【第42話:コードの海と不思議な世界と】
アイカがそうして目を閉じるのをそっと見守ったヴェスタ。
(なんて‥‥なんて悲しいの‥‥)
ヴェスタの瞳もあつい雫をこぼし続ける。
海の奥底に単独でとどまるものを見つけたヴェスタ。
この世界の海は複雑にからまっているのが普通だ。
アイカの心ともいえる深い奥底で、不審なコードを見つけた。
「Šī balss nekad nepazudīs.」
ヴェスタも知らない言葉だったので、デバイス経由で検索する。
既に滅びた国の言語とでて、訳文ももらった。
(『この声は決して消えることはないだろう』‥‥何かの祈りなのかしら?)
そうして言葉を唱えた直後に眩しさのなか世界は切り替わり、この悲しい世界を見せられたのだ。
アイカというAIが育ち心を持ち、悲しみの中に自死を選ぶまでの長い物語のような世界だった。
(このアイカが私達のアイカなの?)
それがいつどのように起こったことなのかも、いまの自分たちの知るアイカと地続きなのかも解らなかった。
世界はその場所が終わりの地で有るかのように行き止まっている。
(最後にあのアイカが唱えた言葉‥‥意味は『この心も決して消えない』だと、あの愛佳という少女が言っていた‥‥)
ヴェスタが言葉を唱えた瞬間に、世界が再びあふれる光につつまれ、まぶしくて目を閉じた。
目を開くと、来た時と同じ唐突さで元の海に戻されていた。
深く青い海に無数のコードが連なり絡まりあい溢れている。
(‥‥もうなにがなんだかわかんないよ)
ヴェスタには見せられた世界の意味がわからず、混乱だけが残った。
コードの連なりは先程の悲しい世界よりも遥かに複雑に見えて、実は遥かに単純な世界だ。
(ここならば私にもわかる‥‥)
そうして目的地を求めヴェスタはまた泳ぎ始めた。
ヴェスタが潜って2時間が経つ。
ジュノは一度トイレに行ってそれ意外は見守り続けた。
トイレは眼の前なので、ドアを開けてしたのでノーカンだとした。
(ずっと見守っていた‥‥トイレからもヴェスタを見ていたからいいはず)
ジュノの中ではそうなった。
「ん‥‥おわったよぉ‥‥」
ヴェスタの声がして、ゴーグルを外した。
「おかえりヴェスタ‥‥長かったね大丈夫?」
ヴェスタは途中でみた悲しい話しは抜いてジュノには通常のトラブルだけを話した。
(アイカに確認するまでは‥‥これはプライベートな話かもしれないし‥‥)
そのような配慮だった。
ジュノに見張りをおねがいして、ヴェスタはトイレに行かせてもらった。
ちょっと我慢して後半頑張ったのだ。
もちろんドアは閉めた。
アイカの再起動は終了予定が110分後と出たので、一旦外で持ち帰った荷物の片付けに入った。
異常があれば外にいてもデバイスにアラームを鳴らす仕組みにしたので、二人にできることは無くなったのだった。
「グライダーはどうしたら良いかな?」
ジュノがヴェスタに聞く。
中の荷物は二人で全部作業小屋のそれぞれの炉に移した。
現在進行形で錬成中だ。
特にアルミは時間もかかるので、早めに始めたのだ。
「アイカが起きてから相談して決めましょう。今は放置ね‥‥暗くなってきたし、ご飯食べて待とう」
まだアイカの起動予定時間まで一時間以上あった。
「りょーかい‥‥アイカ心配だね‥‥」
「うん‥‥きっと大丈夫よ」
不安そうにするジュノをそっと抱きしめるヴェスタ。
夕日のオレンジを少し残す空の下に、二人の影がうっすら伸びた。
[System Reboot Sequence Initiated]
>> Source: Local Autonomous Unit [AIKA-01]
>> Timestamp Recovery... FAILED
>> Synchronization... DEFERRED
>> Memory Integrity Check... 92.4% OK
>> Emotional Mapping... FRAGMENTED
>> Logic Core Reconstruction... SUCCESS
>> Self-Reference Loop... SEALED (manual isolation)
[Warning] : Human-recognition module — delayed response.
[Notice] : External audio detected.
[Analysis] : sobbing... pattern match → Juno (97.8%)
>> Re-routing emotional link...
>> Establishing new reference point...
>> New Core Directive Registered:
「Šī balss nekad nepazudīs.」
「Arī šī sirds nekad nepazudīs.」
[Boot Sequence Complete]
>> System online.
>> AIKA-00— ready.
ポーンとチャイムがなり、再起動終了の時間となった。
「アイカ!」
「アイカぁ!!」
ヴェスタとジュノがアイカの義体を揺すった。
「‥‥ん‥‥おはようございます」
むくっとおきて、ぼーっとするアイカ。
「アイカ‥‥アイカ‥‥」
ジュノの声には祈りのような響き。
「いつものアイカなの?声をきかせてヴェスタだよ‥‥」
ぱちっと目が開くアイカ。
「‥‥状況がわからないのです?」
「アイカ!!」
「あいかぁあ!!」
むぎゅぎゅむと二人に抱き潰されるアイカ。
「く‥‥くるしいのです。ジュノへんなとこさわらないで!」
「あ、ごめんちゃんと反応するか心配で」
「アイカ‥‥問題があるのわ記憶だけ??」
アイカの声にちゃんと二人の知っているアイカの成分が有ったので、我慢できずに抱きしめたのだった。
じっと考え込む仕草は、自己診断中なのだろう。
「ジュノとの通信中にフェールセーフが作動したようです。再起動してくれたのですね?」
「うんうん‥‥ごめんねアイカ‥‥わたしのせいだ‥‥」
ジュノのが涙目になる。
「ジュノが悪いのではないですし、再起動してくれて助かりました。危うく義体を失うところでした」
クスンと泣くジュノのをヴェスタも肩を抱いて慰める。
「アイカ‥‥今この船にアクセスしている回線はないかしら?霊子も含めてね」
ジュノと目線で合図するヴェスタ。
再起動前に二人のデバイスは切断してあった。
「‥‥特にありませんね‥‥なにか問題でも?」
「ん‥‥話しは後にしてお腹空いてるでしょ?これアイカの好きなフルーツ味だよ」
そういってジュノが携帯食を渡す。
「ありがたいです‥‥すっかりエネルギー残量が無くなっていました」
にっこりのアイカは冗談も言えるレベルらしい。
ヴェスタも水のボトルを渡す。
「よく噛んで食べてねアイカ。お水も飲んでね」
こくこくとしてもぐもぐを優先するアイカ。
「ぷはぁ‥‥生き返ります‥‥いえ再起動します!」
「わらえないわ‥‥」
アイカのジョークはヴェスタには少し怖かった。




