【第34話:アイカとジュノとヴェスタと】
今出来ることは、出来る限り対策した。
アイカの座るリクライニングしたコパイ席の隣に、装備を外して楽にしたヴェスタが防護スーツで座る。
ヴェスタに合わせて調整してある操縦席だ。
額に大きめのゴーグルがある。
主な機能は光の遮断だ。
インプラントデバイスの映像は眼球の捉えた映像に重ねて表示するが、視覚情報を遮断する機能はない。
クリアなVR映像を見るには、外部の光を目に入れないようにする必要があった。
今からヴェスタがVRを使い、立体視したコードの海に潜り、問題点を探し改善した上で戻りアイカを再起動する。
再起動そのものはおそらく数十分程度で済むし、ヴェスタにもジュノにも出来ることはない。
停止に至った状況を話し合い、おそらく音声データに付いたタイムログと、認識していたタイムログの差を確認していた時と絞り込んでいるので、行く先は決まっていた。
「ヴェスタ‥‥アイカをお願い‥‥」
泣きそうなジュノに、ぎこちないがしっかりした笑顔をむけるヴェスタ。
「まかせて、警戒よろしくね」
そう言うとゴーグルをかぶり、耳にもヘッドフォンをかけ音も遮断した。
慣れた手つきでシートベルトを固定し、わずかにリクライニングさせる。
脱力して、コマンドを思考から入力するとすっと力を抜いて映像の中に集中する。
(アイカ‥‥ヴェスタ‥‥)
ジュノはこころに様々な想いがぐるぐると巡るが、自分に出来ることをしようと、監視装置やモニターの映像に集中した。
この席は本来ならアイカが座る航宙機関士席だ。
今、この拠点を守れるのはジュノだけなのだから。
両手にもった二丁の軽いライフルが頼りなく感じた。
ヴェスタ達の所属する星間国家は複数の星系にまたがる、銀河連邦内でも主力の国家だ。
主星にあったすでに滅んだ星内国家に、貴人の家として残された家系がある。
このAIが人類によって使役されるようになった世に、かつて怪しげな式と言われる術をつかったと言われる家が残されていた。
雪乃小路家は秘術を現代に伝える巫女の家だった。
古くは滅んでしまった国の上位貴族として知られていたという。
現代においては闇の奥にあり表にはでないが、じつは星間国家すら恐れる家であった。
まことしやかに囁かれるその業界での噂では、雪乃小路に逆らえば全ての秘密を知られ晒されると。
後ろ暗いことの多い者ほど恐れたとも伝えられる。
巫女の前では隠し事は出来ないとも言われていた。
現代では国はもう無くとも、雪乃小路家は存続しており、今日の日もそのために家はあった。
秘術を伝えるために濃い血を残すために営まれているという。
雪乃小路愛佳は儚げな少女で、精一杯の笑顔を常にまとう少女だった。
美しい黒髪を肩と額で切りそろえられる。
新雪のような清らかな肌に、やさしい鳶色の瞳が笑みを浮かべる。
滅びた国の伝統の衣装だという、ローブのような衣装を重ねてまとい、外壁のない木の回廊を静々と歩いていく。
この屋敷の壁と屋根は土と木で作られ、扉は木と紙で成されている。
とても構造的に弱く防御を考慮しない作りにも意味はあったのであろう。
厳かな空気とそこはかとない清浄な気配をまとう建物。
ここでは誰もが静寂を尊びたくなる。
音はさえぎるもの無く伝わってしまうから。
格子状に組まれた木の枠に紙が貼られただけの扉の前で、愛佳はひざまずき声をかける。
「愛佳です、お呼びとうかがいました」
透明なガラスで薄く作られたベルをつつき鳴らしたような、澄んで趣のある声。
金属の硬さはそこになく、柔らかな響きが染み透った。
「はいれ」
静かな空気にドンと大きなバスドラムを鳴らしたような響きが来た。
命令し慣れた立場に有るものの声と、言葉だ。
するっと格子戸を横に引き、雅な動作で入室すると、草を編んだ床が延々と奥に左右に広がる。
