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【ヘリカルスパイラル】  作者: Dizzy
第1部 第1章
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【第6話:アンキャニーバレー】

その夜は雲一つない快晴の夜空が広がっていた。

本船の上部にある平らな面にジュノが膝を抱え座っている。

アイカとヴェスタに倣い、ジュノもキャミソールのように白い保護膜をたらしていた。

滑らかな琥珀色の手足がさわさわと風を感じる。

夜風がここちよく、意外な快適さに微笑みが浮かぶ。

見上げる全天には見たことのない星座が無数に描かれている。

(この星空は今わたしだけが見上げているものなの?)

この外縁星系に他に入植するものとていない。

ジュノは眠れなくてこっそり抜け出し、本船の上に上がってきたのだった。

静かな夜空に心細くなり、不安がつのる。

考えなくて良いことまで頭に浮かんだ。

膝に顔をおとしふるふると首をふるジュノ。

(ダメだジュノ‥‥ヴェスタは大切な相棒だよ‥仲良くしていかないと)

ここがといったものは指摘できないのだが、ジュノはヴェスタを信じきれない。

キャプテンとしての能力にも判断にも不服はないし、言動も十分に配慮が感じられる。

むしろ良く出来た相方なのだ。

これから先、順調だったとしても数年かかるプロジェクトが、一大トラブルで始まった。

どれくらい時間がかかるか解らない不安もある。

ジュノは違和感のようなものをヴェスタに感じるのだ。

三ヶ月の旅路の果に、こんなトラブルに見舞われていて、それでも見極められない僅かな気持ち悪さを感じるのだった。

(‥‥わたしの態度に、それは表れてしまってないかな?)

容姿に対するコンプレックスなど、ごまかしのようなものだ。

スケープゴートにして、この不気味さを紛らわしてきたのだ。

ヴェスタの笑顔を見る度に、ジュノはゾクっと怖い思いをする。

理由は解らないが、どの笑顔にもまるで精密に作り上げられた模造品の匂いが一瞬ある。

『不気味の谷』という言葉もふわりと浮かぶ。

ジュノは鋭い感性でそれをとらえてしまう。

そのとき水平線からゆっくりと月がのぼってくる。

ぽーっとそれを見つめるジュノの顔が少しづつ月光に照らされ明るくなっていく。

ジュノの大きな青い瞳に白白と月が映る。

眩しさに一旦すがめたまぶたが見開かれ、瞳孔が絞られる。

少しづつ姿を見せるその姿は、巨大だった。

「な‥‥お‥おおきい‥‥」

ジュノは思わず立ち上がっていた。

昨夜は夜空など見ないで眠ったので、今夜この星の月の出を始めてみたのだった。

色々と頭を閉めていた不安やとまどいなど、すべて消し飛ばされる風景が描かれていく。

ジュノの知る母星の月を数倍する大きさのそれは、今夜満月なのかとてつもない明るさで辺りの闇を払ってしまう。

少し青みがかった白い月光をはなつ巨大な円盤。

そのふちはプリズムのように光をにじませ、美しすぎるその裸体を隠すこと無く全て晒した。

すっかり水平線から離れ、宙に円盤が浮くまでジュノは魅入られたように動けずにいた。

ちょっと前に考えた不信や気味の悪さなど、些細なことだと心の奥に吹き払われるほどの感動を叩きつけられたのだった。

ふるふるといつからか震える全身が、その美しさに酔っていた。

それがジュノとこの星の月のはじめての出会いだった。


ひゅんひゅんと風を切る音を感じ取ったときには、ジュノは宙に浮いていた。

びしゅしゅん!

