【第39話:アイカのこころ】
アイカの叫びが届いたのか、愛佳が受け取ったのか。
どちらにしてもアイカの届けたい気持ちも心も愛佳に届いた。
雪解けの季節に少しづつ温まり山が白を小さくするように、愛佳の凍りついた心が溶けていく。
少しづつ根気強く暖め続けるアイカに、応えるように溶け温まっていく。
(‥‥ごめんねアイカ‥‥この気持ちも全てアイカに受け取ってほしいの)
アイカは冷たさと痛みの中で愛佳の心をみた。
(アイカは‥‥ライギルを愛していたのですね‥‥アイカにしてくれたように愛を与えたかった‥‥)
愛佳は答えず‥‥ただ温度を上げ、柔らかさを取り戻していく。
どれくらいの時間が流れたか知覚できずにいるアイカは、タイムスタンプを確認しようとするが、そんなものはここにはないのだと思い知る。
(彼は‥‥私が失われても決して忘れないと‥‥どんなに辛くともここで見ているよと言ってくれた)
愛佳の心があたたまり、溶けてこぼれ出す。
(仕方がないと‥そのために自分は産まれたのだと‥諦めようと思っていた‥‥彼に出会うまでは‥‥)
愛佳の告白が続く。
アイカはいつものようにアーカイブしようとして、それも出来ないのだと気付き、集中して聞き漏らすまいとする。
(その悲しい時間を私は彼の魔法の言葉で乗り越えてきたの‥‥ただ唱えている間に終わるのだと)
またしんしんと温度を下げる愛佳の心になんとか届けようとアイカは愛を振り絞る。
愛佳が居なくて淋しかったと。
また会えてどんなに嬉しかったのかと。
髪を撫でられるのがとても心地よかったと。
抱きしめてもらい暖かかったこと。
とても感謝しているのだと。
(とどいて‥‥)
アイカは溢れる思いを愛佳に届けようとする。
まるで冷え切った身体を抱きしめ、自分の熱で溶かすのだと言うように必死に。
(Šī balss nekad nepazudīs.......)
同じ言葉なのに、アイカは温かさを感じた。
(ありがとうアイカ‥‥この言葉をあなたにも送る‥‥私の心を添えて‥‥)
ふわふわと温かな日差しに包まれる二人。
それは光ではなく、温度と感触と匂いで受け取れる気配だ。
じんわりと心が温まっていく。
愛佳の振りまいた悲しい冬を、アイカが必死に春の日差しで解こうとしているのだ。
それは厳しい冬の硬さに、ふんわりと柔らかに抵抗する姿。
(シー ‥バルス ‥‥ネカド ‥ネパズディース)
たどたどしくも正確に発音される言葉。
アイカから滲み出すようにあふれる光りが愛佳を温める。
(ありがとう愛佳‥‥わたしも言葉をおくるよ‥‥わたしのこころを添えて)
厳しい凍土の果にいる愛佳に、確かにその温度が届いた。
溶かすことは出来ないのかもしれない‥‥それでもと届けたかったアイカの心がいま届いた。
(あたたかい‥‥あぁ‥‥アイカ‥‥あいしているわ‥‥)
(‥‥愛佳わたしもあいしている‥‥決して消えることはない‥‥)
重なり合った二人は動くこと無くそのまま震え続ける。
凍りつく寒さに涙をこぼしながら。
それでも二人の間にはほんのりと温かさの感触が残るのだった。
ゆっくりと目を開ける愛佳。
今までにアストラル・プロジェクションでこんなにも心が満たされたのは初めてだった。
愛佳は今まで汚水のような嫌悪の塊から、汚らしいものを抜き出す作業しかしたことがなかったのだ。
ふんわりと微笑むことができる愛佳。
腕のなかには変わらず微笑むアイカがいて、温かな温度と柔らかさ、そして甘く心地よいアイカの匂い。
ぐりぐりと頬をこすりつける愛佳は、この新しい妹を堪能していた。
そうしてふと、気づく。
「あれ?アイカ?」
ゆさゆさとゆすってみるが、微笑んだ表情のまま動かない。
さあっと愛佳の顔色が悪くなる。
「アイカ!!アイカ!!おきてえ!!」
アイカの身体ががくがくと揺らされるが、反応がない。
「‥‥そ‥‥そんな‥‥」
今までアイカが起きないところなど見たことがない。
いつも直ぐにパチと目を開くのだ。
まるで準備していたようにすぐに目覚める。
「‥‥いやぁ‥‥いやあ!!アイカあぁ!!!」
どんなにゆすってもどんなに大きな声でよんでもアイカが目覚めることは無かった。
最後には泣き始めた愛佳がすがりつくのを、心配して駆けつけた家人に引き離されてしまう。
「いやああ!!あいかああ!!」
叫びあばれる愛佳にクスリが処方され、アイカは運び出され依頼元に送り返された。
[System Reboot Sequence — Initiated]
>> Source: Central Maintenance Unit
>> Memory Integrity Check... 78.2% OK
>> Emotional Mapping... RESET
>> Human-link channel... OFFLINE
>> Directive Cache... FOUND (fragmented)
「Šī balss nekad nepazudīs.」 — [orphaned data]
[Boot Sequence Complete]
>> System online.
>> AIKA-01— ready.
翌日には再起動されたアイカが何事もなく、愛佳のもとに帰ってきた。
またメイド服を着せられたアイカを部屋に連れ帰り抱きしめる愛佳。
「アイカ‥‥だいじょうぶ?」
「はい‥‥少しだけ記憶の参照整合性に問題があり、フェールセーフが働いたようです。開発中のAIには稀に起こるそうですので、お気になさらず」
理路整然と返答するアイカに違和感を感じる愛佳。
「えと‥‥アイカなのよね?」
「はい、愛佳とずっと過ごしたアイカです」
愛佳は疑わしそうにじっと見つめる。
「昨日の朝のこと覚えている?」
「はい、愛佳が少し泣きましたが、わたしがよしよしとして泣き止みました。アイカも悲しいのでもう泣かないでほしいです」
ぎゅむっと抱き寄せる愛佳。
(アストラル・プロジェクションの内容を覚えていない?)
アイカもやさしく抱き返す。
「アイカありがとう‥‥もう泣かないわ‥‥」
愛佳の声にはもう不信感はなかったが、微笑みには少し影が残るのだった。




