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トンネル

作者: 吉 文一
掲載日:2026/02/06

 トンネルとは、山や地面を掘って地上から地上までの道を作るものである。掘削機、ダイナマイトなど、現代では様々な方法で穴を掘る。


 しかし、昔はトンネル工事も手作業で行われていた。ノミで少しずつ岩を削り、溜まった土を外に運ぶ。削りすぎて土が落ちれば下敷きになり、有毒物質で死ぬこともある。雄大な自然に挑むのだ。人が死ぬのも当然であろう。


 しかし、死んだ方としては当然などとはとても言えない。生への執着が、未来を見られない無念が、使い捨てられた怒りが、生きている同僚への嫉妬が、その他様々な薄暗い感情が残るのである。

 

 だからこそ、明治より昔に作られたトンネルには入ってはならぬ。そこには死んだ者の呪いが渦巻いている。なに?信じられないだと。仕方がない。それならば、あるトンネルの話をしてやろう。そうすればお前もトンネルの恐ろしさがわかるだろう。心して聴くが良い。



 江戸の中頃、宝暦の頃、信濃国のある村では、隣村まで行くのに山が大層邪魔であったそうだ。小さな村では医者もおらず、険しい木々を掻き分けて隣村まで行かなければならぬ。もちろん、そんな不便な暮らしだろうが人々は慣れていく。


 しかし、ある男はどうしても我慢がならなかった。その男には年老いた母がいた。ある年、その母から病気になり、隣村の医者のところに行かねばならなくなったのだ。男は母を負い、山を越えて隣村に向かった。それはそれは急いだそうだ。


 しかし、あと一歩のところで間に合わず、母は死んでしまったそうだ。その時、男は思った。母のような犠牲をこれ以上出さぬよう、隧道を作るべきだと。隧道とは今の言葉でトンネルのことである。


 男には学がなかったが執念でトンネルを掘り進めた。ノミを使い岩を削り、土を運び、ひたすら山を切り拓いていったのだ。普通なら、男1人の無謀な行動に過ぎなかっただろう。事実、村人からは母の死で気が触れたと思われたそうだ。しかし、苦節50年、男はやり遂げた。トンネルと言うには不恰好な洞穴だったが、それはまさに男の執念だったのだ。


 ここまでなら美談で済んだだろう。母の死を糧に未来を切り拓いた勇敢な男は讃えられ、感謝されたに違いない。


 しかし、現実はそう甘くはなかった。

男はトンネルの掘り方など知らなかったのだ。岩を固め、支えを作る。トンネルは只の穴ではなく、技術の結晶なのである。男も、村の人も、そのことをわかっていなかったのだ。



 男の作ったトンネルは村人に大層喜ばれたそうな。これまできつい山を登らなければならなかったのが、真っ直ぐ歩いて行けるのだから、それはもう嬉しいに決まっている。男の村の村人も隣村の人間も大勢行き来して、村には活気が訪れた。しかし、幸せは長くは続かなかった。


 その日は、ポツポツと雨が降る、薄暗い日であった。男の作ったトンネルが崩れたのだ。素人が穴を掘っただけなのだから、強度もなにもかもが足らなかった。

 その結果、15名が死んだ。生き埋めになり、酸欠に苦しみながら、それはもう惨たらしく死んでいった。顔は青く変色し、岩をかきむしった爪は剥がれ、怨嗟の声が一日中聞こえたそうな。



 事故の後、男はトンネルに埋められた。村人の恨みは深く、犠牲になった村人と同じ目に合わせることを決めたのだ。埋められて死んだ人々や、山の神に対する人身御供の意味もあったのだろう。埋められた村人の遺族は直接手を下そうとしたが、男に悪意がないことを理解していたため、このような沙汰が下ったのである。


 男は何も言わず黙って埋められた。罵詈雑言を吐かれようとも、固く縛られようとも、殴り蹴られても、土が口の中に入ろうととも、酸素がなくなり呼吸が苦しくなろうとも。ただ黙って埋められた。


