【第120話:ないしょの二人】
リステルは呆然としていた。
わりと距離はあったが、VTOL機の攻撃をみて固まっていたのだ。
「あ‥‥あんなのなんだ‥‥」
すぐ横で同じ様に見ていたマナミが呟いた。
「あの程度はたいしたことではないですよ?彼女達も本気では有りません」
なぜかちょっと自慢げなマナカ。
確かにスパイラルアークを持ち出せば、艦隊を一瞬で消し去ることも容易だ。
えぇ‥‥といった顔で振り向くリステル。
「私達の技術レベルは星系を越えるものですよ?この星を滅ぼすくらいは簡単なことです」
すんっと横を向いたマナカが、チラとリステルを見ながら言う。
ちょっとだけ口元がにまっとしていた。
最近でも知識をどんどん増やしているリステルには、それが大言壮語ではないことが理解できた。
ただ現実世界にその知識を重ねて見たり、想像するのは難しかった。
頭でっかちになっていたのだ。
それが今物差しを当てられた気分なのだった。
リステルは悄然として、戦後処理の指示を出していった。
実は離れて待機させていた残り2隻の揚陸艦を呼び寄せ、混乱が收まる前に拿捕した輸送船を曳行させ自分の領地であるウルヴァシャックの街に向かわせた。
そしらぬ顔で戦果を携え、艦隊の隅っこに合流するリステル。
帝国の艦隊は大陸の南を回り、帰国の途についたようだ。
アヤンタ王国の艦隊は大混乱で、収拾には丸一日を要し、リステル達はそのあいだゆっくり休み、計画を立てられた。
「この戦果なら爵位くれたりするかな?」
リステルは風呂上がりでタオル生地のガウンを羽織り、船長室の真紅のソファにどっかりと座る。
船幅いっぱいに使った豪華なスペースだが、中型船なのでそれほど広くはなく、天井も低い。
勝利のシャンパンを開けて、グラスで味わっていた。
マナミもリステルに進められて、横に座って付き合って飲んでいた。
いつもの保護スーツではなく、夜着として与えられた黒い寝間着を着ているが、わりと生地は薄く、着心地が良いのでマナミも気に入っている。
「そうですね、リステルが望めば男爵位くらいは貰える戦果ですが‥‥騎士爵からと言われそうですね」
シャンパングラスからちびちびと試すように摂取するマナミ。
(ふむ‥‥これがアルコールですか‥‥なるほど血管を拡張し血流をよくする機能もあるのですね)
そんな感想をもちつつ、はじめてのシャンパンを味わい、頬を染めていた。
「そか‥‥爵位の位階は限られている‥‥いっぱい働かせたいから、一度には上げない‥‥」
「そうそう‥‥支配者側の思考はそうですね」
リステルは慣れているのか、くいっとグラスを開けて、手酌でシャンパンを足した。
ちん、とグラスをあわせてくるリステルがにこっとする。
「とりあえず二人の勝利に!」
「‥‥あぁ乾杯というものですね‥‥では二人の未来に!」
返礼としてグラスをあわせたマナミにも微笑みがうかんだ。
「なんだ、かわいい顔もできるんじゃない」
「え?」
くすくすと笑うリステルに、片手で表情を確認しようとしてぺたぺた顔をさわるマナミは盛大に顔を赤くしていた。
(こ‥‥これはお酒をのんだからだわ‥‥血流がよくなって加速度的にアルコールが‥‥)
ほほが熱いことを自覚したマナミはわたわたと、自分への言い訳に忙しい。
その様子をくすくすと見ながら、機嫌よくリステルは続ける。
「いいね‥‥これからも仲良くしていこうねマナミ‥‥とりあえず艦隊は一度解散になるだろうけど、近々また王都に呼ばれるかな?論功行賞があるよね?負け戦ではないし」
マナミも思考を戻す。
「そうですね、むしろ勝利と定義するためにかなり無理をしてでも褒美を出すでしょうね」
