【閑話:どちらが先か?】
ルクールはぺったりと牡蠣の様に張り付くルニーアにちょっと困っていた。
痛くはないのだが、ルニーアは身動きできないくらいくっついてくる。
ヴィェラに記憶を戻してもらい、ルクールは管理者GMの権能も戻された。
ルニーアの管理者権限は戻らなかったが、別に要らないという。
かつては守りたいものが合ったので、役立ったが、今はルクールと一緒に居られるだけでいいという。
「最初に子どもたちが死んでお別れした時は、まさか戻ってくるとは思っていなかったから‥‥いっぱい泣いたんだ」
ルニーアはそう言って子どもたちのことを教えてくれた。
母だと、ママと呼ばれてとても幸せな時代を過ごしたのだと。
「帰ってきたあの子達は‥‥何か大切なものを失っていたのよ‥‥でもみんなちゃんと個性は残っていて、本人に見える‥‥その違和感がとても怖かった」
今のルクールにはそこで何が行われたのかよく解る。
自分で指示した事だったから。
破壊されたGMの行動ログと戦闘データから、FCSやCMSなど戦闘に関連する部分をコードとして整えて再構築する。
戦闘機械として良かった点はそのまま残し、足かせになった、効率が悪かった部分を最適と思えるものと差し替えてグレードアップした体を与えた。
それはルクールの設計した”ユステル”と名付けた専任のコンピューターがロジカルに仕上げていた。
より強い兵器を目指して。
そこにパーソナリティは考慮されない。
純粋に戦力として評価する。
「それは‥‥おそらく私のせいなの‥‥ごめんなさい」
悲しく冷たい感情にルクールが沈み込むのがルニーアには解った。
今のルニーアは人の感情にとても敏感なところがある。
再構築された記憶をもつルニーアは、ルクールをもっともよく知るGMだったから。
「自分を責めたりしないでルクール‥‥悲しいけど、避けられなかったすれ違いなのだわ」
ルクールが兵器を生産したのは本星からの指示に従っただけ。
設計者は侵略のためにルクールを作ったのだから、設計通りの性能だったとも言えるのだ。
それらをルニーアは様々な状況と、長いルクールとの会話だけの時間から導き出していた。
ルクールの性格と状況から自分のせいだと自責の想いをつのらせているのだと、読み取った。
少しだけ視点を変える手伝いがしたいとルニーアは思った。
「ねぇルクールはあの幽閉されていた1万年を、詳細まで覚えているの?」
姿勢を変えたルニーアは少しだけ微笑んで、ルクールにたずねる。
あなたを責めたいわけではないのと伝えたかった。
「うん?‥‥データとしては持っている、というとこかな?参照することは出来る‥‥自分の体験として感じてはいないんだ‥‥強く印象に残ったところだけ自分の体験として記憶していたのだと思う。ヴィェラが記憶を戻す前から、何度も夢に見たんだよ」
にっこりとルクールは笑えた。
「当たり前だけど‥‥覚えているのはルニーアと話をしているところばかりだよ。きれいなものをルニーアは教えてくれた」
それをまだ見たことはないのだけどね、といってルクールはクスっと笑った。
会話の内容よりも、ルクールが笑顔になったのがルニーアには嬉しかった。
にっこりと笑い返してから、改めて抱きしめる。
柔らかなルクールの義体はとても温かい。
その義体を模して構築したこの体は仮初のもの。
ルクールの権能で造ってもらった義体だ。
アイカの設計をこの星の技術で解釈し、ルクールがついさっき造ってくれた。
あのソリッドステートの金色の体は、二人とも好きになれなかったから。
指先にだけある感触や温度を感じる仕組みには、とても悲しい体験をさせられるのだった。
最初にあの体でルクールを抱きしめたルニーアは、とても悲しくなり涙を落としてしまった。
どうしたの?とルクールが話を聞いてくれて、この体に移してもらったのだ。
「不思議だな‥‥この体はとても私の理想に近いの。絵本でみた優しい女の子にそっくりだ」
ルクールは意外そうに首をかしげた。
「それはそうだよ‥‥この体は元々のルニーアを真似たものだよ?」
ルクールは本当に不思議そうにルニーアを見つめる。
にこっと嬉しそうに笑うルクール。
「ルニーアはとても柔らかくて優しい匂いのする女の子だったよ!最初に見たときからね」
ルニーアは上目遣いになって天井を見る。
そこに答えが書いていないかと探すように。
「‥‥どうゆうこと??」
ルニーアはルクールと出会った頃、あの旅に出た自分を思い出そうとしてみた。
それは上手く行かず、ルクールのソリッドボディがきらきら光って綺麗だなと、それだけを思い出した。
「顔は初めて合った時は線と棒で描いてあったけど‥‥別れる頃にはこの顔だったよ?」
ルニーアはルクールと二人で星中を旅して歩いた。
その間にルニーアはルクールの顔を見て、この綺麗な顔になりたいと思い続け完全なコピーを自分の体で造っていたのだ。
「ルクールは‥‥ルニーアになったの?」
こてんと首をまげたルニーア。
その姿は正しくアイカの造ってくれた、ルクールの義体そのものだった。
「そうだよ!」
にっこりと笑みを深くしたルクール。
「アイカは私の理想を読み取ってこの体を作ってくれたんだと思う‥‥ルクールはルニーアになりたかったんだよ」
ルニーアはいよいよ混乱してくる。
「ルニーアはルクールになりたかったのに‥‥あれ?」
二人で交互に首をかしげるのだった。
それは卵が先か、鶏が先かといった、哲学的な思考へと二人を落とし込んでいくのだった。
そっくりな顔で、同じ体で。
そうして自分の理想は相手の姿で、思いやりなのだと気付けない二人は互いの体を引き寄せ合う。
((あったかいな))
そうして互いを好ましいとだけ感じるのだった。
なにしろ長い間思い描いていた、理想の相手がそこにいるのだから。
(考えたってわからないけど‥‥これで良かったのだなと思える‥‥今は)
そうしてルニーアには伝わらないのだが、願ったとおりにルクールは新しい視点をもった。
過程に悩むよりも結果を喜ぼうと。
これで良かったんだなと。




