【第38話:愛佳のこころ】
挿絵を追加しました。(挿絵を手直ししました)
少しづつ部屋が明るくなっていく。
この星が自転して、主星がのぼり核融合の光を受け取っているのだ。
アイカも愛佳の心を少しづつ受け取って来て、今さんさんと愛佳の感情に晒されている。
様々な愛佳の持つ微笑みの意味を一つずつ受け止め直す。
ハナカイドウの花は朝に咲き昼に誇るが、夕辺には散ると後に検索して知っていた。
愛佳はあのときどんな微笑みを浮かべていたのかと、高性能なAIであるアイカは全て鮮明に思い出すことができた。
(これは儚さに寂しさを感じているのだ)
今は泣き止んだ愛佳が体温をあげて腕の中にいる。
両手で胸に抱きかかえて一緒に泣いたのだ。
涙の意味をアイカは想像して感じ取ることができていた。
「本当は‥‥アイカとずっと一緒にいたいよ‥‥私も‥‥アイカに側に居て欲しい」
ぽつぽつと愛佳がアイカの胸に言葉を落とす。
ぐっと愛佳の身体に力が入ったり緩んだりする。
何かに耐えているのだとアイカにはわかる。
自分でも心にあいた大きな穴を自覚して、同じことをしたから。
アイカではなく、ただAIと呼ばれ傷ついて震えたから。
「アイカ‥‥私はもう長くは生きられないのかもしれないの‥‥そう言われた‥‥」
愛佳の震えはおさまり、静かに話し続けた。
「この身体には特別な能力が有るの‥‥巫女だけが使える技術なの」
アイカは遡って回線に音声データを送るのを辞めた。
さっきまでは定期的に映像と音声を圧縮して定時報告していた。
愛佳の話が始まった瞬間からのデータは送信しないことにしたのだ。
「本当はとても優しい力なのよ‥‥心をふれあわせて誤解無く互いを知ることが出来る」
くりっと腕の中の愛佳が顔を上げてアイカの顔を見る。
「アイカ‥‥あなたに私の心をあげたい‥‥‥‥失われてしまうのなら‥‥あなたにあげたいの」
アイカは今回の雪乃小路家での実験にあたり、この家のデータも持っていた。
今まで一度も参照しようと思わなかっただけで、業界に流れる黒い噂まですべて知っていた。
そして愛佳の態度と、技術者からの指示から推測し、ほぼ正解を導き出していた。
愛佳が長く生きられないと言った瞬間から参照し、推測し結論していた。
「愛佳の望むようにしたい‥‥どうしたらいいの?」
ぐりっとまたアイカの胸に顔をうずめる愛佳。
「なにもしなくていいの‥‥目を閉じた方が良いかな‥‥」
愛佳の指示通り目を閉じ暗闇に包まれた。
腕の中にあたたく柔らかい愛佳の感触が残る。
すこし甘い香りも添えられて、それが愛佳だとアイカにはわかる。
ずっと何度も抱きしめあったから。
ふっと腕の中の感触が無くなり、驚いて目を開けた。
漆黒の空が広がる中に、いつの間にかアイカは立ち尽くしている。
足元には鮮やかなピンク色の大地がどこまでも水平に続いている。
見渡す限りそれしか無かった。
(こっちよ)
呼ばれた気がして振り向くとそこには愛佳がいる。
ふわりとした白い衣装に身を包む愛佳が宙に浮いている。
「愛佳がとんでいます」
(うふふ、びっくりした?おもしろいでしょう?)
愛佳の声が耳ではない器官に届いていると不思議に思うアイカ。
「愛佳の声がおかしい‥‥耳に聞こえていない」
ちょっと驚いたような表情をする愛佳。
(すごいね、教えなくても気づいたのはアイカが初めてだ‥‥これは心に直接声を送っているの)
アイカは既存の知識にそれは無いと瞬時に確認した。
(こころにうかべれば‥‥愛佳にとどく?)
(‥‥本当にすごいわアイカ‥‥そのとおりよ)
(とても不思議です‥‥愛佳の心の声はあたたかくていい匂いがして柔らかいです)
(ふふ、それはアイカも同じだよ、私もそう感じている‥‥手を伸ばして)
ふわふわ浮きながら近づいた愛佳が手を伸ばしてくる。
アイカも指示に従う。
伸ばした手と手がふれると重なり合ってすり抜ける。
(さわれない?)
