【第132話:月夜に変わるもの】
「月がやたら大きく見えるよ?」
リステルは隣に座るマナミに話しかけた。
ずっと黙り込んでいるので、大丈夫かなと気になったのだ。
「‥‥ごめんなさいリステル‥‥私‥‥」
視線を合わせず詫びるマナミは更にうつむいてしまう。
リステルはどうしていいのか解らず、そっと距離を詰めて身体を触れさせた。
マナミは外装を収納し、いつもの保護スーツ姿になっていた。
外装を呼び出した時に、着ていた文官の制服は弾け飛んでしまった。
マナミが飛び立った後にはびりびりになった女性用文官服が一着落ちているだろう。
リステルも首と腰に残っていたスーツを展開し、今は半袖ワンピースのように着ている。
リステルのパーソナルカラーたる青いラインが鮮やかに入っている。
この保護スーツはちょっと時間をかけると温度を伝える。
くっついている面積が大きいと結構あたたかい。
泣き止んだが、事情も話さないし、ゴメンとだけ言うマナミに元気を取り戻して欲しいなとリステルは思う。
ちゃんと観察して、推理したらマナミの考えも思い至るかも知れないが、リステルはそれをしない。
マナミを知る時は頭ではなく心で感じたいと思うから。
そっと肩にも手をまわして引き寄せた。
接触面積が増えて、さらにあたたかさが伝わる。
「マナミはあったかいね‥‥義体って人間と変わらない温度なんだね」
リステルは優しくそう告げる。
ぷらんとした足を前後させて、少し時間を置いてみるがマナミは何も変わらない。
「ね‥‥マナミ、どうして助けに来てくれたの?式で見ていたの?」
そっと質問を送るリステル。
ぴくっとしたマナミが顔を上げる。
まだ視線は前だけを見ている。
「‥‥考えてみたの‥‥どうしてマナミを連れて行かないのか‥‥差し出さないのかと。リステルは先日もそうした‥‥」
「‥‥」
答えないリステルに、マナミが続ける。
「リステルは私を遠ざけた‥‥痛みと苦しみがそこに有ると知っているから‥‥」
「‥‥マナミ」
「そして‥‥その痛みも苦しみも、また自分には与えようとする‥‥目的が有るから」
リステルはついに黙ってしまう。
「‥‥私も同じ気持ちになったのだと思う‥‥リステルを遠ざけたい‥‥痛みからも、苦しみからも‥‥悲しみからも‥‥そうしてマナミのわがままでリステルを救い出した」
答えられないリステルに目を向けるマナミ。
今夜初めて目を合わせてくれたマナミは今まで、リステルが見たこともないほど真っ直ぐな目で見てくる。
「だからごめんなさい‥‥わがままをしてしまって」
そう言うとまたぽろりと涙があふれるマナミ。
「‥‥ご‥ごめんなさい‥‥リステルの邪魔をしてしまった‥‥」
リステルは諦めて心に従う。
理性ではなく感情がそうさせるのだった。
そっとマナミを胸に抱き寄せて、耳元にささやく。
「ありがとうマナミ‥‥本当はね、とても嫌だったの‥‥悔しいとも思っていた」
クスンとマナミが鼻をすする。
とんとんと背中を叩くリステル。
おさない子供をあやすように。
「そしてとても嬉しかった、助けてくれてありがとうマナミ」
ううっとマナミの嗚咽が強くなる。
マナミもリステルの背中に手を回しぎゅっと抱きしめる。
おさない子供がすがるように。
そうしてマナミが泣き止むまで、とんとんとしてリステルは微笑んでいるのだった。
月が綺麗だなと思いながら。
眼下遥かに首都マヤカランの灯りを眺め下ろしながら、マナミの黒い一人乗りの軌道往還シャトルに二人で腰掛けながら。
今夜は珍しくヴェスタとアイカが先に寝てしまった。
とても疲れていたのだなと、ジュノはにっこり笑いながら抱きしめあって寝ている二人を見る。
最近のアイカは時間を決めて寝るスリープの気配がない。
いつのまにか、すやっと寝てしまうのだ。
朝は相変わらず一番に目覚めているようだが、先に寝てしまうのは最近発見した変化だ。
そっとベッドを離れキッチンに入るジュノ。
このスイートルームには割と立派なキッチンが有る。
ガチャと冷蔵庫を開けると、ワインの瓶を取り出した。
小さめのハーフボトルを開け、付属のグラスに注ぎ込む。
とくんとくんと少し音が出るが、距離があるのでベッドには届かないだろうとジュノは思う。
軍の訓練学校で初めて飲まされた日は、べろんべろんになって記憶がなくなった。
朝起きたら頭が痛いし服は着ていないしと、最悪の気分だった。
二度と飲まないと心に誓った。
このプロジェクトに参加してから、ヴェスタが飲むので時々一緒に飲むようになった。
ちゃんとペースを考えて飲めば自分を失わないし、割と気持ちいいなとおぼえ直した。
ヴェスタは酔うとお姉さんっぽくなり、とてもえっちになるので面白かったりもする。
ジュノも適度に酔うと、なんだか素直に甘えられるようになり、今ではシラフでも甘えられるようになった。
星間航海中は飲めなかったが、水システムの故障に備えてある程度ワインを積んできていたので、こちらに来てからは、また時々飲んでいた。
アイカの義体は未成年っぽいのでダメよ、とヴェスタが言うので飲ませたことがないが、酔ったらどうなるのか見てみたいなとジュノは思う。
「今度ヴェスタが先に寝ちゃったらためそう」
うんうんとアイカを見るジュノは、とても楽しい気持ちになる。
グラスが開いたので、更に注いだ。
魔導冷蔵庫からおつまみのパックも取り出す。
「ポテトチップス食べたいな‥‥むうクラッカーか‥‥」
ジュノはチーズとクラッカーのセットを開けてぽりぽりして行く。
「不思議だよなぁ、電気はないのに魔法で冷蔵庫がある‥‥」
結構なペースでくいっとグラスを開けていくジュノ。
なんだか楽しい気持ちが増えてきてにこにこしてしまうジュノ。
気付いたらボトルは空になっていた。
「むむむ‥‥なくなっちゃった」
自分で飲んだので当たり前なのに、空になった瓶を不思議そうに見るジュノ。
ぽてぽてと歩いてベッドにもどるジュノ。
アイカとヴェスタはさっきより少し離れて隣同士に寝ている。
ジュノはアイカの隣にころんとして、くんくんと匂いを嗅ぐ。
「アイカも甘酸っぱい匂いがするからぁ‥‥絞って発酵させたらワインになるなきっと‥‥」
謎のセリフをアイカに吹き込むとむぎゅっと抱きしめて寝ることにするジュノ。
わりと寝付きのいいジュノがお酒までのんだので、瞬殺で寝てしまう。
手足を絡ませてアイカを絞ろうとしながらにへへと笑っている。
アイカは苦しそうにうーんうーんと唸るが、起きたりはしないようだ。
そうして夜遅くに飲んで食べたジュノが、明日の朝おえっとなって後悔するのはもう少し先の話となりそうだ。
なんだかそうして理由のわからない思考を走らせながらも、今は幸せいっぱいの笑顔で寝るジュノだった。
大きな月の光りが差し込んだ少し明るい部屋で。




