新着メールが一件あります。
20世紀の最後の方、新たなる電子世界の扉が開いた。パーソナルコンピューターの登場である。戦時中に情報受信の一端を担ったのもコンピューターだったらしいが、パーソナルと云う言葉通り個人の所有物となるまで、それはそれは並みならぬ研究者達の苦労があっただろう、多分。
それより少し後、ショルダーホンという持ち運び可能な電話が販売された。その重さ実に約3kg。通話料金は3秒に10円とか10秒に3円とか、確かそんな感じだったと思う。だったらその辺で公衆電話探してリンリンやった方がよっぽど楽だと思うのだが、今やテレカも公衆電話そのものも、絶滅危惧種と成りつつある。もっと後に出て来たポケベルも、今では恐らく使えない。 かの有名なグラムハム・ベルなら、今のこのご時世をどう思ったろうか。
俺は近代文明から取り残されつつあった。いわゆる「ケータイ」という物質のせいで。今やその「ケータイ」も「スマートホン」に取って代わろうとしている。
誤解しないで欲しいのだが、俺は別に年寄りでなければ中年のオッサンでもない。まだぴっちぴちの若者なのだ。ピチピチが死語だとか言わないで欲しい、まだ俺はこれでも十代だ。確かに老けて見られるけど。
その十代の俺はついこの間まで、「ケータイ」というものはとりあえず電話が出来ればそれで良いだろうと思っていた。別に防犯ベル付きこどもケータイでもお年寄りの簡単ケータイでもいい、とにかく余計なもんは全部省いてくれと思っていた。なぜって、俺は自他共に認める超がつく機械オンチで(何せテレビのリモコンすらまともに操れない)メールで三行書くのに三分はかかる。
今も苦手だが、最近状況が変わった。
平たく言うと、好きな人ができた。初恋だ。
俺より五才も年下のくせに彼氏をとっかえひっかえしている妹にはバカにされたが、俺は一つ年上の女性に恋をした。
一つの年の差というのは結構なカベだ。同じ教室で授業を受けることはまずない。けど、俺はどうにかその俺も通っている塾から出てきたその人を捕まえて、メールアドレス、すなわちメアドを教えてもらった。以来俺はその人と中身の無いやり取りを続けている。
俺はその人の本命の、いや本命って恋の話じゃなくて、その人の第一志望校の合格発表の結果の連絡を待っていた。俺はすまないけれど、直接連絡がほしいと頼んだ。その学校に行くのか、行かないのか。
正直俺は受験なんてくそくらえと思っている。偏差値の高い学校に入るより大事なことなんていくらでもあるだろうと。なんなら義務教育が終わったらすぐに就職してもいい。……のに、こうして親に高い金払わせて塾に通って比較的真面目に勉学にはげんでいるのは、単にその人に会いたいからといっても過言ではないのだ、情けないことに。そしてその人と同じ学校に入学して、少しでも多く話をしたい。そりゃ、失恋すればそれまでかもしれないし、その人が志望校に合格するのが大前提、だけど、これは俺にとって少しおそいが初めての恋で、かけ引きなんてできやしない。少しでも会いたい。成績の点で言えば俺は今のところ問題ない。これから周りに抜かれる可能性もあるから油断はできないが、何が何でも彼女の進学先には合格する。
ただ待っているというのはどうにも落ち着かない。俺は一番得意で集中しやすい算数のプリントを取り出した。そのときやっと鳴った。
ふるえたそれを両手で開く。
「Eメール 一件」の表示。
ぴ、ぴ、ぴと人差し指で電子世界の手紙をながめる。
タイトルには何も書かれていない。本文を開く。
「
8013番河口若菜
見事、
櫻座学園中等部に
合格しましたぁっ!
」
下に自分で撮ったらしい、満開の笑みが映った写真が表示された。あの人は俺と違って器用で、ケータイをしっかりと駆使している。たぶんこのメールも「一斉送信」とかいうやつで、俺だけでなく、あの人の家族や先生にも、同じ文章が届いているはずだ。
ちょっとさびしい。でも受かったんだ、よかった。
メールを五回ぐらい読み返して、電源ボタンを押そうとする。と、また手元で振動。
新着メールが、もう一件。
「次はマヒロ君の番
だよ(>▽<))ノ♪
ガンバレ! 」
……これって、世にいう脈アリってヤツですか?
……この小説、電車の中で無理矢理書きあげたものです。自己最短記録更新。
小説を書く時間がホントになくて困っています。それこそ受験生から抜け出したらもっと暇になると確信していたのに、なんだこの忙しさ。学生ってもっと暇じゃねえのかよオイ。
まあそんなわけで(どんなワケよ)この短編を某受験生へのプレゼントにしたいと思います。(因みにこれは当然自己満でやってます念のため。)いやーこんな事して何がいいかって、お金がかかんないとこよ!
……内輪話はこれくらいにしときます。
こんな所まで読んでくださった方々に感謝。駄文乱文失礼しました。
では。