【第105話:ゼロからですがなにか?】
ナノマシンポッドには空間拡張機能が付いている。
これは各荷室や食料庫などに全て付いていて、それぞれシリンダーを回すように10個の同じスペースを次元を変えて保持している。
機能を動かせば部屋の中身がシフトして入れ替わる仕組みだ。
これによってスパイラルアークは驚くほど小さな船体で、開拓一次事業をこなせる仕組みだった。
アークタイプの開拓船の中でも最新のこのスパイラルアークは、最小の体積で組み上げられていた。
星間航行の基本であるシフトドライブと言う、光速をこえる技術には質量が増えると比例して莫大なエネルギーが必要となる。
そのため遠方に行くには荷物を少なくしなければいけないという、古代の旅人のようなジレンマを抱えた。
その解決法の一つがこの空間拡張機能だ。
星間航行船には必須の機能とも言える。
今スパイラルアークの操縦室には全てのスタッフが集まり、アイカを見守っていた。
作業の手を止めて、アイ達も四人揃っている。
心配そうにアイカのお腹のうえで4人共ぎゅっと抱きついている。
「ジュノ‥解除できた?」
キャプテンシートに座るヴェスタは、先程動かしたナノマシンポッドのアラームモニターを確認している。
散々現地で制御コードを物理的にカットして、手動で動かしたのだ。
さぞエラーを吐いているだろうと、ログを確認してみたが、シリアスアラームの前後にエラーの記録はなかった。
コパイ席でエンジニア席に座らせたアイカに付けた頭部外装デバイスを操作するジュノ。
「うん‥‥カギはアイカから預かっていたからね‥‥タイマー設定を今0時間にしたから一時間以内に解除になるはずだよ」
外部干渉には本人の設定した量子キーが必要で、カギがなければほぼ開けることは出来ない。
アイカはこの量子キーにジュノとヴェスタのDNA情報を組み込んでいた。
二人のどちらかがいれば操作出来るようにと。
ふぅと額の汗をぬぐったジュノ。
「よかった‥‥」
ジュノの唇が吐き出すように心をもらした。
どうやっても制御できないナノマシンポッドを、アイカはダメもとと思い制御側をカットして、ユニット単体で物理操作し強制作動させた。
マニュアルにはもちろんない、ユニットの製造メーカー側も想定していない操作だった。
これは偶然も手伝い、うまく行ってしまう。
ところが切り替えに成功するとポッド2には残量0と表示が出る。
そんなバカなと直接目で確認した。
本当にポッドは空で涙が流れた。
悔しかったのだ。
今度は3に4にと回したが、結局10まですべて0だった。
自分の操作のせいなのかと愕然とし泣き崩れた。
なんとか立ち直り、元に戻してポッド1を出すと、こちらも残量0となった。
アイカは焦っていた。
そんなバカなとこれも実測しに中に入ったところで、不幸な事故にあったのだった。
切り替わった瞬間にアイカとの霊子リンクが切れて、パニックになったアイ01が制御側ユニットに残る緊急ボタンを押してアラームを発した。
アイ01の判断が遅ければアイカの義体を失っていただろう。
ヴェスタもジュノも、それはアイカの心の死と同義と恐れた。
むくっとアイカが目覚める。
まだ半眼だが目も開けている。
お腹の上のアイ達が大騒ぎして、ジュノ達も気付く。
「あいかぁ!!」
ぎゅむっとジュノが抱きつき、そのうえにヴェスタも抱きつく。
「アイカ!!」
『ママぁ!!』
アイ達も必死にお腹にしがみついていた。
「‥‥えと‥‥これは」
スリープからの通常ではない目覚めに戸惑うアイカ。
アイ達をまとめて抱きしめて、ジュノとヴェスタにむぎゅむぎゅされながら、アイカは思い至る。
「あぁ‥‥ナノマシンが‥‥」
「そんなのいいよ!アイカがいればいい‥‥」
ヴェスタが叫んでぎゅうと力を込めた。
「そうだよ‥‥アイカ‥‥危ないことはもうしないで‥‥お願いよ」
ジュノもクスンと鼻を鳴らしていた。
「ごめんなさい‥‥」
アイカも涙が流れてしまう。
それは失ったナノマシンを惜しむよりも、自分を惜しんでくれた二人と子どもたちの心が嬉しくて涙が流れたのだった。
ごめんなさいと繰り返し真っ赤な顔で泣き続けるアイカをよしよしと交互になでるジュノとヴェスタ。
二人もやっと笑顔を取り戻した。
大切な妹を失わずにすんだのだと。
「‥‥大変申し訳ないのですが‥‥現実問題として、現在のスパイラルアークにはナノマシンがありません」
アイカは悔しかったので、あの後徹底的にナノマシンポッドを調べ上げた。
どうやら、空間拡張機能と連動する図面にも制御にもないバイパス通路があると見つけ出した。
それは通常規格の外部ドッキングモジュールに接続されていて、そこからナノマシンを取り出したと解った。
物理的にそのモジュールを見つけ出して、外から塞ぎナノマシンポッド自体はほぼ機能を取り戻した。
「‥‥おそらく軌道上で第一格納庫を開けて出た者が、2番から10番のナノマシンを持ち出した」
ヴェスタが推論を述べる。
うんうんとジュノもうなずき続ける。
「そして、アイカが操作した時に同じ仕組みが動いて、残りを放出した」
少なくなっていたが40NP以上残っていたはずだった。
くすんとアイカがまた泣き出す。
「ごめんなしゃい‥‥」
ぎゅうと二人はまた抱きしめる。
「いいの」
「しかたないよ‥‥おかげで今後は心配ぜずためれるよナノマシン」
よしよしとアイカをなでるジュノ。
ぎゅっとジュノを抱き返すアイカ。
アイカの頭にはアイ達4人がへばりついて離れない。
髪の毛に絡まるようにして、離れたがらないのだ。
時々アイカが思い出してよしよしとするが、全員離れないでいた。
よほど怖かったのだろう。
「でも‥‥現実問題として、非常にまずいのです‥‥10でもあれば増やすことが出来るのですが‥‥」
ナノマシンは材料を与えると自己複製をして万能なナノマシンを増殖してくれる。
素材による効率の差はあっても、どんな物質でも変換して複製する。
ところが元になるナノマシンが少ないと、少ない量しか増殖しないので、触媒がたくさんあってもなかなか増えない。
そのあたりから限度を定めて、残量が10NPを下回らない安全策を組んでいた。
今回はそういった制御外で動かしたので、全部放出してしまった。
残量0では増やしようがないのだった。
「そうか‥‥みなのストレージにナノマシンがのこっているわ!」
ヴェスタの発言にはっとアイカもジュノも顔を輝かせた。
「それです!全部集めたら10NP位になるかも」
アイカも万歳してピョンと立ち上がった。
髪の毛に捕まるアイ達もふわりと笑顔で一緒に飛ぶ。
こうしてスパイラルアークは久しぶりに0からのスタートを切る。
3人にとってはそれは悲嘆する試練ではなかった。
いつもの事と思ったのだった。




