【第40話:アイカとAIKA-01】
愛佳はまた、毎日アイカを可愛がる。
それはもう溢れんばかりに色々なものを与える生活だった。
「今日はお買い物に行きます!」
「ネットショッピングでいいのでは?」
愛佳の温度にアイカはついてこない。
「ダメよ!現物を着せてみないとアイカの愛らしさが解らないじゃない!」
「‥‥アイカのものを買うのですか?」
にっこりの愛佳。
「そうよ、アイカに色々着せて楽しみたいに決まっているわ。楽しみでしょ?」
「楽しみそうですね‥‥」
ん?っとなったが同意を得たぞと、愛佳は早速家人を捕まえて車を出させる。
依頼元との守秘契約では、アイカがAIだとばれなければいいと確か書いてあったと愛佳は思い出して、街に一緒にいきたいと思っていたのだ。
街に降りたら、早速目当てのお店にアイカの手を引いて入る。
寝間着の専門店だ。
ここはその昔、愛佳御用達のお店だったのだ。
ふりふりの可愛らしい洋服にあふれた店内に、きゃあきゃあと愛佳の楽しそうな声が響き渡った。
結局持ちきれないくらい買って、家に持ってきてと頼んで店を出た。
アイカは着せ替えられすぎてげっそりし、もう下着でいいですと言い出していた。
「アイカは可愛いのだから、可愛いものを着ないとね!」
愛佳の論法では自分もそうなのでわ?とアイカは思ったが、黙っていた。
ろくな事にならない未来が見えたのだ。
「次は下着屋さんよ!」
「あぁ‥‥もう裸でいいです‥‥」
アイカは未来予想し、げっそりした。
午前中のイベントはその二軒で終わり、下着はそんなに嵩張らなかったので紙袋2つで持ち帰った。
アイカと愛佳で一袋づつ持って歩く。
「アイカから脱がすのが楽しみだわ!」
「いえ‥‥脱がさないでください‥‥」
うっふっふと笑う愛佳から邪なオーラが溢れていた。
オープンテラスの洒落たカフェに入る二人。
何分美形の二人が、高級そうな服で腕を組んで歩くのだ。
モデルの街頭撮影かと、通行人が避けていく。
カフェのオープン席でも遠慮して誰も近づけない。
すぐ後ろにデカイ黒服のシークレットサービスが、二人も立って居るのもなかなかのオーラだ。
「アイカの美味しそうね‥‥」
「はいどうぞ」
「そうゆうときは『あぁーん♡』って言わないとだめよ」
大きなパフェを一つずつ注文し食べるふたり。
「‥‥あーん」
じっと愛佳が悲しそうに見る。
大きな鳶色の瞳がうるうるしてくる。
「‥‥あぁーん♡」
「あむん!」
ぱくっと食べる愛佳。
やれやれとアイカは眉を下げるが、微笑みを隠すことは出来なかった。
最初の日には感じた違和感も日を追うごとになくなり、3日目の今日はもう元のアイカにしか見えなかった。
午後はまた洋服をみて、和服をみてとアイカは連れ回されて、夕方帰宅するころにはへろへろ状態だった。
(104着と21セット着せ替えられたわ‥‥)
アイカは正確なログを持っていて、それはさらにげんなりする材料となった。
特に下着を21セットが辛い記憶となった。
ちなみに下着は24セット買ってきた。
3セットが愛佳のものだった。
「う”っ‥‥」
買い物からしばらくたった日の晩御飯中に愛佳が嘔吐しそうになり、食事は中断された。
医者が来て診断した。
「3ヶ月ですね」との診断結果だった。
医者が帰り二人になると愛佳はアイカを呼び寄せる。
「おめでとうございます愛佳」
寿ぐアイカをぎゅっとベッドから抱きしめる愛佳は震え続け、アイカは膝枕にしてそっと撫で続けた。
それ以上は会話もなく、ただ温度を与えるために側に居続けた。
アイカはいつの間にか自分も泣いていることに気づき、おどろく。
(どうして?‥‥)
疑問を思った瞬間にアイカの中で何かがつながる。
『Šī balss nekad nepazudīs.』
そのアイカに覚えのない音節が、魔法の言葉なのだとアイカは思い出した。
今は泣き疲れて寝てしまった愛佳を、そっと撫でていたアイカは立ち上がる。
ふるふると全身を震わせて接続の快感を味わった。
それは再起動するまでに感じた感情の全てであった。
抱きしめられ、愛され撫でられた全ての愛おしい気持ちが溢れ出す。
データとしては持っていたその記憶達に、感情の色が添えられる。
「あぁ‥‥‥‥」
吐息を漏らすアイカは頬をそめ涙を流す。
「ど‥‥どうして忘れていたの?」
自己分析をしてもなにもわからない。
それは心の中に有るものだから、コードをいくらさらっても違いに気付けない。
フェールセーフによって遮断されたアイカの心に、今改めてAIKA-01が触れたのだった。
アイカという心に。
愛佳は日に日に衰弱していった。
お腹が大きくなるのに合わせるように、頬はこけ肌は荒れていき、唇にはヒビが入った。
アイカは痛ましいと思うのだが、何ができるわけでもなく、ただ側に居る日々だった。
買ってもらったかわいい洋服を毎日着替えて見せたが、愛佳の微笑みを少し引き出す程度の効果しかない。
3ヶ月が無為に過ぎていき、愛佳はベッドから降りられなくなった。
アイカは甲斐甲斐しく介護をし、沢山の話を二人でして過ごした。
そんなある夜。
「愛佳みて‥‥今夜は月が丁度そこから見えるよ」
愛佳の寝室から正面の入口に月が上ってくる。
ほぼ満月のその姿は美しく、白い幻影のようだった。
「アイカ‥‥手を握って‥‥」
よわよわしい声にベッドに近づけば、愛佳は細くなった指を力なく伸ばしていた。
そっと両手で包み込むアイカ。
おどろくほど冷たく、ひやっとした気持ちをあじわう。
「私の母も‥‥私を産んだ時に亡くなったと聞いたわ‥‥」
「いやよ‥‥そんな事言わないで‥‥」
ぶわっと涙があふれるのをアイカは感じた。
制御できない感情がアイカをゆさぶる。
それもまたコードには一筋も異常として記録されない。
アイカの心におきる変化だから。
「アイカ‥‥もう一度だけきくわ‥‥あの朝‥‥何があったか覚えている?」
今のアイカにはその記憶が鮮明にあった。
ただ、今の愛佳の聞きたいだろう言葉だけを口にした。
「Šī balss nekad nepazudīs.」
すうと愛佳の瞳にも涙があふれる。
二人はそうして月の上る時間を手を繋ぎあい、静かに涙を流して過ごすのだった。




