調に、エッタは肩をすくめた。

 

 

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