邂逅
扉がしっかりと閉まったのを見届けて、傍らの男を振り返った。
「昨夜庭にいたのはなぜだ」
最初から詰問調の『大魔法使い』に、ティルーダはにやにや笑いを崩さない。
「たまには違う連絡手段もいいかなーと思ってさ。あとはアンタの腕がなまってないか心配で」
「嘘をいえ」
「即否定かよ、ひでェな」
魔法使いの知り合いは年齢も性格も様々だが、これまでこの男と気があったことなど一度もない。
仲間内でもひときわ若く、それゆえか慢心した言動や悪戯めいた真似をしては周囲に疎まれていた。
もっとも、以前の自分を思い返せば、ティルーダを非難できた義理でもないのだが。
だとしても、この男の笑い方は気に入らなかった。
「三年半ぶりに来てみれば、なんかかわいい弟子とやらがいるじゃないか。そりゃ気になるってもんだろ」
あからさまな意図を含めた揶揄に、不快感はいや増す一方だ。
むろん、エッタに余計な不安を与えたことは、別口として仕返しの計算にいれておく。
「気にしてもらう必要はない。鳥にも持たせたろう。王都へ戻る気はない」
余計な手出しはするなと睨みつけたが、相手は怯まない。
ちゃりん、と音がして、ティルーダの掌に白い光が踊った。
暮色の迫った中でも、わずかな光を受けてあわあわしく輝くのは、魔法使いたちだけが使える、指環を模した印章である。
水晶に風の元素で銀を編み込み、その上に幾重もの魔法を載せることで、単なる印形としてだけでなく、身分の証や護符としても使えるものだ。
数歩を隔てて立つ男が見せびらかしたそれに、眉間のしわが一段と深くなった。
「……なぜ、お前がそれを持っている」
「さあて、なんででしょうかね」
不愉快さの水位が一気に上がる。
一歩踏み出せば、さすがに殺気を感じたのかティルーダが手の中のものを放ってよこした。
「そんな怒らないでも、これだけ厳重に保護がかかってりゃ悪用なんか出来ねえよ」
近寄られた分だけあとじさったのは、やはり彼もそれなりの手練だからか。
軽薄を装っていても、決して腕の届く範囲には近寄ろうとしない。
宙を飛んで難なく手の中におさまった小さな印章が、奇妙にずしりと重く響いた。
一流の彫刻師が見ても唸るほどに精緻な文様を描く銀が、薄青く光る水晶を包み込み、輪を成している。
懐かしくも苦い記憶の中にある、己の証。
あの美しく醜い王都にそびえる白亜の学舎を離れるとき、打ち捨てようとして止められたものだった。
「学院長は、戻れと仰せだ。俺はその命を伝えに来た」
印章を預けた師の名に、掌に落としていた視線を睨みあげる。
ティルーダが自分の右手をかざしてみせた。
日に焼けた指に、赤金の指環がきらめく。
「王立魔法学院学院長グルダス・アザンの名と命により、シャーグリーウスへ召還する。魔法司デュー・アルドヴィエル。主命に従い王都へ帰還せよ」
逆らいようのない命令に、指環を握った掌が鈍く痛んだ。