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【ヘリカルスパイラル】  作者: Dizzy
第1部 第9章
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【第92話:きょうは幸せな日なのです】

ドライヤーを当てながら、しなやかなヴェスタの髪を味わうジュノ。

ヴェスタの髪は豪華な色合いで、贅沢なボリュームを持つ。

「アイカは調べ物に夢中だし‥‥二人でごはんつくろうか」

ぽつっとジュノが告げる。

閉じていた目をぱちっと開くヴェスタ。

「いいね」

表情はないが、嫌がってはいないなとジュノにはわかる。

フィィーと弱い風に当てながら、すこしづつ梳いていくジュノ。

「小麦粉を水とミルクも入れて溶いて‥‥うすく焼くの」

ジュノが手を止めず話しを続ける。

ヴェスタの髪を乾かすのにもだいぶ慣れたのだ。

もう一月以上お互いの髪を乾かし合ってきた。

「そこに挟んで食べるようにいろいろ薄切りにして準備しよう」

ヴェスタも出来上がりが想像できたのか、ふわっと微笑を浮かべる。

「チーズとヨーグルトとチョコソース‥‥ホイップした生クリーム‥‥果物も少し出してもらおう」

鏡越しにじっとジュノをみるヴェスタはまた表情を無くしていた。

「今日はさ‥‥いろいろ考えるの辞めて好きにしようよ」

ジュノはにっこりと言う。

果物が貴重だと思えば、食料にたいする漠然とした不安がありヴェスタは表情を消すのだ。

思えば沢山の事をヴェスタに抱えさせていたなとジュノは反省する。

「一日くらいならアイカもダメって言わないよきっと」

すっと目を伏せるヴェスタは、そう思わないのだろう。

「甘いものならだいたい合うから‥アイカにも相談しようね」

ヴェスタは伏し目がちのままうなづく。

「うん‥‥」

そこには重圧に打ちひしがれ、何処にも行けなくなった孤独なキャプテンがいるのだった。




スパイラルアークには実はフリーズドライされた果物が沢山有る。

これは船員マニュアルにもあり、食事のバランスのため最低週に一度は食べるよう書かれている。

アーク型開拓船の任務は長期に渡るのが常で、本来は空間拡張技術もあり、数年は最低ラインの量をクリアできるだけ準備してあるはずだった。

女性だけのチームということも有り、肉より優先してフルーツを持ってきていた。

空間拡張倉庫はシリンダーの様に別の次元に収納した同じ空間を交互にだせる技術。

10層で一組にするのが一般的で、本来その機能が働いてくれたら、スパイラルアークは10倍の貨物スペースを持っていた。

食料の倉庫にも、もちろんこの機能があり、本当ならもっと贅沢に食べて良いはずだった。

1番はなに、2番はこれと、自由に切り替えられたはずだった。

今の番手の倉庫にはいちごとオレンジが有ったので、両方解凍してもらう。

食料の倉庫にはフリーズドライされた食品を生鮮食品なみに戻す技術が盛り込まれていた。

チンとなった扉を開けば、つやつやした果物が取り出せた。

「‥‥これからは現地でも入手もしくは生産しなければ‥‥当たり前のことだった」

何度か思いついた考えだが、それはまるでここで生きていくと決めるようで、続きを考えたくなかった。

ヴェスタはここでの仕事を終えて向かいたいところがある。

この仕事を終えなければいけない理由が有るのだった。

キャプテンとしてすることを考える時、第一に考えたのはそれだった。

どうしたらこの仕事を終えられるのかと。

ふんわりと幸せな時間が訪れたあとは、必ずそれを思い出し胸の奥がちくりと痛んだ。

「ティア10まで進める‥‥基地まで帰還する‥‥それだけのことだよ」

マニュアルどおりに進めば2年程度でクリアする予定だったのだ。

今のティアは5。

もう半分きたじゃないと、ヴェスタは顔を上げた。

「進もう‥‥」

悩んでいたことにも答えを出せた気がするヴェスタだった。


ジュノは拠点のキッチンに置いた冷蔵庫から色々と取り出し、準備を進める。

ジュノの地元ではわりと食べられていたお菓子だが、今日はお腹いっぱいに美味しいものを食べさせて、ヴェスタに元気になってほしいと考えた。

今日見た映像とかつてリステルにもらった情報を考えれば、おおよその状況がジュノには想像できた。

戦術指揮官として最低限戦争というものを学んだのだ。

(生産施設を避けて、住宅地を砲撃していた)

それは戦争により相手を従える仕掛け方ではない。

殲滅してもいいと考えたのだろうと想像した。

(この大陸も‥前の島も植民地なんだ‥‥土地に価値があり‥‥住民にはない)

そういった指針なのだろうと想像がついた。

小麦粉を計り、金属のボウルに入れる。

水もミルクもちゃんと計量した。

(80mmか10cm以上の弾頭‥‥この時代ならライフリングはないだろうな‥射程は‥)

しゃかしゃかと卵を溶いて材料に混ぜる。

一気に生地の匂いになり、ジュノのほほは緩む。

(‥‥ヴェスタ‥‥喜んでくれると良いな)

ジュノはあまり料理が得意ではないが、自分の好きなものはこだわるし上手だと思っている。

お茶や紅茶がそうだし、このクレープもその一つだ。

(パパもママもおいしいと言ってくれたのだ)

笑顔でそんなことを考えていると、ヴェスタがもどる。

また怖い顔をして歩いてくるので、ジュノは悲しくなった。

「おかえりー、いっぱいあった?」

ジュノは明るい声で聞く。

「うん、まだ結構残っているよ、アイカもいいと言ったから、沢山だした」

そういって樹脂製のカッティングボードに乗せた。

大粒のいちごが3個と、オレンジを一つだけ。

オレンジは皮が付いていないので、どちらもそのまま食べられる。

ナイフで器用に薄く切り分けるジュノ。

「みてみて、かわしいでしょ?」

いちごのスライスはハートの形で愛らしい。

「うん、ハートみたいだね」

手を洗いながらヴェスタも微笑んだ。

オレンジも半分にしてから薄くスライスして、可愛らしい姿でお皿に並べる。

ホイップするボウルをヴェスタに渡して、ジュノはアイカを呼びに行く。

「混ぜておいてね、しっかり角が立つとこまでおねがいね。アイカよんでくるわ」

すたすたとスパイラルアークに向かうジュノ。

「うん」

返事をしたヴェスタはしゃかしゃかと生クリームを真面目に泡立てた。

これが今できる仕事なのだと言うように。


「おいしぃい!?」

「でしょ?!焼き立てが美味しいのよ」

「ほんとうです、こうばしい‥‥あぁなんて甘いの」

アイカもヴェスタも喜んでくれた。

ヴェスタにも笑顔が戻ってジュノは嬉しかった。

今夜はもう何も話し合わずに、お腹がいっぱいになったら寝ようと事前に決めていた。

すべて明日からとして、今夜はもう何もしないことと、ジュノは言う。

アイカもヴェスタもまだ考えたり調べることが有ると思っていたが、ジュノはおねがいと言うので三人で寝ることにした。

おなかいっぱいと、三人で寝ること。

これが今準備できる幸せの全てなのだと、ジュノは思っていたのだ。

その全てをヴェスタとアイカに与えたいとも。







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