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光の都(4)

 

 

 ウィルナに後を託し、村人たちの盛大な声援で送り出された二人は、山を越えた先の街から乗合馬車で王都に向かった。

 馬車と言えば驢馬(ろば)の引く荷車にしか乗ったことのないエッタには、乗り方から運賃からわからないことだらけで不安だったが、頑丈なだけが取り柄のような古い四人掛けの箱馬車は、二人を乗せるときしみながらも重々しく動きだした。

 道はそこそこ整備されており、山間の小道と違って、馬車が大きく跳ねることもない。

 狭いながらも横になれるくらいの幅がある座席におさまって、エッタはようやく息をついた。

 荷物も一緒に持ち込んだ馬車内は、大柄な大人が相向かいに座ったら膝がぶつかるような距離だ。

 師匠と二人だから気兼ねせずいられるが、本当に乗合だったらさぞ窮屈な思いをしただろう。

 そう考えて、思いだした。

「お師匠様、さっき御者の人に見せたのはなんだったんですか?」

 御者の男は当初、客が定員通り四人集まるまで待つつもりらしかった。

 それが師匠とエッタを乗せただけで走りだしたのは、師匠の見せた証書らしきものが効力を発揮したかららしい。

「魔法学院の発行した証明書だよ。急ぎの旅だから便宜を図って欲しいと書いてある」

 向かいの席に座った師匠が、掌ほどの大きさの紙片をかざす。

 細かい意匠の紋章と何かの文言が入ったそれは、表面が不思議な七色に輝いている。

 見た目だけでも高価そうで、うっかり落としでもしたらあっという間に取っていかれてしまいそうだ。

「じゃあ、それを他の人に使われたら大変ですね」

「そうかい?」

 気安く手渡された紙片は、エッタの手に触れた途端、白紙になってしまった。

 表にも裏にも、何も書かれていない。光ってさえいない、ただの紙だ。

 絶句した弟子に笑いかけて、師匠が紙片を取り戻す。

 師匠の手に戻った瞬間、紙片が元通りの証書になるのを見て、エッタは思わずため息をついた。

「……魔法、なんですね?」

「そうだね。『あらわしの魔法』のひとつかな。特定の条件で文字が見えるようになる魔法だ」

 消すのではなくて、見せる魔法だった。

 薬草を煎じるしか能のないエッタにとっては、どちらにしても想像のむこうにある技だ。

 もしそれを自分も学べと言われたらどうしようと思わないでもないのだが、そもそも魔法学院に入れない可能性もある。

 王都にたどり着いてもいない時点で悩む話ではなかった。



 乗合馬車はその後も他の客を乗せず、街道をひた走る。

 途中二晩を馬車で眠り、着いたのは城壁に囲まれた大きな街だった。

「州都マクニラだ。ここで迎えの馬車に乗りかえるよ」

 師匠のあとについて馬車を降りたものの、とたんに耳に飛び込んできた音の洪水に思わずあとじさる。

 周囲にぐるりと高くそびえる大きな建物は、何に使うものなのかすらわからない。

 エッタが乗ってきたような乗合馬車や、それよりももっと高価そうな辻馬車が、石畳の大路を幾台も行き交う音。

 村全員が総出になっても数が足りないような人波。

 大きな川ほどもある道幅の、向こうとこちらで鮮やかな天幕を張った物売りの、よく通る客引きの声。

 どれもこれもがめまぐるしくて、あいた口がふさがらない。

 荷物を抱えて立ち往生していると、弟子の様子に苦笑した師匠が手を引いてくれた。

「……お師匠様、今日はお祭りか何かですか?」

「いや、これが普通だな」

 普通といわれても納得がいかない。

 なんでもない日なのに、どうしてこんなに人がいるんだろう。

 時間は昼過ぎで、村ならみんな農作業に追われている頃合いだ。

 街の人たちは畑仕事などしないだろうけど、だとしたらみんなどうやって生計を立てているのか謎である。

 道を行く人たちはおおむね仕立ての良い服を着ていて、およそ金に困っている風情ではないが、都会はみんな働かなくてもいいような金持ちばかりなのだろうか。

「大丈夫かい、王都はこれより賑やかだぞ?」

「……はあ」

 これよりと言われても、これ以上どこに人間を増やす隙間があるのかわからない。

 生返事を返して、ひたすら師匠について行くエッタだった。

 

 

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