【第32話:We’re back home. 】
静かな朝にまた霧が出た。
湿った気配の中おきたヴェスタは、いつも以上にぬぼーっとしていた。
夜中にちゃんと起きたジュノに寝かしつけられて、ぐっすり寝たヴェスタだった。
上半身をおこして、半眼のままぽーっとゆれているヴェスタ。
半開きの唇からはよだれがちょっと垂れている。
(なんだか真っ白だわ‥‥これはまだ寝ていても良い気がする)
まったく起きる気がないヴェスタだった。
朝のお茶を入れてくれるジュノ。
「お茶飲めるかな?ヴェスタ」
「‥‥うん‥のめゆお」
「飲めなそうだね?起きたら入れてあげるよ?」
鼻のしたに香り高いカップを寄せるとすんすんと嗅いで少し目覚めたヴェスタ。
「いいにおい‥‥じゅのおはよぉ」
ふわっとわらうヴェスタ。
(たぶん意識しないほうがヴェスタは笑えるんだな)
笑おうとすると、何かに邪魔されるようにへたくそな笑みになる。
ジュノはそう理解した。
(きっと‥わたしと一緒なんだな‥‥思考が感情の邪魔をする)
自分を例としてさらに深く考察するジュノ。
うーんといった難しい顔で、にこにこしているヴェスタを鑑賞した。
霧が晴れるかヴェスタが起きるかいい勝負だったが、かろうじて人間の勝利だった。
充電用風車を解体した。
三枚の羽がそのまま垂直尾翼と水平尾翼に当てられる。
もともとそのつもりで作ったのだ。
ちょっと加工すれば予定通り機体後部に収まった。
操作用のワイヤーはもう仕込んであるので、最後に操縦席側で調整する。
「どう?真ん中になった?」
「おっけー!!」
おき出したら無表情に戻りお硬い表情のヴェスタだが、仕事は丁寧で信頼できた。
垂直尾翼のラダーをアライメント調整。
主翼のフラップは昨日合わせてあるので、最後に昇降舵だけセンターを取れば完成だ。
後席の上に立つプロペラも動作は確認済みだし、着陸時にじゃまになるならもったいないがパージする予定だ。
バックパックの大型バッテリーが2つ、バラスト代わりに機首に収まった。
操作は全て操縦席側でする。
後席は万が一の主機パージだけが任務になる。
いけるならそのまま下りる。
車輪も離陸時に勝手に取れる仕様なので、着陸は胴体着陸となる。
アイカが事前に滑走路を準備してくれている。
ここまでに消費して空になった圧縮コンテナはストレージになり、鉄をめいいっぱい積んである。
これらは胴体内部の重量バランス取りに主に配置され、ジュノとヴェスタに次ぐ重量がある。
あとは、バックパックにあるナノマシンストレージが主な採取物の収納場所となる。
最終的に火口の鉄とボーキサイトは全て回収し、おそらく精錬すればティア4にとどくと予想された。
最後の採取を終えて午後早くに離陸する。
試験飛行なしだが、もう一度作る余力もないのでそもそも最後のチャンスなのだ。
最後に二人でぎゅっと抱きしめあう。
「ジュノ‥‥絶対生きて帰ろう‥‥」
「うん‥‥アイカを助けなきゃね!」
ふたりとも少し震えていたが、互いの温度に勇気づけられた。
見つめ合い頷いたら、出発だった。
前席をリフトして隙間からジュノが乗り込む。
昨日一度入っているのでスムーズに入れた。
身体が収まってからエアーマットを滑り込ます。
「どう?脚まで届いた?」
「うん膝は越えたから行けると思う」
着陸時の衝撃を少しでも減らすためにジュノの下に敷くのだ。
チューブを咥えて、ヴェスタが膨らます。
「ぷーー!ぷーー!」
真っ赤になって息を吹き込むヴェスタはかわいいなぁと、ジュノが鑑賞しているとぷくっとエアーマットが膨らんでくれた。
「おっけーもう大丈夫」
ふぃいと汗を拭って、ヴェスタがシートを戻す。
