【第78話:気付いたことがあります】
羊が増えた。
メス4匹しかいなかったはずなのに。
「アイちゃん?なんだか増えている気がするわ」
この小さな牧場には4匹の羊が飼われている。
ミルクと羊毛を提供してもらおうと、先月南の島で捕まえてから飼っていた。
たまたま引っ越しついでに第二貨物室も整理しようと志して、ヴェスタはアイ02を伴って訪れた。
アイ02は羊の導入当初から携わる責任者だ。
「ちょっと聞いてくるね」
ぴょんとヴェスタの肩から飛び降りたアイ02が牧場に入っていく。
めえめええと羊が鳴くと、アイ02がみーみーと昔の義体のようにブザーで鳴き返す。
暫くはめえめえみーみーと会話が続いた。
目が点になって見ていたヴェスタの元にアイ02がぽてぽてと走ってくる。
「アネッサが実は妊娠していたんだって‥‥ちょっと言い出し辛くて黙っていたんだって」
なんだか生々しい話だった。
アネッサの旦那は去年無くなっていて、あの島には既婚男性しかいなかったので、申し出難い状況だったと言う。
そして、そうこうしている内にスパイラルアークに捕らわれて、先週出産したらしい。
子羊はオスでペーターと言うらしい。
「まって‥アイちゃん‥‥ちょっと難しいお話になるわ‥し‥親権は‥いえ認知は‥」
ヴェスタの中ではすでに不倫出産事件として訴状が作られていった。
「で‥DNA鑑定を‥‥」
「ゴクリ」
ヴェスタが深刻なのでアイ02もドキドキであった。
そこで、天なる声が入る。
『お昼ご飯ですよ!もどってくださーい』
アイカの霊子通信で、ランチの呼び出し。
「まぁ、ごはん食べてから考えよう」
「うん!ごっはんごっはん」
アイ02はぴょんとヴェスタのおしりに飛びついてよじよじと肩を目指した。
ヴェスタの肩で振り向いたアイ02は、ぶんぶんと羊達に手を振っていた。
「お昼なんだろうなぁ、楽しみ」
そういいながら、拠点に戻る頃にはヴェスタの中では羊の事件は存在を薄くした。
その後ヴェスタはジュノと喧嘩になりアイカに仲裁されて仲直りしていちゃいちゃしだした頃には、羊のことは忘れていた。
次にその話題が上がるのは、さらに1年後に羊が9匹になったのを発見した時だった。
オヤツの頃には、すっかり荷運びは終わっていた。
なにも無い拠点のなかに丸テーブルと椅子が3脚。
ダイニングもすっかり片付いて、このテーブルたちが最後だ。
キッチンも今回は外して積み込んだ。
「20日になるんだね‥‥ちょうど20日だ」
ジュノがテーブルを撫でながらしみじみと言う。
「そんなになるんだ‥‥前の拠点より長いのね?」
ヴェスタも数えてはいなかったようで、ログをみて驚く。
「色々あったので、濃密な20日でしたね」
アイカも思い出してアイ02をよしよしとする。
くすぐったそうに嬉しそうにするアイ02を見てジュノもヴェスタも微笑みを浮かべる。
「じゃこれを運んでからお風呂だね!」
ジュノの宣言で、最後のしごととして、テーブルと椅子を運ぶ。
お風呂は給水設備も給湯設備も外したので、湯船にあるので最後のお湯だ。
ちゃぽんと三人で並んで入る。
「ふぃい‥‥」
「あぁ‥‥あったかぁい」
「きもちぃですぅ」
三人ともくってりとお湯を堪能する。
「この浴槽は持っていかないの?」
ジュノの意見にヴェスタが簡潔に答えた。
「ドアを通らないのよ‥‥これここで組み立てたから」
浴槽は4分割のパーツを持ち込み組み立てて、例の防水ひっつきシートで仕上げた。
ナノマシンが癒着させるので、壊さないと出せないとあきらめた。
