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光の都(7)

 

 

 デュー・アルドヴィエル。

 そう名乗った人を見上げる。

―――そういえば、わたし、お師匠様の名前も知らなかった。

 端正な(かお)、というのだろうか。

 青の目を伏せて溜息をついた青年は、傍で自分を見上げる弟子を見て少し笑った。

 いつものようにエッタの頭に手を伸ばし、思いとどまるように止める。

 その背後で、壁に光が灯った。

 同時に、回廊の横壁のひとつが開く。その奥は小部屋になっているのか、橙色の明かりが漏れている。

「今日はここから行けるのか。院長のご厚意かな」

 青年がぽつりと呟いて、誰もいないのにぽかりと口をあけている扉を示した。

「あそこにいけば、入学手続きができるはずだ。難しい試験があるわけじゃないから、怖がらなくても大丈夫だよ」

 顔も声も覚えのない人は、口調だけが「お師匠様」だった。

 その違和感を受け止め切れなくて、エッタはただうつむいた。

 魔法学院の院長が通し、親しげに声をかけたのだから、この人は確かに自分の師匠なのだろう。

 けれど、エッタの知っている師匠は、父親よりもずっと年上で、身長もこんなに高くなくて、ちょっと変わってはいるけれど優しい、祖父のような人だった。

 エッタが三年の間学びながら、一緒に暮らし、時には叱りさえしたのは、髪も目も同じだけれど姿形は全く違う、この人ではない。

 小さく、けれど強く唇を噛む。


 返して、と。


 わたしのお師匠様を返して、と。

 言ってはならないだろう言葉を、必死で飲み込んだ。

「……驚かせてごめん。事情があって、姿を変えている必要があったんだ」

 ひどく言いにくそうに、低い声がした。

「君の村に赴任したのも、学院を、王都を離れる必要があったからで……だけど、結果としてみんなを騙していたことになる。本当にすまなかった」

 下を向いたままのエッタの視界に、赤い髪が映る。

「……どうして、ですか」

 謝罪されても、はいわかりました、などとたやすく言えなかった。

 言いたくなかった。

「どうしてそんなことしたんですか」

 噛んでいた唇を、ようやっと動かす。

「いまは、まだ言えない。許しがないから」

 応える声は苦い。

「ただ、嘘も本当もごちゃまぜな噂としては学院内に溢れてる。ここにいる以上、耳にすることもあると思うけど、どれもろくな話じゃないから、他の人に俺の名前は言わない方がいい」


 俺、という聞いたことのない一人称に、肩がすくむ。


「だけど」

 短い言葉が、強く紡がれた。

 とっさに仰いだ青い瞳と、真っ直ぐ目が合う。

「本当に困った時は、俺を呼んで。どこにいても、どんなことがあっても、君を守ろう」

「……お師匠様」

 思わず零れた言葉に、青年がふわりと微笑んだ。




 促されて入ったのは、陽光の入る大きな窓の部屋だった。

 なにげなく振り返った先は、薄暗い回廊ではなく、明かり取りの窓がふんだんに設けられた白壁の廊下に変わっている。

 なるほど、あの人の言っていた「院長のご厚意」とは、場所をつなげる魔法のことなのか。

 さすがに慣れてきた「魔法」に納得しながら、目は白い外套を探す。

 場所が変わってしまった廊下に、あの人の姿があるわけはないのだけれど。

「いらっしゃい、入学希望の人ね?」

 後ろからかけられた声は柔らかい女性のものだった。

 かけていた椅子から立ち上がった顔は若く、温かそうな濃い緑色の長衣に、腰までの栗色の髪がつややかに映えている。

 そういえば、入学の手続きをするよう言われたんだった。

 挨拶もなしに部屋に入ったうえ、後ろを向いて突っ立っているなんてとんだ無作法だ。

「失礼しました。入学希望の、リュエナ・マルチェリエッタです」

 慌てて頭を下げると、いそいそと近寄ってきた女性がエッタの両手を取った。

「初めまして、講師のキーラ・オルフレイグです。ちょっと失礼するわね」

 ひんやりとした華奢な手が、エッタの手を包み込む。

 まるで鼓動を聞くかのように目を伏せ、ややあって長衣と同じ深緑の瞳がにっこりとほほ笑んだ。

「はい、ありがとう。このくらいの魔力なら、十分入学可能です。シャーグリーウスへようこそ」

 その言葉を聞くのは院長に次いで二回目だが、その前の一言にまたたいた。

 講師だというこの女性は、触れただけで魔力のありなしどころかその高さまでがわかるのか。

 驚くエッタに構わず、キーラと名乗った講師は机に戻り、楽しそうにさらさらと何かを書きつけた。

「リュエナ・マルチェリエッタ。院長の承認は済んでいますので、これで正式に入学が許可されました。どうぞ学院生活を楽しんでください。これからよろしくね」

 

 


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