【航海日誌1】
ヴェスタは船長として毎日記録を残すことを義務化されている。
これはミッションログにもなるもので、定期的な霊子通信での提出が求められている。
このレムリア星系に到達前に送ったのが最後の日誌で、今日まで存在すら忘れていた。
「これは‥‥まずいわ」
ええとと数えてみたら12日間も書いていなかったことに思い至る。
「まずいわよ‥‥ええと‥‥あぁ‥‥7日に一回が最低ラインと書いてある‥‥」
ミッションマニュアルをこの星に来て初めて読み返したヴェスタ。
「クスン‥‥だって‥‥色々イレギュラーが多すぎて‥‥」
イベントがありすぎて日常業務をすっかり忘れていたヴェスタ。
「いえ‥‥待って。これはもうミッションを外れて遭難しているのだわ‥‥そもそも提出しようにも星系間霊子通信ができないのだったわ」
ほっとした顔になるヴェスタ。
しかしヴェスタは非常に真面目で根気強かった。
「でも‥‥記録を残す規則なのだから‥‥」
ぱらぱらと提出済みの日誌をプリントしたものを読み返す。
今夜思い当たって印刷したのだ。
Ship’s Log ’526/10/11
Location: Northern Zephirvalka Base
Status: Tear0
今日からミッションスタート。
がんばります。
「小学生の日記かな?」
がくっとなるヴェスタ。
一ページ目からダメージが大きかった。
Ship’s Log ’526/10/14
Location:Zephirvalka-Lemuria
Status: Tear0
スタッフのジュノが私を好きだと言ってくれた。
うれしかった。私も好きかもしれない。
がんばろうとおもう。
「乙女の日記かな?」
再度がくっとなるヴェスタ。
2ページ目もダメージが大きかった。
「まって‥‥これ提出済みなのよね?‥‥クスン‥‥もう帰りたくないよ」
Ship’s Log ’527/1/2
Location: Planet Alduna/Lemuria Sector
Status: Tear0
明日は目的地の星に着きます。
ちょっとドキドキします。
今日はアイカと喧嘩した。ジュノが仲直りさせてくれた。
明日からは仲良くしたいと思います。
あと、がんばります。
「これ?本当に私が書いたの?‥‥」
個室に置かれた小さな作業机にぷにっとつっぷすヴェスタ。
書き物もするからと準備したのだが、書き物の意欲はなくなった。
「‥‥‥‥ダメよ。ちゃんと記録を残さなきゃ。書くのよ」
気合を入れ直す真面目なヴェスタ。
Ship’s Log ’527/1/15
Location: Planet Alduna/Lemuria Sector
Status: Tear3
日誌を書くのを忘れていました。ごめんなさい。
とても困ったことがいっぱいあって書けなかったの。
最近ジュノがとても優しくしてくれるのでうれしいな。
明日からもがんばろうとおもう。
「おかしい‥‥頭で考えたことが、そのまま文字になってしまうわ」
パーソナル端末で自分の打ち込んだ文章をみて愕然とするヴェスタ。
「『うれしいな』、ではないでしょ?一応提出する前提でかいてるのよ?!‥‥なおせばいいのだ」
あせり顔でカチャカチャと打ち直し修正するヴェスタ。
Ship’s Log ’527/1/15
Location: Planet Alduna/Lemuria Sector
Status: Tear3
日誌書くの忘れてた。ごめん。
いそがしかったの。
最近ジュノがとても優しいの、ジュノだいすき。
明日からもがんばる。
「‥‥まて。なにが起きた?どうしてこうなった?」
真っ赤な顔で端末を一旦閉じて、椅子の上であぐらをくみ、瞑想を始めるヴェスタ。
手のひらを上向きにして右手を足の上に置き、その上に同じく手のひらを上向きにした左手を重ねる。
両手の親指の先端を軽く触れ合わせ、きれいな楕円形を作った。
そこにはみごとな法界定印を結んで、目を閉じるヴェスタがいる。
ヴェスタは文章を書く訓練をしたことがなかった。
機能としてインストールされたように、文字を書くことはできたが、文章にまとめる能力がなかった。
思考としては非常にまとまりがあり、論理的に答えを出せるのだが、文章にまとめるのが下手だった。
さとりを得たヴェスタがカッと目を開く。
「‥‥そうだわ‥‥アイカが話すように書けばいいはず。アイカは優秀なAIだわ」
Ship’s Log ’527/1/15
Location: Planet Alduna/Lemuria Sector
Status: Tear3
日誌を書くの忘れていました。ごめんなさい。
色々と問題があり記録を残せませんでした。
最近ジュノがとても優しくしてくれます。うれしいです。
明日からもがんばろうと思います。
「ふぅ‥‥これでよし」
保存して端末を閉じたヴェスタ。
「んっ‥‥」
大きく伸びをしたらあくびもでた。
「ふわぁあ‥‥‥‥ねよっと」
するりとベッドに入るヴェスタはちょっとだけ微笑んで寝入るのだった。
(ジュノだいすきだって‥‥‥‥うふっ、はずかしぃ‥‥)
自分で書いておいて照れるヴェスタだった。
この航海日誌には改ざんを防止するため、改変ログも全て記録される仕様であった。
ヴェスタはこの時点でその仕様を知らないのであった。




