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【ヘリカルスパイラル】  作者: Dizzy
第3部 第9章
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【アストレアの日常8】

 整えられた執務室は、かつてのカルサリク街長のためのものだった。

そこをヴァルサール帝国は南方行政府とした。

もともとそれなりに整っていたが、帝国から運び込んだ家具や装飾品、美術品で格を上げている。

白を基調に質素ながら、金はかかっているのが見て取れる。

「いいだろう。姫皇帝の趣味にも合いそうだな」

今日は沖泊させていた皇帝アストレアをこちらに呼ぶ予定なので、最後の確認のためローレンスが来ている。

ラウメン大陸側の街庁舎など、行政関係の建物は丁寧に無傷のまま残された。

事前に進駐させた軍にローレンス大将は、3つの役割を与えていた。


 1つは表立った唯一の任務として、各街の重要な施設をマークし、完全な地図を準備すること。

これは速やかな進軍と、戦後に使いたい施設を、占領時に壊さないようにするため。

そうして各街の復旧を早め、帝国の治世を速やかに浸透させた。


『戦闘は極力さけ、民にも被害を出さないよう心がけて』

アストレアは皇帝としてローレンス軍出陣式の後に、妹としてローレンスにそう願う。

人に見せない少女らしい憂いと、優しさに満ちた顔で告げた。

『まかせとけ。早く平和にしてアスティの婿を探さないといけないからな』

真っ赤になったアストレアは頬を膨らませて、幼い頃から変わらない素直な表情。

『別にさがしていないわ!』

そう言ってアストレアをぷっくり可愛い怒り顔にするのは、昔からのローレンスの楽しみだ。

『くくくっ』

こちらも滅多に他人に見せない、兄としての優しい笑みを浮かべるローレンス。

アストレアは素直に怒ったときが一番可愛いなと。


 2つ目はミラサネルへの嫌がらせと、反感を募らせる目的。

先に手を出させるために、非道な行いにも目を瞑っていた。

そうして国際的言い訳のための体裁を作らせたのだ。

本来はアヤンタ王国に対したように、政府関係に外交的圧力で浸透させる予定で来ていて、ローレンスの仕事は帝国の軍事的優位を示すだけの予定。

そのままではローレンスには手柄は回ってこないはずだった。

帝国技術の粋を注ぎ込んだ増援艦隊も、戦車や重砲を連ねた陸軍も、張り子として使うだけのはずだった。

 今回先鋒として出陣していくのは軍部のトップ、カヴィール元帥配下の将軍たちだ。

ここでポイントを稼いで、軍部把握を盤石にしたいのだろう。

総大将を務めるローレンスへの牽制も含むように、半数以上を配下の将軍で占め、先鋒もゆずらなかった。

現状ではハーグリーブス家の派閥が、軍部のポスト半分を占めていたから。

派閥工作の様に、ローレンスは出陣する敵対派閥の将軍達を送り出す前にもてなした。


『羨ましい、ミラサネルはメシがうまいらしいぞ。‥‥それに南方の女は器量もいいし、具合が良いらしいじゃないか。少しおすそ分けしてほしいくらいだ』

そう言って派閥工作の一環として、マリヤパトナの教会地下から、かつてファレチフ枢機卿が使った奴隷生産用途の道具や薬品を送った。

『気遣いは有り難くいただくよ。まあ救国の英雄ガヴィール元帥の慧眼も、南方までは届かないだろうからな‥多少なら便宜を計ろうではないか、がはは!』

そうしてローレンスの望むように、ミラサネルに害悪をばらまかせる。

それが一番嫌がられると、40年前の歴史に学んでいたから。

2つ目の目的は叶い、ミラサネル軍にこてんぱんにされたガヴィール元帥の配下将軍達のお陰で、ローレンスは本来使わないはずの兵器や陸軍を投入できた。


 ぎしっと大きな執務室のデスクに備わった、巨大な支配者の椅子に座るローレンス。

きっちりと纏った白地の軍服は、豪華な式典向けのもの。

張り詰めた肩から上腕に、現役の戦士の風格がにじむ。

