ブラッディ・クロス
「はぁ…はぁ…」 路地裏の壁際から少年は、注意深く相手の姿を確認した。
その視線の先には、黒服にサングラス着用の男達複数名。
お互いに情報を交換し合った後、またバラバラの方向に散っていった。
「ふぅ…、何とか今のところ大丈夫みたいですね」
安堵の溜息を漏らしつつ、すぐ隣に自身の視線を向けた。
そこには、一人の少女。
ポカンとした表情で少年を見ている。
「あ、安心して下さい。あいつらからは、ぜ…絶対僕が守ってみせますから」
「はぁ…?」
緊張感バリバリな少年と対極的に少女は、無気力な返事しか返すことしかできなかった。
なぜなら…
「どこだ!あいつらは、どこにる!」
男達の怒号が反響した。今いるところからすぐ近くだ。
「やばい、近づいてる。逃げましょう」
再び少年は、少女の手を取り走りだした。
そんな二人の様子を、深々と椅子に腰かけモニター上で眺める影が、
一人、二人、三人。
彼女たちの目の前のモニター16個は正確にこの町の様子を映し出している。
真ん中の影が椅子に深々と座り、手のグラスをゆっくりと回した。
「くふふ…ははははは!逃げろ、逃げろ。逃げるがいい。しかし、我が従僕どもは、どこまででも
お前たちを追い詰める!」
「…ターゲット。えー16にまわりました。各部隊、すぐに直行してください」
左の影が、黒服の男達に的確な指示を与える。
男達はすぐさま反応し、走る向きを変えた
「くく…愉快、愉快。いますぐ引っ捕え、この秘酒『ブラッディ・クロス』の一滴に
すぐにでも加えてやるわ」
ポコンッ☆
重々しい空気だったはずの場所に、小気味のよい音が響いた。
「何が、『ブラッディ・クロス』だよ。ぶどうジュースの癖して」
右の影、もといショートカットの上倉蒼(通称:そー)が手にしていたフリーペーパーを丸め握り締めていた。
「ちょ、そー。雰囲気壊さないでよ。せっかくなんか、
怪しさムード、そんでもって悪役ムード満点に
なってきたのに」
「いや、わけわかりませんから、この雰囲気。そもそも始まりは、
澄香のデートを監視するって名目だったはずのなのに。なんで、黒服のおっさんに
ストーカーさせてんだよ。しかも、全員使って」
「えー。ただ見るだけとかつまんないじゃん。ハプニングとかあったほうが見てる方も楽しいし。
しかも、吊り橋効果なんて期待できちゃったり、とか」
真ん中の席にふんぞり返る髪を両サイド、
所謂ツインテールに結う金髪少女、橋田舞(通称:舞)は、不満アリアリの顔で、そーの顔を見た。
「…ターゲット。包囲完了。ヘッド。生け捕りですか?それとも殺りますか?」
「もも…お前もノリノリだな」
そう言って、言葉の一つ一つを噛み締めるように話す少女、新山百恵(通称:もも)にも、
フリーペーパーの棍棒で形だけの攻撃を見舞った。
裏でそんな事が行われている事など、その少年は知る由もなく、絶体絶命のピンチに襲われていた。
「ふふふ、逃げられんぞ」
「いい加減観念せい!」
町の商店街のど真ん中で、少年と少女は男達に囲まれていた。
彼らはジリジリと距離をつめ、包囲網をせばめていく。
「く、お…お前たち。目的は何だ。何が狙いだ」
少年があらん限りの声で叫んだ。
買物途中のおばちゃんたちが、どうしたことかとその騒ぎの中心に視線を集める。
寂れた商店街には似つかわしくない光景だった。
「知れた事。そのお前が、後ろに隠している女よ。そいつは、我らの秘密を知ってしまった。
生かしておくわけにはいかん」
「そいつを差し出せば、お前は見逃してやろう、さぁ、どうする!?」
黒服の男達が、ジリジリと包囲の輪を狭めていく。
「そんな事するはず…!」
少年は、ほぞを噛んだ。自分がどうなろうともこの隣の人は守らなくちゃいけないんだ、と心の中で自分を奮い立た
せ… 「あ、そうですか。じゃあ行きますんで、今日は解散ってことでよろしくお願いします、星井君」
やる気無さ気な表情をたたえ、ロングヘアのてっぺんに
小さくお団子を結った少女、小野寺澄香(通称:澄香)が、黒服達の前に出た。
「へ?」
星井優が、この状況が把握できず目を白黒させた。
「え、あ、ちょっと」
そして、それは包囲する黒服達も同じだった。
さっきまでの威勢はどこへやら。予想外の事態に、黒服各々は全員収集がつかなくなっていた。
「あ、えっと…小野寺様。あの、もしかして、全部お見通…」
