【第131話:マナミが失えないもの】
挿絵を修正しました。
なぜかジュノがすたすたとリステル達の席に向かってくる。
(まずい!やはりジュノはカンがするどいの?!‥‥どうしたら)
ぐいっとリステルが抱き寄せ、おでこを付けてくる。
「マナミ‥‥動かないで‥‥」
ジュノの視線にギリギリ顔が見えない動きを計算するリステル。
しかも外からみて不自然ではない動きの中でだ。
リステルのCPUがフル回転し冷却ファンが高速で回りだす。
マナミの冷却フィンは別の方向で回りだした。
(近い近い、あしが‥‥そこだめえ)
リステルの完璧な移動と密着でジュノの視線を交わしたが、ジュノはそのまま進みリステル達の側に置いてあるピアノに座る。
ててぽろん‥‥
優しいフレージングで奏でられるクレッシェンドから、深いペサンテへ。
響きの残る中に切ない主旋律が流れ、そっとマイナーの響きが添えられる。
儚くも美しい恋のバラッドが蕩蕩と流れた。
(‥‥なんでピアノ弾き始めるのよ!あとちらちらみんな!こっち)
ジュノはなぜかリステル達に向けて、恋の儚さを伝えようと感情をこめていく。
ついに主旋律が激しく燃え上がり、コードの海が溢れ出す。
それはただのフレーズではなく、もう告白といっていいほど饒舌な音の連なり。
ためらわないで‥恋に全てをかけるの‥‥こころの声に耳をかたむけなさい‥‥そんな幻聴までを耳に残す技量だった。
最後のコードを終え、そっと主旋律がもう一度添えられた。
深く長い余韻に、店内はいつの間にか静けさに包まれていた。
立ち上がり、ぱっとスカートを払うと、店全体からのスタンディングオベーション。
中にはぽろぽろと落涙する少女までが居た。
「わたしも‥頑張ってみる‥‥」
などと呟いている。
そして去り際にジュノが言葉を残した。
「おしあわせに‥‥おふたりさん‥‥」
そう、それはジュノからリステル&マナミに向けたことほぎの旋律だった。
「ジュノすごーい!上手なのねピアノ!」
ぱちぱちと感動しているヴェスタがにこにことジュノと話している。
(な‥ん‥‥だと‥‥)
マナミの脳裏では高速回転するさまざまなモジュールたちがオーケストラのクライマックスのように鳴り響いている。
(いみがわからんが?‥‥ジュノに祝福されたのだがぁ?)
マナミの脳はすでに熱暴走寸前の状態だった。
ジュノの動きに合わせ、リステルが計算し尽くした動きで、マナミをベンチに寝かせ覆いかぶさっていたから。
「じゃあ最初はさっきのフリル山盛り店にいこうよ!」
「それがアイカに振るわれる暴力ですか?!」
「似合いそうよね‥‥ピンクを着せたいわ」
わいわいと楽しそうに歩いていく三人は、会計を済ませて店を出た。
むくりと起き上がるリステルが冷や汗を拭う。
「ふぅ‥‥あぶなかったね‥‥」
「‥‥‥‥」
なぜかマナミは涙目になって真っ赤なまま固まっていた。
「あれ?だいじょぶ?マナミ」
「大丈夫じゃないわよ!!」
何故かおこられて、涙目のままぽかぽかされるリステルだった。
お店の人が来て、伝票を置いていく。
言葉はなかったが、雄弁な目線にマナミは足先まで赤くなっていると自覚した。
午後は予定通り王城に向かい、予定通りともいえる謁見をこなし、リステルは男爵に叙された。
マナミとリステルの読み通り、アヤンタ王国としては”大勝利”と評定した。
リステルだけではなく、4人の提督が昇爵された。
リステルは昇爵だけではなく、新たにウルヴァシャック南の列島も加領された。
(南はバケモノ触手がいるから開発できないのだけどね‥‥)
ありがたそうに目録も受け取ったが、あの島では南は禁忌の地とされている。
