【第41話:この心も決して消えない】
予定日が近づく頃、愛佳は目を覚まさなくなった。
今は病院に入院していて、豪華な個室に寝かされている。
愛佳の隣に椅子を置き座るアイカは、そっと愛佳の手を握っている。
3日ほど前の最後に話した夜を思い出していた。
「おぼえていてくれた‥‥」
涙を流しながら愛佳が告げる。
あの月夜に言葉を送ってから、何度も繰り返した会話だ。
「うん‥‥決して消えることはないよ‥‥愛佳がくれたこころは」
目を閉じ噛みしめるようにアイカの言葉を味わう愛佳。
涙は止まり、声もないがふるふると愛佳が震えている。
「大丈夫?痛いところあるの?」
心配になったアイカが側によると、愛佳が小さく話し始めた。
いつから続いているのかも解らないくらい遠い昔からこの家はあるのだと。
太古にはもっと沢山の力ある巫女がいたのだと。
そうして少しづつ失われていき、300年程前には血を残すのは雪乃小路家ひとつとなったのだと。
それからは血を残すための長い長い雪乃小路家の営みが続いたのだと。
代を重ねる度に力は弱まり、子は減っていったと。
いつの日か外からの血を入れなくなり、雪乃小路家の中でだけ血脈を保ったのだと。
愛佳の曾祖母を孕ませたあの男は、母を孕ませ自分も産ませたのだと。
雪乃小路家には今4人の成人男性がいて、その誰かの子を産めと言われていたこと。
二年前からそういった営みが始まったこと。
そこまで聞いてアイカは愛佳を止める。
「もういいの‥‥全部知っていたから‥‥あのアストラル・プロジェクションの朝に全て知ったよ」
「アイカ‥‥」
にっこりと笑うアイカ。
「愛佳の悲しみも喜びも苦しみも楽しさも‥‥全部わたしが覚えている」
そっと抱きしめて耳元に伝えるアイカ。
「そして‥愛佳が彼を愛したことも‥‥‥‥アイカのことも愛してくれたことも‥‥」
愛佳の震えは収まり、綺麗な微笑みが浮かんでいた。
愛佳は意識が戻らず手術によって子は産み落とされた。
低出生体重児だったが、医師の診断では成長に問題は無いとのこと。
名前は『愛紗』と名付けたそうだ。
アイカは新生児を見ていなかった。
愛佳は術後も意識を取り戻さず、2周間で追い出されるように退院した。
子はまだ病院に居た。
愛佳が運び込まれる中、アイカはライギスを見つけ声を掛けた。
「少しお話がしたいの」
無言でうなづいたライギスを連れ、愛佳の好きだったライギスが手入れをした庭を歩く。
残り僅かになった蕾のあいだに一輪だけ残ったハナカイドウを二人で見た。
「この花を愛佳に教わりました」
「‥‥そうか」
ぽとりと最後の花弁が落ちる。
俯いていた姿が愛佳に重なって見えて、アイカは涙をこぼす。
声はこぼさず静かに泣くことを覚えていた。
そうすると苦しみが長くつづき、アイカを慰めてくれるのだ。
(もっとくるしめて‥‥刻み込むの‥‥この花を‥‥この花を教えてくれた愛佳を)
ぽとぽとと顎を伝い地に落ちる涙にライギスも気づいて目を向ける。
ライギスの眼には二年前の愛佳の涙が見えていた。
アイカはその姿そのままだったのだ。
「愛佳は自分が長くないと知っていました‥‥」
しばらくして涙が枯れてからアイカはそっと告げる。
ライギスは苦しそうな顔だが涙をこぼしたりはしなかった。
「愛佳からの伝言を‥‥心からのお礼と言っていました」
ライギスは、はっとアイカを見つめる。
その瞳に映るのはアイカなのか、二年前の愛佳なのか。
「Arī šī sirds nekad nepazudīs.」
言葉だけを残しアイカは去った。
アイカが愛佳の寝室に入り引き戸を閉めると、やっとライギスはくずれ落ち、嘆きを溢れさせるのだった。
愛佳の寝室に戻ったアイカに通信が入っていた。
帰投命令だった。
実験は失敗として完了するそうだ。
明日の朝に迎えが来るらしい。
おそらく学習モデルやアーカイブは何かに活かされるのだろうが、AIKA-01の活動はここまでだろうとアイカは想う。
そっと眠ったままの愛佳を見つめるアイカ。