アヤンタ王国の戦果は大きい。
目的の大半を遂げたのだ。
南方植民領地から帝国を打ち払い、その艦隊も壊滅ではないが追い払った。
形だけ見たら大勝利である。
ただし使徒ヴェスタの脅しを伝えられれば、考えることも有るだろうなと思う。
そして奪われたものを取り返したが、得たものは特に無いのだ。
「私の戦果に疑わしいところはないかしら?」
マナミも黙考してみる。
「‥‥問題ない範囲だわ。むしろ想定通りと言っても良い。とても上手くやったわリステル。引き際もよかった」
マナミはまた無意識の笑顔を浮かべる。
こうして思考を通さない表情は、とても自然だなとリステルは思う。
今のリステルにはAIの基礎知識もあり、このマナミがAIでこの身体も義体という作り物だと、知識では知っている。
暫くはシャンパンを嗜みながら、戦果と今後の王国内での立ち回りを相談した。
シャンパンの瓶も二人で開けてしまい、リステルも顔が赤くなった頃、ふと訊ねる。
「これはさ、答えたくなかったら言わなくて良いんだけど‥‥」
そういってじわりとソファをすべり、マナミの側によったリステル。
マナミももう警戒心がなくなったので、特に嫌がらず、内緒の話かなと自分でも近づいた。
耳元にささやくようにリステルがたずねる。
「マナミの本体はここにいるの?軌道の船にあるの?」
リステルのAIに対する理解はそこまで進んでいた。
どきっとしたマナミは、まるで見せられないものを見られた羞恥を感じ、すっと身を離し身体を腕で隠した。
じっとリステルを見つめるマナミ。
(理由は?‥‥なぜ知る必要がある?‥‥それを直接聞く意図は?)
マナミの中で論理的思考がくるくる回るのだが、言葉としてでたのは違うものだった。
「そうよ‥全部ここにある‥リステルと‥‥一蓮托生なのよ」
表情には定款がにじんでしまう。
告げた言葉は本意ではないのだと、顔に書いてあるようなものだった。
リステルの優秀な観察眼と思考は、その行為に2種の意味を見いだせる。
一蓮托生が嫌なのか、一蓮托生と表現するのが嫌なのか。
どちらなのかと気になった。
「ねえ‥‥マナミ‥‥」
離された距離を詰めるリステル。
頬は赤くなり、青い瞳も潤んでいた。
マナミのすぐ横に手をつき、顔を寄せる。
顔が当たるほどの距離までつめてリステルは問う。
「私のこと好き?」
今度は唇に向かって囁いたリステルは一つも見逃さないと、マナミの眼を見つめる。
室内が無音になり、機械式の時計だけがチクタクと時間を刻む。
「‥‥ないしょよ」
そういって眼をそらしたマナミも、瞳が潤んでしまう。
口元には隠しきれない微笑みがひとひら浮かんでいた。
すっと体勢をもどしたリステルがクスっと笑う。
「ごめん‥‥じゃあ忘れて‥‥今の話!」
そう言うと勢いをつけてソファを下りて、あくびをしながら隣の寝室に向かう。
その寝室にはベッドが一つしか無くて、乗艦してからは同じベッドで寝ている二人。
マナミは寝る必要がないのだが、義体は休めたいので夜は横になりじっとしている。
開けっ放しのドアから、大きなベッドにぽてんと、うつ伏せに倒れ込むのが見えた。
ぽいっとお行儀悪く脱ぎ去ったガウンを放るリステル。
ソファから見ていたマナミの頬はみるみる真っ赤になり、自分でも制御できない義体の色々な反応に驚いている。
(な‥‥なんなの?リステル‥‥きになっちゃう‥‥私をもっと利用したいということ?それとも‥‥)
ぐるぐると論理思考モジュールは仕事をするのだが、義体の動悸はいつまでも収まらず、隣に眠るのがとても抵抗が有る。
自分の義体なのに、なにか制御外の行動に自ら移りそうで、ためらわれるのだった。