王たちも知っていて加領してきたのだ。
(あくまで‥‥なにも与えず名誉だけね‥‥いいけどね‥‥)
リステルの目には強い光りが灯る。
決意と対抗心と執念にも似た熱い光だった。
直後に戦勝パーティと言われて、マナミはホテルに戻っていいよとリステルに帰される。
「ここから先は義務みたいなものだから‥‥気にしないで先に休んでね」
そういってにこりと笑うリステルの瞳には、敗者の気配はなかった。
それが唯一マナミにとっての救いとなった。
城をでてホテルに戻る中でマナミは考える。
(リステルは全てわかった上で、ひどい目にあいに行った‥‥あれだけ評価されたら貴族たちが黙ってはいない)
口頭で罵られたり貶められるくらいならば可愛げが有るだろうと、マナミでもわかる。
結局この国は、西方から来た人間のための国なのだ。
人口としては10%にも満たない、その来訪者たちが元から居たリステル達を踏みにじって立てられた国だと、マナミにもわかる。
大半のこの国の人はそれを知らない。
一部の理解した者は異物として、僻地に追いやられるか、この世界そのものを去った。
そして、リステルは知りつつ従い、抗おうとしている。
そのためならば自分にすら価値を感じない。
そんな危うさをマナミは感じ取っていた。
ホテルが見えてきたところで、マナミは足を止めた。
先日の朝リステルが戻った所を思い出したのだ。
足を閉じるのも辛そうにして、ボロボロになって戻ったのだ。
そして、マナミをそこから遠ざけた。
「リステル‥‥」
マナミの唇が名を紡ぐ。
じわっとマナミを紫に輝く粒子が覆っていく。
「いや‥‥だよ‥‥」
『System.Command: soaring()――Execute!』
どぉん!
大気を切り裂いてマナミの紫に輝く身体が飛び上がる。
拡張収納されていた外装が、空中でシフトしマナミの身体にまとわれていく。
両肩に余りの式が乗った大型のバインダーが乗り、胸にも式制御宝珠が埋め込まれた装甲が乗る。
背中にまわるバックパックは小型だが、強力な推力をうむパルスジェットの青い炎を吹き出した。
それはティア9に相当する、マナミ本気の戦闘装備。
一瞬で重力制御も併用し、亜音速まで加速したマナミの左右に式が追いつき追従する。
リステルに付けている一本が映像をマナミに送ってくる。
男たちが無抵抗に目を閉じるリステルに手を伸ばしていた。
「‥‥ゆるさん!」
マナミの怒りに触れて式達が突き進む。
パパパパパパゥ!!
3機の式が亜音速で飛び交い全ての方向から紫色の輝くビームを放った。
1cmにも満たない輝くビームは、音速の数倍で放たれた荷電粒子。
数千度に達するそれを妨げられるものは何もなかった。
石も鉄も、何一つマナミの怒りを止められない。
そうして窓から降り立ったマナミは、倒れ伏したリステルを抱きあげ、窓から飛び去る。
残されたのは、音速の粒子がかすめた衝撃波だけで気を失った傷一つない貴族たち。
8人もいた彼らは、これからリステルを貶めようとしていたのだ。
そしてリステルは、それを義務だからと言いまっすぐに立ち向かった。
それでは大切なものが失われてしまうと。
マナミにはそれは絶えられなかった。
ぎゅうっと身体を抱きしめたマナミに驚いた目のリステル。
「マナミ‥‥どう‥して?」
ぽろぽろと涙が止まらないマナミは答えることができなかった。
ただリステルの胸を抱きしめて顔をうずめ、嗚咽を漏らす。
高速で飛んでいるのに、髪の毛一筋揺らさない神がかりの超技術よりも、そのマナミの感情にリステルは驚き声も出なかった。




