【第86話:ただ上って掘って下りただけ】
仮拠点とした谷に水上機を残し、東に坂を上っていくと目標にしていたボーキサイトの鉱床がある。
アイカの義体もティア5保護スーツのヴェスタにかわらない速度で進むので、30分で40kmほど遡上し到着した。
左側の山脈側は切り立った崖のようになっており、そちらに掘っていけばいいと重力波探知で具体的に見つけていた。
「まずは必要分を掘ってしまおう」
ヴェスタの指示で3人がかりの掘削作業が始まる。
左右にも広く鉱床が広がっているので、三人で横並びで掘り進む。
マインビームで掘削し、ストレージに収納。
ジュノは外装もフル装備なので、肩にマインビームはアタッチメントされ、ストレージは円柱型のものを左右に2本ずつ腰の後ろに合計4本着けている。
アイカとヴェスタは手持ちのマインビームから腰のストレージ2本を細いホースで繋ぎ同じ様に掘削する。
三人で6本あるので、全部埋めたら目的の量に届くだろう。
「この調子なら暗くなる前に終わりそうかな?」
短距離通信も通らないので霊子通信で話すヴェスタ。
20m程掘り進んだので、距離は近いが短距離波は岩盤を通さない。
「そうですね、途中でお昼を食べても十分日没前に終わりますよ」
アイカは3人の採掘量を把握しており、全体のスケジュールを調整してくれる。
「戻ったら‥‥ヴェスタの装備を作る前に『式』を作っていいですか?航空戦力を増強したいです」
「もちろんいいよ。私のは最後でいいし‥‥なんだったらこのまま保護スーツのままでもいいかな」
ヴェスタはそもそも戦闘が得意ではないので、自分の装備にこだわらない。
「むしろ水上機をジェット化してほしいわ!」
ヴェスタは乗り物の操縦の方が、個人装備を動かすよりも得意だ。
ジュノが戦闘訓練学校で3年過ごしたように、ヴェスタはパイロット養成所で2年の訓練を受けている。
二人ともそこで好成績を出し、今回のプロジェクトに抜擢されている。
「ヴェスタには防御だけあげる装備を付けてほしいよ!自動防御するガーダーは欲しい」
ジュノはヴェスタを守りたいが、自分の装備も減らせないジレンマを持つ。
「そうですねえ‥チタンが出てくれたら、その辺りは進みます。今50%越えましたね!いいペースですよ」
アイカの報告で明るい雰囲気が保たれた。
『‥‥そう。ありがとうアイちゃん、何かあれば教えてね。暗くなる前にはもどるね』
アイカがお留守番しているアイ03と通信する。
AI同士だと30倍程の速度で通信できるので、非常にコストが抑えられる。
時短になり電力消費も1/30ですむ。
アイ03が水上機の見張りをして、アイ04はこのキャンプの見張りだ。
掘削前にアイカが霊子波を魔法で放っておいたので、付近の獣などは逃げ出している。
弱い敵が一定時間出なくなる魔法なのだった。
強敵をアイ達が見張っている状態だ。
「大丈夫そうだね?あっちも」
ジュノがアイカに問う。
「はい、鳥一匹出ていないそうです」
「アイカの魔法って便利だね。魔力が何処にでも有るってことは‥‥もしも同じコードをデバイスとかに入れられたら人間でも使えるってこと?」
ヴェスタは自分でも使えたら便利だなと考える。
「理屈ではそうですね‥‥前にも話したように、AIの中核を成す部分に自壊トラップと共に組まれていますから、取り出すことはできないですね。コピーも出来ないそうです」
ふっとアイカが笑う。
「自分でもそれがどんなものか知らないのです」
そういってクスリとわらうのだった。
携帯食のバーでお昼を済ませて、ジュノの淹れてくれたお茶でゆっくりする。
アイ04も折りたたみテーブルの上に非接触充電器を設置して、いっしょにごはんだ。
このアイカ製充電デバイスはアイ達のバックアップも取ってくれるので、安心だ。
午後も遅くなり、日が傾いた。
この谷は西に向かい開いているので、最後まで夕日を見ることが出来そうだ。
その夕日に向かい移動する3人。
ローラーダッシュとジャンプを繰り返し、平均時速で100km/hは出ているだろう。
「あはっ!ちょっとたのしい」
アイカも笑顔でジャンプ。
来るときよりも下り坂なので、飛距離もでる。
何より上空から見る夕日は美しかった。
ついついブーツの圧縮空気をスラスターから吹いて飛距離を稼ぐ。
茜色から紺色まで無限のグラデーションを描く空。
くるりと空中で横回転までいれ見回す器用なジュノ。
「すっごい色だね!無限の解像度だ!」
「表現に風情がないわ!」
ジュノの意見に評価の厳しいヴェスタ。
「きれいだぁ‥‥感動すると言葉を選べなくなっちゃうんだね」
すうっとヴェスタの横に来るジュノ。
障害物をよけつつ、ちょんとヴェスタにタッチしてにこっと笑う。
「うん‥‥わかる‥‥」
ヴェスタの緑の瞳も複雑な夕日を写し込む。
ちらと見交わすジュノの青い瞳にも夕日が映り込んだ。
「ほんとにきれい‥‥」
ヴェスタの評価は夕日に向けたのか、優しい微笑みのジュノに向けたのか、自分でも解らなかった。
とんっと二人同時に飛ぶ。
すぐ先で川は滝になり、4-5mの崖になっていたのだ。ジュノは姿勢だけで距離をあわせ手を伸ばす。
ヴェスタはずっとジュノばかり見ていたので、意味に気付いて手を伸ばした。
手を繋ぐジュノがぐいっと引き寄せヴェスタを抱き寄せる。
ヴェスタもジュノの首に腕を回し抱きしめた。
「ヴェスタの瞳に夕日が写るの‥‥とてもきれい」
ヴェスタもずっとジュノの瞳だけ見ていたので、なんだか見透かされたようで恥ずかしくなりジュノの首に顔を隠した。
シュゥウっとジュノの外装がスラスターを吹き、飛距離を稼ぐ。
もう少しこうしていたいなと思ったから。
見上げたアイカの目に抱きしめあう二人が飛ぶ姿が見えた。
「ふふっ本当に仲良しだな」
アイカも崖を飛び、詠唱を開始する。
真紅の粒子がふわっとアイカを包み込む。
『System.Command: levitation()――Execute』
粒子が滲んで消えると、それは浮力となりアイカをもちあげた。
「わぁママすごーい」
アイカの肩にしがみついていたアイ04が絶賛する。
ふわりと浮力を得たアイカは抱き合う二人の上まであがり、ゆっくり高度を落としながら小さく前方に見えた水上機をめざした。
眼下には広がるオレンジ色にそまる世界。
アイ04はその美しい世界にアイカと居るのだと、それだけで幸せを感じた。
「きれいだねアイちゃん」
「うん!」
ひゅうひゅうと風がうるさいのに、アイカの声はすっきりとアイ04に届く。
それは魔力波で常時つながっているからではなく、心が届いたのだとアイ04は思う。
そうだったらいいなとも。
夕日はやっと今、黒い地平に届こうとしていた。
巨大なオレンジ色の円盤となって。




