不可思議不可鉄
私は鉄を拾った。鉄はどことなく奇妙で違和感のある鉄だった。違いという違いはどこにも見当たらない。それどころかこの鉄が完璧な鉄である確信まで持てる。疑いようのない鉄だった。その鉄を見ていると胸の横が気持ち悪く圧される感覚と焦慮する。私は研究者という職業柄、その鉄を持ち帰った。その鉄の違和感は見れば見るほど深くなり、その鉄への認識は浅くなる気がした。その違和感とは原子や素粒子といった高貴な問題なのか、はたまた第六感や五感で感じる何かなのか。私は物理屋であるが故詳しいことは分からずじまいではあるが一晩観察し考え込んだ。鉄だ。それ以上でも以下でもない。わかったことは幾つかある。まず1つ目は2032.05と書かれていることだ。型番か何かか分からない。何も意味を持たないかもしれない。2つ目は直感ではなく殆どの確率で鉄であることだ。私なりの実験をしてみた。体積を測り重さを測り密度を導き出す。鉄だ。そして3つ目は違和感は鉄との確信は関係なく常に違和感はある。調べれば調べるほど違和感と焦りは強まる、乾いたゲロが出そうになる焦り、切羽詰まった感覚は何もしなかった夏休みさながらであった。私は次の一手をとる。母校の研究機関へ当たるという一手だ。東京工業大学の研究機関だ。少しはマシな精密検査ができる。私はいつもは乗るはずのない電車を乗り母校へあたる。そして意味があるのかないのか分からない形の建物が並ぶ母校へ足を踏み入れる。私は走り回りある教授を探し回る。化学を専門とした教授で、少しだけお世話になったことのある気の弱そうだが芯はあるご高齢の先生だ。私は10分ほど走り回り教授を見掛ける。
「教授!」
私は急いで呼び止める。教授は私の方へ振り返り驚きながら口を開く
「おお、こりゃまた珍しい。久しぶりだね、卒業論文の添削ぶりと行ったところかい?それはいいとしてそんな急いでどうしたんだい?」
「今日は教授に調べて欲しいことがありお訪ねしました。」
「ほう?というとなんだい?」
私はポケットをまさぐった。
「こちらの鉄です。きっと鉄であるこれですが、なんとも奇妙で違和感が溢れています。私は一晩かけて調べ回りましたが何も違いはありませんでした。しかし違いがあるのは事実だと思います。」
私は息切れしながら何とか疑問をぶつけた。
「鉄か。そんなあやふやな疑問をぶつけて来るとはまたもやいっそう珍しいことだ。君ほどの人間が非科学に走ることはないと思っていたが、」
そういいながら鉄を見つめる。
「これは、確かに気持ちの悪い鉄だね。本当に鉄なのかい?」
「私が一晩でできる確認までは鉄で確定しています。密度程度のことしか確認はできてないですが。」
「そりゃまた奇妙だね。君のその真剣さが少しばかり分かったよ。」
「そこで原子や素粒子などの違いがあるのか、またもっと専門的な何かを使ってどんな鉄なのか調べて欲しいのです。」
「なるほど。まあいいが、私たちの違和感と原子ほど緻密で矮小で神秘な世界は干渉していないと思うが。」
教授はメガネを光らせながら鉄を凝視する。メガネに反射する鉄を見て私は何故か心がスッキリした。きっとこれで解決すると確信したからだろう。
教授と私はすぐさま研究室に潜り込みありとあらゆる研究をしてみた。これは鉄なのか、はたまた未知の何かなのか。結果は調べれば調べるほど鉄であった。磁石、電気、原子、全てが鉄であると断言せざるおえなかった。教授も私も眉を顰めた。
「鉄のようだね、」
教授はすごく訝しんだ目で私を見た。
「そのようですね。疑いようのない鉄ですね。」
私は酷く落胆した。教授のメガネに反射した鉄は正体を隠し通せたと生き生きとしていた。
「すみません、お手数をお掛けしました。」
私はとても小さい声であやまった。
「いや、いいんた。久しく奇妙なものを見た。この職業柄直感で感じる奇妙さとは心踊る。私もこの違和感は強く感じている。1つ提案だが、神社に行ってみるのはどうかね?私も君も霊を信じるタチじゃないが、こうも全てが鉄であるが違和感が拭えないとなると霊的な何かと疑ってしまう。第六感的なものは私ではなく神社の人が適任だろう。提案といってはあれだが是非お願いしたい。私も私でこの違和感は放っておけない何かを感じる。」
「分かりました。ありがとうございました。」
私は少し気が進まないが教授の言うこともごもっともなため神社に向かうことにした。私は電車の中も鉄を見た。電車の窓に反射する鉄は怪しく光っていた。
家の近所の神社に着いた。少し大きめで祭りとか正月には動けぬほどの人が横溢するような神社だ。私は神社に付くやいなや大きな声で
「誰かいませんかー!」
と勇気を振り絞り叫んでみた。すると、どこかしら返事が聞こえた。少し待ってみるとまさしくな坊さんが出てきた。
「はい!ハイハイなんでしょうか、何か不備でもありましたか?」
「いや、少しお聞きしたいことが」
「ほう?この神社についてですか?それともお祓い的なものですか?それとも行事の礼節等ですか?」
「お祓い的なもので」
「ほう?珍しいですね。お祓いといいますとどのようなことが起こりましたか?」
