【第15話:つきとふたり】
挿絵を追加いたしました。(挿絵を手直しいたしました)
ヴェスタは晩御飯をなんとか食べて、二人に詫びた。
「ごめんなさい‥‥いっぱい甘えてしまった‥‥」
しょんぼりするヴェスタをジュノがふんわり抱きしめる。
「いいよ、早く元気になってね」
そういって優しくぽんぽんと背中を叩いてくれた。
アイカも笑顔でよしよしと背中をなでてくれる。
今しなければいけないことは、自分を立ち上がらせることだと、改めて心に刻むヴェスタだった。
アイカが気をつかって、やさしい野菜のスープを作ってくれて、今日は船内で食事を取った。
少し作業部屋は処理の気配が残ったので避けたのだ。
かぼちゃのポタージュは自然な甘さと、手間をかけてくれたアイカの愛情でとても美味しい。
サラダも味のあまりない野菜を選び、レモンとヨーグルトの優しいソース。
デザートに貴重な甘い果物も付けてくれて、量は少ないけれど3人で分けて食べた。
あまい果実の匂いと酸味が、少し気持ちを爽やかに切り替えてくれる。
(本当に二人に甘えてばかりだ‥‥)
どうしてもしょんぼりするヴェスタをジュノが連れ出す。
「少しつきあってよ!」
そういって手を引かれる。
「アイカごちそうさま!先に休んでいいからね」
「はーい」
笑顔のアイカはジュノの意図がちゃんと解るのだった。
外まで行くと、ひょいと横抱きにされるヴェスタ。
「えぇっ?」
ひゅんと空気が鳴ると本船上まで飛び上がっていた。
一瞬だけスーツの補助をいれたのだろう。
さすがに生身で飛べる高さではない。
すとっと降ろされると、やたらと明るいことに気づいて上向く。
声を飲んでしまうヴェスタ。
そこには少し欠けているが上弦のふっくらした月が煌々と光を降ろしている。
その大きさにヴェスタは息を飲んだのだ。
母星で見上げた月の3倍はある。
手が届きそうなその月は、ふちが虹色のプリズムで覆われ、青白い光をみずから放つかのよう。
「すごいよね‥‥わたしも初めてみたとき息するの忘れたよ」
ふわっと腕をくんでくるジュノ。
ヴェスタは言われて自分も呼吸が止まっていたことに気づいた。
ふたりともお揃いで作った寝間着だ。
ふとももの中ほどまでの長さも、胸の大きなリボンもお揃いで、互いの肌の色をまとう。
そうして腕を組むと不思議なコントラストが生まれる。
(ジュノの肌はミルクティみたいな色だな)
色々な茶色がある中で、ヴェスタはジュノを美味しそうな色とみる。
外も歩けるように作った、上と揃いの生地の靴もはいていた。
月は本当に明るく、辺りを夕方程度に照らしてしまう。
くすくすいう気配にジュノを見るヴェスタ。
ヴェスタはジュノの柔らかな笑みに、こわばった心が溶けていくのを感じた。
(ジュノの笑顔は心を暖かくしてくれる‥‥ジュノだから?それとも笑顔はみんなそうなの?)
ヴェスタも自分の笑顔が不自然だと自覚がある。
毎日お風呂でも化粧をする時も、鏡を見る度に練習してはいるのだ。
(なにが‥‥ちがうの?‥‥私と‥‥)
頬に血が上るのが解る。
きっと赤くなっているなと自分でもわかるヴェスタ。
ジュノのコバルトブルーの透明で大きな瞳が見つめ返す。
静けさの中、どくどくと心臓の音が耳に付く
(なにか‥‥言わなきゃ‥‥そうだお礼を‥‥)
思考が空回りしてきて言葉が出ないヴェスタ。
にっこりと笑みを深くするジュノ。
「なにも言わないでいいの‥‥一緒に月を見よう」
そう言って月を見上げるジュノ。
いつまでも可愛らしい唇や鼻を見ていたい欲求をこらえて、ヴェスタも宙を見る。
白い月は変わらずそこにあり、その清浄な光りがヴェスタの邪な心を浄化してくれるようだった。
(あぁ‥‥なんて綺麗な光)
ヴェスタのエメラルドの瞳に小さな月が写る。
それは心まで染み込むような透き通る美しさだった。
左腕にジュノの柔らかな温度と、いつもの甘い体臭が漂い、月の幻想的な光と共にヴェスタの心に焼き付けられる。
(わすれない‥‥‥これはきっと幸せな時間だ)
そうしてヴェスタの唇に、ほんのりと意識しない微笑みが浮かぶ。
ちらと横目で見たジュノも、とてもうれしそうな笑みを浮かべる。
「なんだか幸せだね」
ジュノの澄んだ声が耳をくすぐり、ヴェスタの笑みを濃くしたのだった。
「そうなんだ?‥‥じゃあやっぱりお化粧したほうがいいの?」
ジュノの声はささやくように小さい。
自分より音程の高いその鈴のような声がヴェスタは好きだった。
最後は二人で座って、長い時間月を見た後だ。
身体が冷えちゃったねと、少し寝る前に一緒に温まろうとジュノがいった。
ヴェスタの部屋で小さなベッドに二人で入って抱きしめあった。
もともと一人用と割り切ったサイズで、船内でも慣れた幅だが、二人で入るととても狭い。
「そうね‥‥紫外線から守る肌の保護になるし‥‥すこしきめが揃ってみえるかも?ジュノのお肌はそのままでもとても綺麗だけどね」
ヴェスタもささやき返した。
顔と顔がくっつきそうな距離である。
1m程度の幅しか無いので、ぴったり身体はくっついている。
腕の置き場に困るのでヴェスタはジュノの首をのせ腕枕している。
ジュノはヴェスタのウエストに手を回して抱きしめていた。
ふたりとも同じ部分が出っ張っているので、そこが当たってしまいとてもあたたかかった。
ヴェスタが化粧を少し普段していると話していた所だった。
話す話題などどうでも良かったのかもしれない。
ただささやくような相手の声を心地よく聴いていたかっただけ。
ほかほかの温度と甘い匂いに、ほんのりと暗闇。
そしてやさしいささやきが心に染みていく。
ざらざらに荒れてしまった二人の心をじんわり癒やしていくのを互いに感じる。
今夜のヴェスタはほんの小さなものだが、とても自然な微笑みを浮かべる。
それはジュノをとろかすほど喜ばせた。
ジュノの笑顔や声。
温度や匂いが好きと言って微笑んでくれる。
それがジュノにはとても嬉しいのだ。
ヴェスタを支えている実感を感じられる。
だんだんと会話の頻度が下がり、見つめ合う時間が増える。
そうしていると二人の胸元から体温で温まった空気が立ち上る。
それは互いの体臭にほんのりと自分の匂いの交じる幸せな香りだった。
胸や腕に感じる温度も心を撫でてくれる。
ジュノはこの温かさを守りたいと思い。
ヴェスタはこれは幸せなのだと心に刻む。
そんな特別な気持ち。
小さな明り取りの窓でも室内に入りこむ青く清浄な光とともに、互いを刻みあった時間。
この夜に二人は初めて互いを抱きしめて眠りに落ちたのだった。




