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【ヘリカルスパイラル】  作者: Dizzy
第1部 第1章
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【閑話:ダイバー】

男はとても優秀な技術者であった。

得意分野は虫退治。

コードの海に潜む微細なバグたちをあぶり出し、見つけて駆除する。

デバッグと呼ばれる仕事の専門家だ。

AIを構築する膨大なコードの海を渡りきるには、人間の専門家が複数のAIを補助につけて挑むのが普通だった。

その中でも、コードの深層を自在に潜り抜ける技術者を、敬意を込めて『ダイバー』と呼んだ。

男は一流のダイバーとして世に名を知られるまでになり、国家プロジェクトからも声がかかるほどだった。

最新型のAIを十体連れて、今日も広大なコードの海を潜っていく。

彼が潜る海は、もはや人の理解を超えるほど広大だった。

一人の人間が手作業で見通せる領域ではない。

だから、デバッグ用のAIが複数必要になる。

彼らはそれぞれ異なるアルゴリズムでバグを検出し、互いの結果を照合して修正案を提案する。

それを統合し、最終判断を下すのが人間の『ダイバー』だ。

男は十体のAIを相棒に、今日も深いコードの海へ潜っていく。




完璧に仕上がった仕事だった。

自信をもって完了の電子サインをいれたのだ。

最後には一連の作業確認のために各モジュール単位、レイヤー単位の動作も最終確認した。

そのなかで僅かな違和感が残った。

サインを20秒ほどためらったのはそのためだ。

自分でも説明できないその感覚をAI達で精査してもらうが、ALLGREENとしか返らなかった。

(気の所為なのか?)

30年近く務めてきた仕事で、ここまでの気持ちは久しぶりだった。

(駆け出しの頃にやらかした感覚‥‥)

技術と経験を身に着けてからは、むしろ手がかりとしてきた感覚だ。

今回は結果が伴わない。

若い頃にはそういったことも多々あったので、これもそういったものだと最後には諦めたのだ。

そうして完了とサインをした。




今回のプロジェクトはかなり上の方からの声がけらしく、予算は潤沢だった。

男への報酬も、ちょっと常識ではないような金額だ。

今夜はひとりで完了祝をしている。

場末のナイトバーだ。

男は仕事の最後はこうして一人になるのが常だ。

AI達も義体を持つものもいるし、色々と仲良くもしている。

仕事の上がった日だけは、人間だけで、一人でいたいとおもうのだ。

そうして人気のない店をわざわざ選び、カウンターでちびちびと安酒を飲む。

そうして生きてきたのだ。

いわば儀式のようなものだろう。

男の収入であれば、もっと豪華なラウンジで美女を数人はべらしてもなんら問題ない。

そうゆう日ももちろんあるのだが、一つの仕事が終わり、自分の務めが終わったと整理するために訪れる。

いつもはそれほどこの儀式には時間がかからない。

少しだけ飲み、少しだけ酔えばそれでいいのだった。

今夜は男の心にトゲが残った。

(気の所為なのか?)

それは五感や理性を越えた先にある感覚。

一つの事を極めきったものにだけ感じられる感覚だった。

そうしてたった一人だけこの違和感に気付いた男は、結局なにも出来ずに去ったのだった。




男がバーをでて歩いていく。

それほど酔ってはいないし、この後まだまだ夜を楽しめるだけの体力もあった。

道にでて端末を出しハイヤーを呼ぶ。

するりと直ぐに黒い車が横付けされる。

無人運転の高級車だった。

行き先を声で告げると電子音が答え、また音もなく走り去る車。

10mもすすんだろうか、一度止まった瞬間に炎に包まれる。

今となっては非常に珍しい事故であろう。

炎の勢いは強く、男が助かることはありえないと見えた。




高層ビルの眼下で路上に炎が上がっている。

巨大な窓にふさわしい巨体が見下ろしている。

注意深く見るものがいれば驚いたであろう。

男はとても大きかった。

すぐ横のデスクが子供用の机に見えるが、デスクの上にある酒の瓶もまた小さく見える。

ミニチュアのように男から見ると写るのだった。

「そんなに慎重にする必要があるの?」

デスクの上の少女の人形が口を開く。

赤いドレスに包まれ金色の髪を綺麗に左右に分け垂らしている。

ピンクの小さな唇は笑顔を描いていた。

いやそれは男と比較しての話。

それでも小柄な少女はまるで人形のように動かない。

唇だけが動き言葉を紡いだのだ。

「そうだね‥‥とても大事なことなのだよ‥‥我々にとってね」

男は身体に似つかわしい低く太い声で答えた。

表情一つ動かさずに。

人形の少女もそれ以上言葉はなく、ただデスクに置かれた人形に戻っていた。

見下ろす男の瞳に赤々と路上の小さな炎が写っていた。





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