所々に天井を支える太い柱があるが、部屋の主人の趣味なのか明かりは少なく、開け放たれた空間に静寂と薄暗闇が広がっていた。
正面には「床の間」と呼ばれる、一段だけ高くなったスペースが横に伸びている。
紙にこの土地の文字が書かれ、額に収められて飾られていた。
声を出した男は、正面にこちらを向いてどっしりと座っている。
年齢的には愛佳よりも大分上で、じつは曽祖父にもあたる父だ。
その右後ろには、かつてこの国が誇った技術で作られた刀剣が飾られていた。
イミテーションではない。
実際に、人の命を奪える“獲物”だ。
主人の前に横向きに席が一つ設けられている。
そこには見事なスーツを着こなす紳士が、この場に合わせた作法で座っている。
座布団といわれる薄いクッションに正座しているのだ。
きりっと背筋を伸ばし、首だけで愛佳を見ている。
それなりに歳を重ねているだろうが、まだ若いといってよい年齢だろう。
二人の距離よりも少し離れた位置で愛佳は正座して頭を深く下げる。
この家では太古の昔に求められた女性への作法を要求される。
「愛佳でございます、お見知り置きを」
すっと身体を起こす愛佳は非礼にあたらないぎりぎりの笑顔をふわりと浮かべた。
その美しさと儚さにスーツの男も息を飲んだ。
正面の父はとくに感動もなくながめ、愛佳が居ないかのように話しを続けた。
「これがそうだ‥‥現在この世界におそらく一人しか居ない巫女だぞ?こころして見るが良い」
それは誇りであったろうが、どこか自慢の道具を見せるかのような愉悦を含んだ。
ごくとスーツの男の喉がなった。
来客はどうやら最新のAIを開発している、半官半民の企業から派遣されてきたそうだ。
連邦でいまだ発表されていない最新技術を扱う部門から来たという。
端的にまとめれば、愛佳のコピーをAIで作れないかとの試みらしい。
愛佳はAIをよく知らなかったが、事前に予告されていたので調べて勉強してあった。
この屋敷で愛佳が目にする家人はすべて人間で、義体は一人も居ない。
そうされている。
愛佳はもちろん疑いもせず、そうだと思いこの歳まで生きてきた。
「ふふふ‥‥なんだかたのしみだな」
部屋にもどった愛佳は、着慣れてくつろげる部屋着になっていた。
愛佳に与えられているこの部屋は、広大な屋敷に囲まれた中庭の池のほとりにある一軒家だ。
平屋づくりで、浴室も簡易だがキッチンもある。
寝室は豪華な作りでたっぷり空間を使い、天井も高い。
かわいいベッドにはぬいぐるみの大きな熊がすわり、つぶらな瞳を愛佳に向けていた。
小さなデスクセットにかけた愛佳は足をぷらぷらさせながら、先程の話しを思い出していた。
「わたくしの希望でしょうか?‥‥そうですねわたくしより少し幼い者がいいですわ」
AIには義体という身体が与えられて、その中にAIが収められると愛佳は学んでいた。
しばらくの間は愛佳と生活をともにするとの事で、どんな容姿がいいのかと話していた。
愛佳は何歳くらいのものがいいか聞かれ答えたのだ。
容姿自体は愛佳のデータを取り、相似形で作ると言われて、二度目の発言を求められた。
それでいいかと。
「差し支えありませんわ」
その二箇所の発言が愛佳のその部屋での主な主体だった。
スーツの男は自分で機材をあやつり、愛佳の身体のデータを取っていった。
光を四方から当てるリングを上から下まで丁寧に当てられた。
外側からの光ではわからない部分は小さなカメラのようなもので記録され、身体の内側まで調べられた。
愛佳はそういった扱いに巫女として慣れていたので、とくに抵抗無くされるままにしてきた。
そして今にこにこと、希望したAI「アイカ」のことを考えて楽しくなっていたのだった。
可愛い妹がくるのだと。