ローレンスはクロスコンバットでも帝国の頂点にいる、今では珍しい戦える将軍だ。

”荒鷲”と恐れられたシャラハ大将とは、そちらでもライバルだ。

年齢的有利で、今はチャンピオンとなっている。

「なかなかの座り心地だな‥‥」

それは物理的な掛け心地なのか、その椅子が示す力に向けたものか。

あまり表情を動かさないローレンスの整った表情からはうかがえなかった。

「よく働いてくれたよ。3つ目の目的もすっかり果たせたしな」

ローレンスの手元には今朝、配下の文官がまとめ上げて報告書を持ってきていた。

先鋒艦隊として送った軍艦や、軍人の悪行や末路を綴ったもの。

「これならアスティも納得するだろうし、フローラも賛成するだろうな」

にやと口元が緩み、はっと気付いてきりっとした表情に戻す。

3つ目の目的たる、軍部への改善事項を連ねガヴィール元帥派閥への攻撃とした。

その上で、自身は南方の戦果を全て平らげるのだった。




 専用機たる真っ白な飛行艇ミスティアリアから、これも白い艀が出される。

艀とはいえ皇帝陛下の座乗する船だ、それなりに整えた小部屋を持つ。

最小限度の大きさに整えた高速艇は、飛空艇に詰めるサイズとの兼ね合いで苦労した装備だ。

その豪華な船内にアストレアとフローラはいた。

今日は民にも姿を見せる予定なので、外向けに整えた姿になっている。

帝国国内でも滅多に姿をさらさない謎めいた女皇帝が、南方の被害を憂いて顔を見せるシナリオだ。

今回の南方施策も基本的にはアストレアが図面を引いているのだが、実務は全てローレンス将軍にまかせていた。

それだけ人間としても信頼出来ると、アストレアは考えている。

エリオン私塾で共に学んだ、数少ない仲間だとも。

「ちょっと大げさすぎないかしら?」

フローラと二人だけの船内なので、気安い話し方のアストレア。

ローレンスからの報告資料を読んでいたフローラは、視線を上げてアストレアを侍女長の目でチェックする。

豪華な白を基調としたドレスで、地面を引きずる長さのベル型の裾を持つ。

胸元もぴっしりと首まで隠すが、肩は出し白い長手袋が肘上までを覆う。

縁取りには皇帝をしめす金と赤のストライブで縁取りが入り、各部にたっぷりと宝石や玉を付けている。

全く実用性はないが、見栄えはいい。

「大丈夫、ちゃんと皇帝に見えますよ」

にっこりと笑顔を添えるのは、娘か妹の晴れ姿に目を細める目上の視線。

アストレアは肩や腕を動かしてみて、違和感を覚えているようだ。

「すごく動きづらいわ」

腕をふると玉を連ねてあるのでシャラリと音がなる。

ドレスで近接戦闘の構えを取ろうとするアストレアに、くすくすと笑いをこぼすフローラも、今日は整えた姿。

皇帝の横に控えるのに失礼のない格式をもった、灰色の質素ながら手のこんだドレスだ。

長い銀色の髪も綺麗に結い上げ、真珠のついた髪具でまとめている。

しっかりと化粧までしてあり、外向けの装いだ。

もぞもぞと余った裾も気にするアストレアを見る。

「あんまり動かないのよアスティ。後で直すけどあまり着崩さないでね。あと、戦う予定ももちろんないですよ」

くくっと声まで漏れてしまったフローラに、にっこりのアストレア。

「非常時向けの練習よ!フローラに失礼な事をする人がいたら、私が懲らしめるわ」

それじゃ逆なんだけどなと、心配そうに笑うフローラだった。

武器を持たない皇帝に代わり護衛も務めるのが帝国侍女の嗜みなのにと。


 ミスティアリアの進路はとても計算されていて、アストレアはカルサリク以外の被害をほとんど見ていない。

どれほどのミラサネルの民が踏みにじられたかは、ローレンスが整えた報告書の数字にしか見えていなかった。

抵抗があったので、やむを得なかったのだと。

今回の帝国軍の振る舞いは、全てローレンス将軍の指示であった。

その戦果も全て引き受けて。





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