第十一話:悲しみの先にあるもの
坂東の話の通り、屋上の少女の霊は水野葉月なのだろう。彼女の思いがわかる人間にだけ見えるのかもしれない。でも、このままにしておくわけにはいかない。
坂東が悲しんでいるように、きっと水野葉月も悲しみに囚われているような気がした。
「水野さんに会いに行ってみようと思います」
結衣ははっきりとそう告げた。その言葉に、坂東先生は顔色を変える。
「何をバカなことを言い出すんだ。桜井、君まで巻き込むつもりはない」
彼の声には、焦りと、そして、結衣を危険な目に遭わせたくないという思いがにじんでいた。
「水野さん、……坂東先生が悲しんでいるのにそのままにはできません」
結衣は、坂東先生の瞳をまっすぐに見つめた。
「彼女は、先生を許せないでいる。でも、それは、先生が彼女に、本気で向き合ってくれた、証拠じゃないでしょうか?」
結衣の言葉に、坂東先生は息をのんだ。
「彼女は、先生を、心から信じていた。だからこそ、先生に裏切られたという悲しみが、彼女を、この場所に縛り付けているじゃないでしょうか」
結衣の言葉は、坂東先生の心に深く響いた。彼は、結衣の言葉に、静かに涙を流した。
「……そうだろうか。信じてくれていたのか」
彼の言葉は、結衣の心を、深く、そして温かく、満たした。
「わかった。私にできることがあれば、なんでも言ってくれ」
坂東先生は、そう言って、固く拳を握った。彼の瞳には、深い後悔と、そして、結衣への、深い信頼が宿っていた。
「水野に会うには、どうすればいい?」
「屋上の少女の影は、葉月だけじゃない。彼女と同じように、教師に裏切られたと感じた生徒たちの、悲しい魂の集まりなんだ」
坂東先生は、結衣にそう告げた。
「この七不思議を解決するには、彼女たちの悲しみに、向き合わなければならない」
彼は、そう言うと、結衣とともに、屋上へと向かった。屋上には、相変わらず、水野葉月と話している生徒の姿がある。
「……彼女たちを、救うために、私にできることは、なんだろう?」
坂東先生は、自らの過去と向き合い、その言葉に答えを見つけようとしていた。
「水野に会うには、どうすればいい?」
坂東先生はそう言って、屋上で水野葉月と話している生徒に目を向けた。彼の瞳には、深い後悔と、そして、彼女たちを救いたいという強い決意が宿っている。
「先生、ちょっと頑張ってみませんか?」
結衣はそう言うと、静かに坂東先生に耳打ちした。
「今、水野さんと話している生徒のところに行きましょう。彼女がなぜ、屋上で水野さんと話しているのか。その理由がわかれば、きっと水野さんの気持ちも理解できるようになるはずです」
結衣の言葉に、坂東先生は静かに頷いた。彼は、一歩ずつ、しかし確実に生徒の方へと歩み寄っていく。
「……君は、いつも、屋上で、空を見ているのか?」
坂東先生の言葉に、生徒は驚いた表情で振り返った。
「先生……どうしてここに?」
「君が、一人でいるのを、よく見かけるからだ。何か、悩みがあるのか?」
坂東先生は、生徒の瞳をまっすぐに見つめた。彼の表情には、教師として生徒を心配する、偽りのない気持ちがにじみ出ている。
生徒は、少し戸惑いながらも、口を開いた。
「私、将来の夢が、みんなと違ってて……誰にも話せないんです。でも、屋上に来ると、なんか、心が軽くなって……」
生徒の言葉に、坂東先生は静かに頷いた。彼の瞳には、生徒の悩みに共感する、優しい光が宿っていた。
「水野さんも、同じような悩みを抱えていたのかな」
坂東先生はそう呟くと、再び、屋上の少女の影を見つめた。彼の心は、過去の悲しみと、そして、目の前の生徒の悩みと、どう向き合うべきか、答えを探していた。
「――将来の夢を持つっていうのはスゴイことだと思うよ。皆と違ってていいじゃないか。皆のための夢じゃないだろう? 自分がこうだと決めた道を自分で進んでいくんだ。それでいいと思うけどな」
坂東は優しい表情で生徒にそう答えた。自分の思いが伝わるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。彼の言葉には、偽りのない真剣さがこもっていた。
生徒は、彼の言葉に驚いたように目を丸くした。それから、少しずつ、その瞳に光が宿っていく。
「先生……」
「君の夢を、心から応援するよ。もし、誰にも話せないって思うことがあったら、いつでも俺に話してくれ。教師として、君の夢を、守ってやれるように、精一杯頑張るから」
坂東の言葉に、生徒は静かに涙を流した。彼女は、ずっと一人で抱えていた悩みを、初めて誰かに打ち明けることができたのだ。
「ありがとうございます……」
生徒は、そう言って、坂東に深々と頭を下げた。
その瞬間、屋上にいる少女の影が、ほんの少しだけ、揺らいだように見えた。それは、彼女の心が、坂東の言葉に、触れた証拠だった。
しかし、まだ、悲しみは消えていない。
「水野さんの悲しみは、まだ、消えていません」
結衣は、そう呟くと、坂東に、そして、屋上の少女の影に、そっと手を差し伸べた。
「水野さん、坂東先生とお話してみませんか? 先生からあなたにお伝えしたいことがあるそうです」
結衣がそう告げると、少女の影が頷くのがわかった。
しかし、坂東は動けなかった。後悔と恐怖で、彼の足は地面に縫い付けられたかのようだ。
「……無理だ。私は、彼女に顔向けできない」
彼の声は震えていた。
「先生……!」
結衣が叫ぶと、少女の影が、ゆっくりと坂東の方へと歩み寄ってきた。彼女の顔は、悲しみに満ちているが、その瞳には、彼と話したいという、強い想いが宿っていた。
「水野……」
坂東は、彼女の姿を、直視することができない。彼は、うつむいたまま、静かに涙を流していた。
その時、少女の影が、彼の顔に、そっと手を差し出した。
「……先生、私は、先生を恨んでいません。ただ、先生に、私の気持ちを、知ってほしかっただけなんです」
彼女の声は、悲しみと、そして、彼への深い愛情に満ちていた。
「……本当に、ごめん」
坂東は、彼女の言葉に、嗚咽を漏らした。
「先生、もう、泣かないでください。……私は、先生が、私を忘れていないと知って、嬉しかった」
彼女の声は、穏やかで、温かかった。
その瞬間、少女の影が、淡い光を放ち始めた。光は、まるで生きているかのように、螺旋を描きながら、空高くへと昇っていく。
「……ありがとう、先生……」
彼女の声が、静かに響く。光が消えた後、屋上には、もう、少女の影はなかった。
「……彼女が、解放されたんだ」
坂東は、そう呟くと、結衣の方を向いた。彼の表情には、深い安堵と、そして、結衣への、深い感謝が宿っていた。
「……ありがとう、桜井先生。君のおかげで、ようやく、彼女を、救うことができた」
彼の瞳には、結衣への信頼と、そして、教師としての責任を果たしたという、確かな自信が宿っていた。