「ほなしゃーなし」
謎のアクセントであきらめるジュノ。
ジュノはゲームフリークなので、時々そっち関係の言葉になる。
「宇宙広しと言えど‥‥お風呂をここまで堪能するAIもなかなかいないです」
アイカもしみじみ言う。
そもそも二人が居なければ入浴してもシャワーで済ませるのが義体の扱いだ。
湯船であったまるなどという行動フローはAIにはないのだ。
「うふふーいいのアイカはAIじゃなくて妹なのよ」
ジュノがまたべったりくっつく。
どきどきっとするのは、ジュノが妙に柔らかいからだ。
強度的な不安をかんじるのだと。
そうにちがいないとアイカは思う。
最初は嫌がって見せていたが、嫌がっていないのを見破られてからは、バカらしくなりやめた。
「ジュノばかりずるい!」
反対側からはヴェスタが抱きつく。
ふみょんといろいろ柔らかいので、アイカはさらにドキドキして赤くなる。
ヴェスタの防御力を心配して動悸が早まるのだと。
そうにちがいないとアイカは思う。
よしんば湯船を堪能するもの好きなAIが居たとして、このむにゅむにょ地獄は知るまいと、アイカは思うのだった。
あったまったし、アイカも堪能したとして湯上がる三人。
二人の髪をドライヤーで乾かすアイカ。
二人の髪は少し伸びて、ジュノも背中の真ん中、ヴェスタはおしりにとどく長さになった。
「乾かしながらすこし髪を整えますか?だいぶ伸びましたよジュノ」
アイカの義体はちなみにアイ達に切ってもらっている。
週一くらいで整えるので、きっちり肩と眉でそろうオカッパだ。
「そうね、最初の頃と同じ長さにしてぇ」
そう言われると、アイカは出会った頃のジュノのデータを参照する。
「そうすると4cmほど切りますよ?いいですか?」
正確には平均42mmで、最小で37mmだなと正確に把握するアイカ。
アバウトな参照でこれであり、本気なら一本ずつ調べて揃えることも可能だ。
「‥‥アイカすっごい正確に最初の頃にしようとしてるでしょ?!適当でいいのよ?!」
アイカの真剣な目線を鏡でみて慌てるジュノ。
「5分くらいでぱぱっとでいいよ?」
「了解しました‥‥解像度を下げます」
5分で終わったアイカのカットには、ジャギーだらけでアンチエイリアスも入らないデジタルなカットになった。
「‥‥くっ‥‥ゴメン、ジュノ‥‥くく」
ヴェスタが仕上がりを見て、笑い出す。
「ひどい!」
ジュノは涙目。
「ごめんなさい‥‥」
アイカもしょんぼりする。
貸してみてとヴェスタ。
しゃしゃっとヴェスタが、櫛とハサミでぼかしを入れて、整える。
アイカは手元を見て学習モード。
「ふむふむ、自然です‥‥」
「むふふ、施設でもよくお互いをカットしたから慣れたのよ」
ヴェスタは義体工場で生産された人間で、教育施設なるところで育ったらしい。
詳しくはジュノもアイカも知らないが、そこには幸せな思い出はないと認識していた。
「はい完成‥‥うん可愛いわぁジュノ」
ぎゅっと後ろから抱きしめるヴェスタに頬をそめるジュノ。
「あいがとぉ、えへへ」
ヴェスタの腕にジュノも手を重ねてニコニコする。
今の幸せで上書きするんだと、ジュノは思う。
ヴェスタを幸せにすることで、自分もアイカも幸せなのだと。
アイカが張り切って宣言。
「次はヴェスタのをカットします!ちゃんとSSAAからアンチエイリアシングしますよ!」
「なんか表現がw」
そうして思いがけず時間がかかったが、ジュノのもヴェスタも毛先が整って美人度が上がったのだった。