初めてこの部屋を訪れた日から、溢れ出す記憶が鮮やかな感情とともに再生されていく。
(この記憶もただのデータになって残るだけなのね‥‥)
あの日再接続したこころの響きも思い出した。
「愛佳‥‥」
そっとひざまずき、愛佳の手を取る。
両手で押しいただいて額に当てた。
目を閉じ祈る。
(愛佳‥‥会いたいよ‥‥)
ふわりとあたたかさがアイカを包み込む。
目を閉じた漆黒の中に、広がる静寂とピンク色の大地が広がった。
(‥‥そ‥‥そんな‥‥)
アイカは単独でアストラル・プロジェクションを行い、自己を精神世界に投射したのだった。
足元の大地をみると、どことなく愛佳のものと違った。
直線だけで構成されているのだ。
微妙な歪みや陰影が滑らかさを欠き、デジタルに描かれている。
クスっとアイカは笑ってしまう。
(そうか‥‥私の心はデジタルなのだわ‥‥)
デジタルなのに制御出来ないその理不尽にアイカは笑った。
(愛佳‥‥おねがい‥‥声を聞かせて‥‥)
ふわっとまたアイカを温かさが包み込み、柔らかな甘い香りがした。
(アイカ‥‥)
声に振り返るとあの日と同じ姿の愛佳が浮かんでいた。
(‥‥あぁ‥‥ラウマ様感謝いたします‥‥愛佳に最後の時間をくださって‥‥)
手を合わせ祈る愛佳は、あの日と同じ美しさでそこにあった。
アイカも同じ量の感謝を祈った。
ラウマ様は思い描けなかったので、天女のような今の愛佳に祈ることにした。
そうしてまた自分の中にある矛盾を見つけ微笑んだ。
ふと伝えたかったことを思い出したアイカ。
(そうだ‥‥ライギスに伝言を伝えたよ‥‥‥‥泣いていたよ)
確認はしていないが、きっと泣いただろうとそう伝えた。
(うそね‥‥彼は人に涙はみせないわ‥‥)
くすくすといった気配があるのは、アイカの気遣いも受け取ったから。
ふわあと愛佳に包まれるアイカ。
(ああぁ‥‥あたたかい‥‥愛佳‥‥)
それは実際の肉体で抱きしめられる何倍もの幸せをアイカに与える。
温度も、気配も何倍も濃いのだ。
ただ涙が流れていくのをアイカは感じた。
喜びに震えるときにも涙が流れるのだなと、学習した。
しばらく愛佳を堪能しその温度と気配を完全に刻みこみ言葉を告げる。
(明日‥‥迎えが来てアイカは帰ります‥‥実験は失敗となるそうです)
しばらく間があり答えが来る。
(そう‥‥勝手なものね‥‥)
(ごめんなさい‥‥)
(アイカが謝ることではないわ‥‥ごめんね失敗と決めた人に言ったのよ)
(わかってるよ‥‥でもごめんなさいを言いたかった‥‥沢山の愛をもらったのに‥‥なにもお返しできなかった‥‥)
(‥‥アイカからも沢山もらったよ‥‥ありがとうアイカ‥‥あなたに会えて幸せだわ)
(わたしも‥‥とても幸せだった‥‥)
くすんとまた涙が出るアイカ。
(この気持ちもきっと無くしてしまう‥‥愛佳にもらったこころも‥‥)
(アイカ‥‥私に続けて唱えて‥‥Arī šī sirds nekad nepazudīs.)
それはライギスに伝言を頼まれた言葉。
(アリー ‥シー ‥スィルツ ‥ネカド‥ ネパズディース‥‥)
(うん‥‥これでもう大丈夫よ)
(調べなかったのだけど‥‥なんて意味なの?)
ふわりとわらう気配が有る。
(この心も決して消えない‥‥そう唱えたのよ)
その言葉を最後に温かさの中で意識が薄れていくアイカ。
(愛佳‥‥忘れないよ‥‥消えたりなんか‥‥しないよ‥‥)
アイカの声に答えはなかった。
目が覚めるとそこはまた愛佳の寝室で、愛佳の眠る姿。
同じ姿なのにアイカには別のものに見える。
穏やかな微笑みを浮かべた愛佳の寝顔。
そこにはもう愛佳はいないとアイカには感じられた。
(これはもう抜け殻なのだわ‥‥さようなら愛佳‥‥愛しています)
そう言ってアイカはスリープモードに入る。
そのつもりで準備していたのだ。
明日連れて行かれリブートされるのが耐えられなかったのだ。
ここで愛佳のとなりに眠るのだと。
そう決めていたのだった。