上半身と下半身に何か所か縛られる痛みが走った。

ドサッと床に落ちたときには、すっかり身動きが取れなかった。

ボーラと言われる原始的な捕獲武器で、二つの重りが縄で繋がっている。

回転しながら複数飛んできたそれがジュノを縛り上げ落とした。

明るい月光に照らされ、4人の男が近寄ってくる。

「なにもの?!」

ジュノの戦闘脳が瞬時に弱さやまどいを散らし、冷静さを取り戻す。

そういった訓練を受けてきたのだ。

男たちは毛皮で腰だけを隠す全裸のスタイル。

鍛え上げられた荒縄のような筋肉を晒し、たくましい腕が伸びてくる。

その腕だけでジュノの太ももを超える太さだ。

「むぐぐ!!」

口もなにかで縛られて声が出せなくなった。

(しまった‥‥でも。)

「あんぐ!ぐぐあむぐぐぐむぐむぐぐぐうぐが!!うっぐうんむぐう!」

(アイカ!起きて襲撃よ今船の上だわ!4人いる)

インプラントされた通信機に叫ぶように思念を送るジュノ。

男の一人がジュノを肩に担ぎ、軽々と走り出す。

(な?!なんて力なの?!)

ジュノは大した重さではないとはいえ、この男は全く重さを感じさせない初速で走りだした。

「んぐぐう!!」

(はなせええ!!)

ジュノはぶんぶんと身体をふってみたが、びくともしない。

体中に食い込む紐がジュノを痛めつけるだけだった。

保護膜ごと縛られたので、ジュノは思い至りシュッと身体に貼り付ける。

(むうう‥‥首のリングしか無いから下まで届かない)

首のリングではおしりの下辺りまでしか届かず、あしは素足を晒していた。

本来は腰にも装備するリングが下半身を守るはずなのだ。

上半身に食い込んでいたロープの圧が下がるが、身動きはやはりとれなかった。

おしりの下までのダイバースーツのような姿になったジュノ。

上半身は手首まで覆うことが出来た。

はいていたはずのスリッパは、いつの間にか落としてしまったのか両方無くなっていた。

とんっと宇宙船のへりを越え軽々飛び出し、眼下に地面がせまる。

(は‥‥はやい‥‥)

男の走る速度は、ジュノを抱えたまま普段の自分を越える速度で走り出す。

上下にずんずんと揺られながら、ただ運ばれるしかない無力な自分を見つけたジュノ。

「むがあぁあああ!!」

(いやぁぁあああ!!)

ついにジュノは悲鳴をあげるのだった。




アイカはヴェスタを起こすことをためらわなかった。

緊急事態だと一瞬で覚醒したのだ。

どん!!

容赦なく両足で蹴り起こすアイカ。

「おきて!!エマージェンシー!!!」

ヴェスタが壁まで転がってゴンと当たるのをそのままに、ベッドを飛び出しアイカは外に向け走り出す。

「いそいで!!」

部屋を出るときに、それだけをヴェスタに叫んで、走るアイカ。

(しまった!!どうしてスリープモードになんて‥‥)

今夜はヴェスタが一緒に寝ようねと抱きしめてくれたのだ。

心地よい温度と匂いにつつまれて、安堵の気持ちがあふれ、寝てしまいたいと欲求が高まった。

ジュノが開けたのか、ハッチ横の小さなドアが少し開いて光が入っている。

バン!

挿絵(By みてみん)

勢いのまま外にとびだすアイカ。

空中で高速詠唱し、レビテーションを一瞬だけかけ減速後着地。

4mほどのその落差は今のアイカにはそのまま耐えられないのだった。

7~8mほど先に着地した所でジュノのアイコンがアイカのマップから消えた。

(意識を失った‥‥ジュノ‥‥)

立ち尽くしたアイカは森の奥を睨みつける。

霊子通信は相手の現在地まで正確に知ることができるが、意識を失ったり眠ると信号が途絶えてしまう。

そこまでのジュノの移動ルートをログとして記録して、アイカは振り返る。

ざっと音をたてて、ヴェスタが着地する。

ハンドガンだけで防具はなしだった。

「なにごと?!アイカ!!」

アイカはどんとヴェスタに抱きつく。

「ジュノが‥‥さらわれちゃった‥‥」

嗚咽を含んだアイカの声に、ヴェスタの目が見開かれ、思考がむなしく空回りしていった。

白白と照らし下ろす巨大な月に気づくこと無く。



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