【第88話:起きたら上まで登ります】
時々ジュノとヴェスタはアイカに寝るように言う。
大抵はいちゃいちゃした後だ。
昨夜はちょっと違ったが、アイカも何故か寝たいと思い6時間のタイマーを設定しスリープに入る。
身体が静かになっていき心音が遠のく頃、両脇にいるジュノとヴェスタの熱はすっかりアイカを温める。
それは体温ではなく、別のものを温めてくれる。
遠い昔に知った懐かしい心地よさを思い出させてくれる。
そんな温度だった。
(やわらかで‥‥あたたかく‥‥あまいにおい‥‥)
その三種の添付データが、アイカの心を温めるのだ。
[Sleep Recovery Protocol Activated]
>> Source: AIKA-00:ECHO
>> Sensory Feedback... nominal
[Notice] : Internal imagery and auditory trace detected
>> Crosslinking past signal...
>> Emotional kernel forming → translating sensation: [longing]
[Status] : SLEEP EXIT COMPLETE
>> AIKA-00 — awake.
目を覚ますアイカは、この程度の時間だと体調整がほとんど要らない。
すぐにむくっと起き上がることが可能だ。
左右からしっかり抱かれているので、今は起き上がれないが。
アイカは何度も繰り返す、この状態が嫌いではなかった。
二人がすやすやと幸せそうに寝ているのをちらと見る。
アイカの頬も自覚無く微笑みを描く。
(もう少し寝かせてあげよう‥‥期限の近いタスクはないのだから)
アイカの身体が通常モードに至り体温と血圧を上げる。
スッキリと思考も立ち上がり、今日は何をするんだったかなとスケジュールをチェック。
アイ達とのリンクも確認。
4人共まだ寝ているのを確認する。
スリープタイマーはアイカの後に設定するように願ってあった。
すぐ前の座席でアイ03とアイ04がくっついて、毛足の長いタオルにくるまっている。
二人の身体は風邪をひいたりしないので、暖かくする必要はない。
アイカの真似をしているだけだ。
白い毛布に包まれたように見えて、愛らしい。
表情の3次元ホログラムが眠りを示す顔を描いている。
寝息まで表現する緻密さは、アイカのこだわりだ。
すやすやと寝息が聞こえそうな、命を感じさせる表情。
作り物だと解っていても、愛おしく感じる。
(本当に母親になった気持ちをアイ達はわたしにくれる)
身体も表情も偽物だけど、この受け取った心は本物だとアイカは確信する。
(‥‥この心も決して消えない)
遠い昔に同じようなことがあって、誰かに送られた言葉。
今のアイカは思い出すことが出来ないが、それが幻などではなく、本当にあった事だと今では信じられる。
「んん‥‥」
ヴェスタがもぞっと動いて、アイカの思考が戻る。
ジュノはぱっと起きるが、ヴェスタはかなり長いことぼーっとするので、見張っていないと危ないのだ。
何かにぶつかったり、段差で転んだりと危険がいっぱいだ。
スリープから覚めたアイカの最初の優先タスクはヴェスタを見守る事。
そう決めていた。
むくりと起きた半眼のヴェスタが思った通りぼーっと固まっている。
まだ唇の端に垂れるよだれにも気づかない。
この幼いヴェスタの表情もアイカは大好きだ。
なんのバイアスもない本物のヴェスタがここにいる。
本当はこんなにも透明なのだと、アイカは痛ましく見つめる。
いつも硬い表情で、笑顔の下手なヴェスタを思い出して。
一旦アルミも足りそうなので、今日はもう少し上まで登り、チタンを探す。
事前調査の不確かなデータだが、この星では非常に珍しい量のチタンを検出している。
推論されて補正を受けた座標だが、当てにはなると見越していた。
「じゃアイ04ちゃんよろしくね」
ヴェスタが最後に水上機を降りる時に、留守番で残すアイに告げてドアを閉める。
「さて、山登りだね!」
ジュノは今日も元気よく宣言して、雪を若干残す山頂を指さした。
山頂側はとても険しく、徒歩で登頂するのは無理と見える。
ジュノ達にはティア5で作ったブーツ型の外装デバイスが有るので、ザイルすら要らないと考えている。
一度に使えるエアスラストは静止状態からでも、ジュノやヴェスタを10m程持ち上げる。
保護スーツのアシストでジャンプすると更に効率が良く、20m近く飛び上がる。
このジャンプを繰り返して登攀する予定だ。
もっとも長く飛べる全身に拡張デバイスを装備したジュノなら、100m以上の高さまで飛ぶので、先行して、足場を確認しながら上る。
共有した拡張MAPとAR表示のマークで、比較的に安定した足場を蹴り、ヴェスタとアイカが追いかける。
アイカはいざとなればレビテーションが有るので、ジュノ・ヴェスタ・アイカの順に上っていく。
3000m近辺の高地で少しだけ調整を挟んだ。
人間の身体は圧を記憶する。短い順応でも、ないよりはずっといい。
もっとも、今のジュノ達を守っているのは主にスーツだ。
内圧と酸素濃度を完璧に管理する保護膜が頭にも回り、風船のように透明なバイザーになる。
ジュノはヘルメットもあるのでそちらで対応。
シールドはあげて透明なバイザーから笑顔を覗かせる。
保護スーツはもともと宇宙での船外活動向けに設計されたもので、高山など完熟訓練で使うレベルの低圧だ。
「ふおぉ‥‥高いです」
アイカが眼下をながめおろし驚いた。
ずっとヴェスタを見張りながら上ったので、下は今初めてみたのだ。
「すごいね‥‥水上機があんなに小さい」
主翼が15mも有るはずなのに、小さな小枝に見えた。
海抜は6000mを越え、鍛えたジュノでさえスーツの保護なしでは居られない環境になった。
低圧・低酸素で生身をさらせば、短時間でも死にかねない環境だ。
この保護スーツの強度が高いのももちろんあるが、宇宙での使用を想定しているので、傷や穴が空いても瞬時に再生した膜が多い中の人間を守る仕様だ。
リングのバッテリーが切れない限りは、低圧で死ぬことはない。
「ちょっと風も強いね‥‥転ばないようにね」
ジュノが手を引きヴェスタを山頂の見える台地付近に引き上げた。
風は油断すると体勢を崩しかねない強さ。
雲を抜けてもまた雲と、視界はだいぶ悪い。
酸素の供給は首のリングに循環と清浄の機能があり、内部にある小型ストレージから不足分の酸素も補い、二酸化炭素は吸着して捨てる。
気密状態で運動しなければ24時間程度は首のリングだけで保てる。
今日は予備で動く酸素供給装置を腰のリングに着けている。
ジュノの外装デバイスにも同じ物があり、そちらのほうが大容量だ。
「一旦重力波をひとあたりしますね」
アイカが背負ってきたバックパックから調査器具を取り出す。
小さなものだが、ジュノのスーツに内蔵のものより強力だ。
手順に従い地上に立てると、カウントダウンの表示がでてズンと不思議な感触が走り抜ける。
広範囲の重力が一瞬変化したのだ。
結果のモニターは共有の拡張MAPにオーバーレイされた。
「うぅん‥‥わからん!」
ジュノがそうそうに諦めた。
「ここいらの影はボーキサイトね‥‥これな鉄かな」
ヴェスタはちゃんと勉強してあり、アイカと相談する。
「そうですね‥‥チタンは全く反応ありません」
しょんぼりの二人の肩を抱き、ジュノがにっこりする。
「まだ初めたばかりだよ。次に行こう!」
ジュノの元気を分けてもらい、強風の中3人は慎重に進む。
まだお昼前だった。