「っていうか、ほぼ毎日会ってるのに緊張感とかないと思うんですけど
とりあえず、捕まってあげますから舞の所に案内して下さい」
「え、あ、その…小野寺様。ここは、『助けてー』とか言ってもらわないと、我々の立場が…」
「そんなの知ったこっちゃないです。さ、カメラはどこですか。まぁいっか」
そう呟くと、どこへというわけでもなく、澄香は言葉を発した。
「舞。聞こえてるんでしょ。いい加減にしないと、あとで…」
「ひぃ」
舞が、思わず席の上で飛び上がった。
「やべぇ。あの澄香、顔笑ってるけど、絶対怒ってるぜ」
そーが、呆れ顔で言った。
「…まぁ、当然」
百恵の冷ややかなコメントを放つ。
すぐさまは、舞は席を立ち、その部屋の扉に向かって手を伸ばした。
「あの…小野寺さん。これどういう…」
星井が、状況の説明を求めようとしたその時だった。
「澄香ー。スマソーーーー!!!」
星井の言葉をかき消すかのように、舞の言葉が響き渡った。
黒服達の包囲網のすぐそばの雑居ビルの2階の扉から舞が顔をのぞかせていた。
(近っ…)
そこにいた者のほとんどが内心突っ込みをいれたことは、言うまでもなかった。
しかし、澄香一人だけ動じることなく、舞に尋ねかけた。
「舞。これ、どういう事か説明してくれますか?」
「ひ…ひぃ。これはですね、その…」
「まぁ、いいから。澄香もこっち来いよ。お菓子とかあんぜ。
まぁ、デートの続きをしたいってなら別だけどよ」
そーも顔をひょっこりと出した。
澄香は、囲んでいた黒服を押しのけると、振り返りにっこり星井に言った。
「星井君。というわけで、今日はこれでサヨナラです」
――
監視カメラの電源は切られ、モニターには、ザッーという砂嵐のみが写りこんでいた。
さっきまで舞が座っていた場所に澄香が足を組み、深々と座っている。
そして、その前には固い塩ビタイルの上に正座する舞の姿があった。
「…被告人答弁」
百恵が、口火を切った。
「あ、えっとですね。まぁ、なんと申しましょうか。澄香のデートがうまくいったらいいかな~とか
思ってやりました…です、はい。ほら、アレだよあれ。デート大丈夫かな~って心配する親心みたいな」
「いや、お前そんな事言ってなかったからな。一言も」
「ちょ!」
そーが言葉を続ける。
「何か最初は見るだけ~とか言って、勝手に町に隠しカメラ設置させてたけど。
そのうち、ハプニングないとかツマランとか言い出して、おっちゃんたちに来てもらって。
で、最後には『ブラッディ・クロス』(笑)だろ」
「ブラッディ・クロス?」
澄香はその聞きなれない単語に首を傾げた。
「…あのぶどうジュースの事」
すぐさま百恵が机の上の瓶を指さした。
「何か、悪の組織の親玉になったつもりだったらしいぜ。今まで爆発させたリア充どもの
生き血なんだと。爆発させといて生き血っていうのも変な話だが」
「言うなー。言うなー」
舞は、床を叩きながら、頬を真っ赤に染め抗議した。
と、澄香の冷たい視線が舞を刺した。
おそるおそる舞は、澄香を見た。氷の微笑をたたえている。
「そっか。それで、あんな事したんですか」
「いやぁ、まぁ、ははは」
舞の口から取り繕いの愛想笑いが漏れる。
澄香が席から立ち上がり、右手を振り上げた。
「ひぃ!」
思わず舞は、両手で頭を覆った。
しかし…
「まぁまぁ面白かったから良し」
その右手で澄香は、舞の頭を撫でていた。
「い…いいのかよ」
「はい」
澄香は、当然の如く首を縦に振った。
「…デートはいいの?」
百恵が心配そうに尋ねた。
しかし、澄香は気にしている体もなく言った。
「別に…突然今日告白されて、いきなり好きになれって言われましても、ね?」
「まぁ、そうだけどよ…、次どうすんだよ、また誘われるかも知れないぜ」
そーが、心配そうな表情で澄香を見た。
「その時次第だと思います。まぁ、悪い人ではないみたいですし」
「…まぁ、うちの高校の生徒会長だし。当然といえば当然。
…しかも、1年生で生徒会長とか、将来大物間違いなし」
「いや、生徒会長っていったら基本悪なんだよ。古今東西のゲーム見てよ。Ka○onの久○とか…」
「お前は、知識偏ってるからな」
そーが素早く的確なツッコミをいれた。
「まぁ、とりあえずいいんじゃない?なるようになりますって」
それは、いつも通りの日常。
彼女たちにとって、何ともありふれた平常運行の日々だった。




