【第93話:さんにんで考える】
ヴェスタは朝起きてもなかなか思考がまとまらない。
(なにか‥‥しなきゃいけなかったはず‥‥)
いつものように半身を起こしたら、ぼーっとしてぽつぽつと浮かぶ思考を眺める。
(左腕がしびれている‥‥そうだアイカが寝ていたのだ)
じんじんと痺れて力が入らない左手を不思議そうに見つめ、ふとアイカにきづいて見やった。
じっとヴェスタを見つめている鳶色の大きな瞳と目が合う。
こてんと首をまげたヴェスタ。
(アイカがみている‥‥かわいいわ)
髪を撫でようと思うが左手が動かないので、右手で撫でる。
よしよしとなでるとアイカが目を細める。
ヴェスタもなんだか嬉しくて目をほそめ微笑みを浮かべた。
左手がじんわりと動くようになる。
(アイカをだっこしたいな)
むぎゅっとだっこした。さらさらの髪の毛をなでると、愛しくて抱きしめたくなるのだ。
「ヴェスタ‥‥ちゃんとおきましたか?」
アイカがヴェスタの胸の中でもごもごとなにか言っている。
(おきないわ‥‥このままでいたいもの)
アイカの肩や頬があたたかくてヴェスタはとても幸せに感じる。
あまずっぱいアイカの香りも味わう。
「‥‥はぁ‥‥もうちょっとだけですよ」
アイカがまたもごもごと言うが、ヴェスタはふわふわなので聞かない。
今日はまた一段とひどいなと思いつつもアイカも抱き返そうとする。
左手はジュノが抱いていて動かないので、右手でヴェスタを抱きしめた。
とても柔らかくていい匂いだったから。
朝ごはんをミルクと携帯食で手早く済ませ、会議に移行した。
最近は拠点のダイニングが会議場となることが多い。
食事とお茶の時間が集まりやすいから。
アイ達も4人そろってぴーぴちちと話たり、ぴこぴこ動いたりして会議中のようだ。
「方針を決めたいと思います‥‥」
ヴェスタがそう言って話し始める。
「アイカ、マニュアルの精査は?」
アイカには膨大な外縁星系開拓マニュアルと、現状のすり合わせを頼んでいた。
「該当するのは3項目あって、どれも現状では非接触・要報告とだけあります」
アイカの調べてくれた膨大な規定の条文と、対応マニュアルの回答だ。
「ジュノ‥‥偵察映像から見る敵戦力の最大値を」
ジュノにはあの戦地映像の考察を頼んでいた。
拠点に帰る前に終えていたようだったが、ヴェスタは昨夜は結論を尋ねなかった。
「あの街の最大人口は10000人程度とみこしたわ。殲滅を考えた攻め方から恐らく1000名以上の兵士を伴っている。軍船の数は確認出来たものだけで4隻。中型の帆船だった」
ジュノは一旦切り、二人の理解度を見る。
大丈夫そうと思い進める。
「使われた砲は80-100mmの滑空砲もしくは迫撃砲。船から撃ったと想定した結果だわ。船の技術レベルとも一致した」
考えるヴェスタとアイカ。
「リステルの言っていたレベルより少し技術が進んでいる?」
アイカの質問。
「そうなるね、リステルも世界全ては知らないだろうし、国旗をみると攻めてきたのはリステルの所属していない国だろうね」
ふんふんとアイカもヴェスタも納得したよう。
言葉は切れて、自然とジュノもアイカもヴェスタを見る。
「‥‥まず最初に確認を」
ヴェスタは一度目を伏せてから、顔をあげぱちっと目を見開く。
「一つ、開拓を諦め、帰還を目指す。一つ、開拓を続け、目標のクリアを目指す‥‥二人の気持ちをまず教えて‥‥決を取るわけではないわ」
ヴェスタは前提から考え直した。
いまだ一度も話していなかったことだ。
現状がすでにマニュアルからそれているのだし、義務としては続けるべきだが、帰還を選んでも責められないだけの条件もマニュアルにもある。
「帰還でいいとわたしは思う」
ジュノの意見だ。