これでジュノからは外もほとんど見えない。
胸の下に色々荷物があるので、背を反らされていて、ちょっと首を頑張って上げれば外も見ることが可能だ。
パイロット席にヴェスタが収まり保護スーツを起動すると、各部を補強して透明なシールドが操縦席を覆う。
ヘルメットのバイザー部分が変形してシールドになるのだった。
最終確認をヴェスタが声出し指差ししている。
(さて‥‥あとは運にまかせるしかない‥‥どうかヴェスタとアイカと仲良しの日々に帰れますように)
ジュノは何に祈ればいいかわからないままに想いを込めて祈った。
「フラップ‥‥OK、エルロン‥‥OK‥‥オールオッケー‥‥主機接続‥‥回転良好」
最後にシートベルトを締め直すヴェスタ。
振り向いてジュノに告げる。
「いくよ!!」
「おー!!」
ジュノの背中の上でプロペラの回転が上がっていく。
ヴェスタが紐を引くとタイヤの輪止めが外れ、ガクンと動き出す。
ごろごろごろとタイヤがなって速度が乗った。
火山の下り斜面を使って十分に加速できる予定だ。
がんっごんっと二回跳ねたらふわっと宙に上がる感触。
「くぅう!!」
直ぐに左にロールしそうになるが、ヴェスタの超絶コントロールが機体を安定させる。
「よし‥‥いけるよ」
「ナイスキャプテン!!」
ジュノも褒める。
「えへへ‥‥がんばるう」
何故かふわっとしたヴェスタが、機首を上げて気流を掴んだ。
旋回を始める頃には相当高度を稼いだようで、ジュノが首を伸ばすと、さっきまでいた島の全景が見えていた。
「うわ高いね?」
「うん‥‥こっからは高度を距離に変えていく作業になるからね‥‥ずっと追い風だし」
向かい風を捉え高度を稼いだヴェスタは、目測とデバイスのマップ表示を頼りに高度を保つ。
「帰ったらまずお風呂だね!」
「うんうん‥‥我が家のお風呂がいちばんです!」
ごうごうがたがた、きしきしと不安な音を紛らわすように明るい会話を続けていった。
「ヴェスタ‥‥プロペラとまったよ‥‥」
「うん‥‥了解‥‥もう見えてるよ滑走路‥‥アイカったらすごいわ、誘導灯まで並んでるよ」
「そか‥‥点けたかったろうね」
もちろん無駄に点けておくアイカではないので、消灯しているが、滑走路の両端を示すライトがキラリと反射してその存在を知らしめた。
いったん上空をフライバイして旋回に入るヴェスタ。
もうこの一時間ほどですっかりこの機体のクセを身に着けた。
するっと旋回しつつ高度を落とし、ピタリと着陸コースに乗った。
「フラップ展開‥‥エルロン‥‥おっけー」
ふわりと揚力が増すのを感じるジュノ。
くいくいと細かいピッチ調整が入り固定される。
「プロペラそのままでいく‥‥いくよジュノ‥‥」
「了解!どんとこーい!」
両肘を頭の下にして頭を包む着陸姿勢になるジュノ。
きしきしと細かなきしみだけなのは、ヴェスタの操縦の恐ろしいまでの冴えだ。
姿勢制御がほとんどいらない位置にピタリと持ってきて、微調整だけしている。
「高度読むよ‥‥15‥‥10‥‥5‥‥3‥‥」
ドン!ふわ
一度胴体が地について浮き上がる。
グライダーは揚力が大きいので、黙っていると飛び立ってしまう。
「エアーブレーキ展開」
ぶふおおお!!
前方シールドも主翼の補強も捨ててエアーブレーキに保護スーツの補強が回った。
どん どどん どざああーーーーー!!
「よし‥‥」
静かなヴェスタの声にジュノも息を吐き出した‥‥
遂に二人は母船に戻った。
ざざざーとしばらく滑る音がするが、ヴェスタがよしといったので絶対大丈夫とジュノは力も抜いた。
1泊2日の予定が、実に7日ぶりの帰還だった。