慣れている様子が見えて少し信頼ができた。
「特に何か、というより不思議な鉄を拾いまして。原子レベルまで調べましたが鉄でしかありませんでした。ですので、研究者の立場でなんですが霊的な何かなのではないかと疑っていまして。」
「なるほど、鉄ですか。取り憑いてるとかそのようなことでしょうか。その鉄をお見せ頂いてもよろしいでしょうか」
「はい、こちらです」
私は急ぎながらポケットから鉄を出した。
「これですか。なるほど。」
坊さんは少しだけ顔をしかめた。そして少し躊躇いながら口を開いた。
「これは呪いも霊的なものもあまり感じません。なんというか不気味と言うより悲しい、焦り、そのような何かを感じます。何かがあるのは私にも分かります。それは霊では無いにしろ何かには取り憑かれています。きっと。」
「はあ、」
私はあまりよく分からないが話を聞くことにした。
「とても多くの氣を感じます。たしかに奇妙な物ですね。」
「やっぱりそうですか。」
「そうですね、ですが私の専門ではないような気がします。」
「厳密には霊的な何かはついていないが、霊的ではない何かが取り憑いている可能性がある。ということですか?」
「その通りです、」
「なるほど、よく分かりませんね」
ほんとによく分からない。
「ところでコレはどこで拾ったのですか?」
「どこ、ですか。えっと、ここら辺ですね、あのーアソコのコンビニの当たり」
「ほう?なるほど、それはまた興味深い。」
「といいますと?」
「その土地に宿る氣というものがありまして、この鉄からは異様で見たことの無い氣しか見受けられないのです。少なくともこの日本ではないですね、」
「なるほど、」
私と坊さんは少しばかり考え込んだ。奇妙で少し怖さも覚え始めた。
「隕石かもしれませんね」
私は逃げるように言った。坊さんは少し怪訝な顔をしていたが納得していた。私は少しだけスッキリしながらも煮え切らない結果に焦りは募るばかりだった。私は鉄とともに家に帰り都市伝説的なことを試してみた。霊的では無いものの何かがついているのなら、そういう感じの事で反応するかもしれない。藁にもすがる思いだ。鉄と共に階段を登ってみるが13段目は現れなかった。次に写鏡をしてみた。何も無い。もう都市伝説は思いつかないため一旦4時44分まで待つことにした。私は夕飯を食べるべくお湯を沸かしに行く。お湯を沸かす間も私は鉄を凝視する。鉄を見て鏡を睨み一種のイラつきさえ覚える。またもや鉄は煽りながら光ってくる。私は鏡の中の煽る鉄を眺める。1番美しいのは写鏡の右手側、手前から4番目だ。異様にしっくりしている鉄であり、鏡の中の世界と順応したような、パズルのピースがピッタリハマった感覚を覚えるような、普通の鉄だ。ずっと奇妙だったから麻痺っていたが鏡の中の鉄が鉄たる鉄だ。違和感もなく違いも無さそう。私は目を見開いた。ついに鉄の違和感を拭えてしまったのだ。しかしなぜ鏡の中、しかもあの奥の鏡の鉄は生き生きとしていたのか、私は鏡のことをよく知らないが、きっと何か神秘で不可思議な科学ではない何かが働いているのはある程度予測できた。私はそういうものに疎かった。私はすぐさまネットで鏡について調べあげた。都市伝説から呪い、呪物、霊的なものからポジティブなものまで。その中であるスレッドを見つけた。「鏡の中に現実とは違うところがあるんだが?」というものだった。そこにはある画像とコメントが綴られていた。それは普通の鏡に見えて、確かに違和感がある。赤丸の中に囲まれたところをよく見ると石鹸が鏡の中のものだけ割れていた。私も含めだいたいの人が合成画像と疑ったが、ところどころ鏡の違和感を共感するコメントもあった。そして1つパラレルワールドだ!と叫ぶ人も居た。わけが分からない。物理的根拠は何一つ出てこず飽く迄都市伝説の域を超えないものばかりだ。だが私の目の前には都市伝説と言っても過言では無い何かが鎮座している。実に気味が悪かったが興味もそそられた。私はテンションがあがりながらペットボトルに手を伸ばす。喉が乾いた。蓋を開けようとするがまたもやモヤモヤが焚き付けられる。私はペットボトルを凝視する。ペットボトルに特に違和感はないと思うが。そしてその違和感と言おうかモヤモヤというか、その悩み事自体はたわいのない問題であったため、すぐに片付いた。パラレルワールドなぞと言えど答えは出ない。哲学論と似たようなものを感じる。だが哲学と鉄の相関はあまり感じられないし答えもどう導くか検討もつかない。鉄とは元来地球から取れる資源であり地球の1部である。そして人類の進化の礎であり我々と共に歩んできた歴史でもある。鉄とは。鉄を哲学的に考えようとしても、答えにはたどり着かない。しかし哲学とは私にとって答えのない旅路であり宇宙である。可能性は感じる。だが、もう考えても無駄なのだ。きっと滅んだ地球のことなど。明日は2032年6月15日だ。私は神秘を信じない。だがパラレルワールドは私の手の中では神秘では無くなっていた。老い先短い地球を楽しむべく私は早めに眠りにつく。