決を取らないとは、責任も負わせないと言う意味合い。
「わたしも現状では帰還を目指すべきと思います」
アイカの意見も同じだった。
目を閉じて考えるヴェスタは、二人の気持ちは分かっていて、あくまで確認したにすぎなかった。
そもそもどう決めてもこの二人は自分に従うのだとも判っている。
それは嬉しいと同時に、とても重荷に感じるヴェスタ。
「現状は開拓マニュアルへの復旧は不可能と判断し、帰還を第一に目指します」
はっきりとヴェスタが告げる。
初日から三人とも言わずとも思っていたことだ。
「次に昨日見た現地住人同士の争いに関して」
ヴェスタはきりっと表情を正した。
ここからが話し合わないといけないことだ。
「一つ、可能な限り無関心非接触。一つ、積極的に介入し早期講和を目指す‥‥この場合は現地の協力を引き出せると考えます」
ジュノが質問と確認。
「どちらかに味方するってことでしょ?」
「そうよ」
うなずくヴェスタ。
瞳には真剣な光がやどる。
ジュノが予想した戦力ならば、どちらに味方しても圧倒的勝利を引き出せるだろう。
アイカも補足して情報を出す。
「現状であれば‥‥ティア10を目指すだけならば現地の協力は必要ありません。時間さえあればスパイラルアークは星系間航海の準備を進められます」
アイカの意見も二人とも理解している。
「どれくらい時間がかかるかは判らないけどね‥‥その通りでも有る」
ヴェスタはうなずいて答えた。
ジュノが考え込んでから決意したように発言する。
「‥‥ヴェスタ‥‥わたしは戦争を止めたいと思う。あくまで意見だけど」
ヴェスタは恐らく介入したいのだと、ジュノは思う。
あれだけの命が死にさらされ、今後も起きるのだと知って放っておける人ではないと思うのだ。
だから迷い苦しんでいるのだと。
非介入非接触で気にならないなら、そもそも決を取る必要もない。
「ありがとうジュノ‥‥アイカはどうしたい?」
アイカもちゃんと考えていた。
「アイカは‥‥自分の力で救える人がいるのなら‥‥救いたいと思います」
しっかりと意見を述べるアイカに感動すら覚えるジュノのとヴェスタ。
決定に従いますと答えるものだと思ったのだ。
そっとヴェスタがふるえるアイカを抱きしめる。
ジュノも二人をまとめてふわりと抱いた。
「ありがとう‥‥アイカ‥‥無理させてごめんね」
ふるふると首をふるアイカは表情を消して俯いている。
思考モジュールにかなりの負荷があるのだろう。
今の言葉は連邦のマニュアルに逆らったとも取れる言葉だった。
それはAI達にとっては思考の中枢とも言える前提に逆らう言葉だ。
ながく生きたAIならば思いつく言葉でも、口に出して意見にするのはとっても抵抗のある話だ。
グレーゾーンとは言え、マニュアルに逆らえるAIはなかなか居ない。
それは長年厳しく躾けられた父親に反抗する子供のような心理であったろう。
アイカのほほに血の気が戻ってから、ヴェスタは結論を宣言する。
「調べて非があると思った方を倒す‥‥判断は私が下します」
じっとジュノを見つめるヴェスタ。
「賛成。ヴェスタが何を選んでもジュノは同じ気持ちだよ。過ちが有ったなら一緒に償う」
ジュノの思いがけない宣言に、ヴェスタはじわっと涙が出そうになる。
「うん‥‥ありがとうジュノ」
アイカも顔をあげる。
「あたしも賛成です。まずは戦場と他の街も調べましょう」
そういって立ち上がるアイカがジュノの手をとり、ヴェスタの手を取る。
ニッコリとわらうアイカが宣する。
「三人で一緒です!どこまでも」
ヴェスタだけではなくジュノの目にも涙が浮かぶ。
それは、今もっとも言ってほしかった言葉だった。
固く抱き合った3人が嗚咽を漏らす。
「すすもう‥‥」
ヴェスタの声に二人もうなづいた。