 男自身も自分の過ちを感じ、後悔していた。母の死を悔やみ、同じような犠牲を出さないために作ったものが、結果的にそれ以上の犠牲を出してしまったのだから。村人の幸せを願った行いが、不幸を生んでしまったのだから。まことに、知識のない者の善意ほど恐ろしいものはない。地獄への道は善意で塗装されている。


 男が埋められて暫くは何もなかった。いや、暫くどころか200年ほどは何もなかったのである。動きがあったのは、戦後、復興の時である。空襲により山肌が削れたことで、トンネルの面影が見えてきた。トンネルが有れば、移動時間も短縮でき、復興が進む。そう考えた当時の市長が、当時の穴を利用してトンネルを掘り進めようと決めたのである。


 しかし、その計画は困難を極めた。どんなに頑張っても、どんなに気をつけても、途中でトンネルが崩れてくるのである。最新の技術を持って進めているはずなのに、なぜか上手くいかない。しかし、崩壊した岩に当たったものはおらず、怪我人は出ていない。岩掘り進めると確実にトンネルが崩れるにも関わらず、なぜか怪我をするものはない。そんな不思議な現象が続くうちに、村の人の間のうちではある噂が流れるようになった。



 昔危ないトンネルを掘ってしまった男の霊が、トンネルに取り憑いているのではないか。男はトンネルが崩れたことで多数の死者が出たことを今でも悔いており、トンネルを作らせないようにしているのではないか。そのような噂がまことしやかに語られるようになっていった。優しい男の霊だから怪我人がいないのではないか、そう思われたのである。またトンネルが崩れることを危惧し、守ろうとしているのだと。


 そこで、工事を担当していた会社は、お祓いを行うことにした。男を祀り、その気高き精神を讃えると共に、今回の工事の大切さ、安全性を訴えたのだ。高名な神社に頼んだことも功を奏したのか、その日から事故はぱったりと減った。村人は、男が理解してくれたのだと喜び、トンネルの完成を今か今かと待ち侘びた。



 もう少しでトンネルが完成するという直前、大規模な崩落事故が起きた。トンネルを掘っていた会社の従業員が多数死に、生き埋めになった。酸欠になり、岩をかきむしり、大声で叫んだ。200年前、男のせいで生き埋めになった時と同じように、何日も声が続いた。もちろん、重機を使って掘り出そうとはした。しかし、大雨が降り、二次災害を考慮した結果見捨てられたのだ。


 大雨にもかかわらず、助けを求める声が何日も何日も続いたそれは、村人や工事会社の人々を怯えさせ、手を引かせるには充分だったようである。それ以降、そのトンネルはもう一度繋がれようとすることはなく、村人は多少不便でも山を通るようにしたようである。



 トンネルの霊は男のものではなかった。男は自分の過ちを悔いながらも納得して死んだ。自らの一生を賭けてトンネルを掘り、そのトンネルで死ねたのだから、本望だったのだ。


 トンネルにいた霊は、男のせいで生き埋めになりそのまま死んだ者たちの霊であった。覚悟もなく、苦しみを抱えながら死んだ者の怨みは、その元凶の死だけでは満足しなかったのである。怨みはトンネルがなくなったことで表に出ることはなかった。そして、少しずつ薄れていた。

 しかし、もう一度トンネルを開こうとするものを見て、怒り、怨みを思い出したのだ。同じような犠牲を出さぬ為、愚か者に報いを受けさせるため、地縛霊は怨霊に変化した。とは言っても、死んだ者が現世に干渉するのは並大抵のことではできぬ。一人ずつ押し潰す方法は上手くいかなかった。だから、完成間際、最も気の緩むときを狙って、一網打尽にする方法をとったのである。霊の作戦が功を結び、大勢死んだ。愚かな人間は報いを受けたのだ!



 お前もトンネルの恐ろしさがわかったか?わかったなら、古いトンネルには近づかぬことだ。近づけば必ずその報いを受けるであろう。ああ、もう言っても無駄だったな。ここがそのトンネルなのだから。

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