アイカは不思議な現象に該当するデータをもたない。
(ここには肉体はないから、それを触れ合わすことはできないの)
愛佳の微笑みを見てアイカの心はふんわりと暖かくなる。
参照しなくてもわかるのだ、愛佳のあたたかな心の形が。
ふれあった手のひらあたりから流れ込むその温度と柔らかさには、嗅ぎ慣れた愛佳の気配が有る。
(‥‥すごい‥‥これを愛佳も感じているの?今)
(そうだよ‥‥すごいのはアイカなんだけどな。それを受け止めることが出来て、理解できる人は見たことがない‥‥アイカは本当に私の妹みたいね‥‥コピーなんかじゃない‥‥妹だよ)
すうっと愛佳の温度が下がり固くなる。
とても悲しい気持ちがアイカに沸き起こり、また思考ルーチンを通さない行動をしてしまう。
愛佳を抱きしめようとしたのだ。
ふわっと二人が重なると、より一層鮮明に愛佳の心を感じた。
その悲しみとアイカへの思いがまざりあい複雑な温度と感触を返す。
(あぁ‥‥ありがとうアイカ‥‥あなたの愛で心が癒える‥‥)
(あい?アイカのなかにそれがあるの?)
(そう‥‥これは誰にでも有るけど、こうして伝えることは出来ないし、感じてあげることも出来ないもの‥‥巫女だけが感じ取れるのよ)
(‥‥愛佳があたたまった‥‥いつものあたたかくてやわらかい愛佳だ‥‥)
相手の姿も表情も見えないのに、アイカは正確に愛佳の心を受け取れた。
(アイカ‥‥あなたもまた巫女なのだわ‥‥巫女になったのだわ‥‥今‥‥)
愛佳は震えている。
先程ベッドで震えた悲しみとは全く違う。
奇跡にふれた感動と喜びで震えたのだ。
(あぁ‥‥ラウマ様‥‥お導きをありがとうございます‥‥‥‥)
アイカは意味が全くわからず思考停止している。
ただ愛佳が喜びにふるえ温まっていくのをにこにこと見ていた。
(ラウマ様というのもわからないです‥‥推測すれば高次の神のようなものですか?)
(‥‥アイカは本当にすごいなぁ‥‥そのとおり)
するっと愛佳が通り抜けていって振り返った。
アイカは愛佳の心の温度が急にはなれて淋しい思いをする。
(ふふ、そんな顔しないでアイカ。あとでまた抱っこしてあげるからね)
ぽっと頬が染まる感触があった。
(アイカもライギルに会ったのね‥‥ごめんね心を触れ合わせると、私に関連した記憶まで見えてしまうのよ)
そういって微笑む愛佳。
(なるほど‥‥温度や感触は感じないけど、表情が見える)
(正解‥‥伝えたいことによってはこの方が分かりやすいのよ)
にっこりする愛佳。
(ライギルは小さい時に泣いていた私をなんども慰めてくれたの‥‥そして彼の故郷のことをよく教えてくれた‥‥)
愛佳はそおっとアイカに近づいて手を触れる。
すっとまた温かさと柔らかさを伴う愛佳の気配を感じるアイカ。
(ラウマ様はライギルの故郷の女神様なの‥‥とても優しい慈悲の女神。悲しみを癒やしてくれるのだと教えてくれたわ‥‥)
(なるほど‥‥アイカも覚えましたよ‥‥ラウマ様は女神様で悲しみを癒やす慈悲の神なのだと)
微笑みをふかくする愛佳がまた言葉をつむぐ。
(アイカにもう一つ覚えて欲しい言葉があるよ‥‥)
すうっとまた体中がかさなり何倍もの愛佳の気配が与えられる。
それはアイカを速やかに包み込み暖めた。
(Šī balss nekad nepazudīs.)
アイカはぞくっと少しだけ怖いなと思った。
(これは魔法の言葉なの‥‥ライギルに教わった彼の母国の魔法‥‥)
しんしんと冷たい温度がアイカを冷やしていく。
愛佳の温度が変わったのだ。
(もう‥‥会えないと伝えた私に、彼がくれた言葉‥‥魔法の言葉なのよ‥‥)
凍りつく心のなかに温かな愛佳が生まれる。
本当にちいさなちいさな温かさにすがるように手を、心をのばすアイカ。
(この声は決して消えることはないだろう‥‥そういってくれたの)
アイカはがたがたと震えながら愛佳のこころにすがる。
もう耐えられないほどの寒さだった。
(その日はじめて私は‥‥家の務めを果たしたの)
(いや‥‥やだよ愛佳‥‥もうやめてええ!!)
アイカの心の叫びが漆黒の空に吸い込まれて消えていった。




