第9話 魔法よりも強い“素手”の破壊力⁉︎
「ねぇララ、さっきバロン宰相がね、
『王女はとうとう、オカンから母ちゃんにバージョンアップした……』って、つぶやきながら歩いてたんだけど、あれ何のこと?」
リーゼルの執務室で紅茶を飲み、ひと息ついているララに、兄が首をかしげながら尋ねた。
「……何のことかしらね? 先ほどまでは厨房や洗濯室に行っていたけれど……」
「何か用事でもあった?」とさらに尋ねるリーゼルに、
ララは先ほど見て回った厨房や洗濯室での“無駄の数々”について、淡々と語った。
「すごいね、ララ。こんな短時間で、皆の意識を変えたなんて……」
目を見開いて驚く兄に、ララは微笑んで首を振る。
「私がすごいのではなくて、気づいた皆が、ビスを大切に使おうと動いてくれた結果よ」
(……でも、なんで“母ちゃん”なんだ……?)
どうにも腑に落ちない顔をしているリーゼルに、護衛騎士ランゼルがそっと耳打ちした。
厨房や洗濯室で人々の意識を変えた手腕と、子どもたちと過ごした一幕について、簡潔に伝える。
「まぁ、ララはしっかり者だからねぇ」
(皆には、そんなララが“母親”のように見えたのかな……)
納得したような、まだしっくり来ないような表情のまま、リーゼルは紅茶を口にした。
「そういえば兄さま、午後の議会ではビスの枯渇と代替案について話すのでしょう?」
ララが問いかけると、リーゼルは頷いて提案書を差し出した。
「あれから考えたんだけど、まずは隣国から魔導士に来てもらおうと思うんだ。
とりあえず、公共の場の電力をビスの代わりに担ってもらおうかと……」
「そうね。まずはそれが一番現実的ね。それと同時に、魔法学校の設立や講師の派遣についても、魔導士の方に相談したいわ」
先を見据えて着実に計画を立てるララの姿に、リーゼルは思わず優しい笑みを向けた。
「私たちって、魔力はあるのに魔法は使えないでしょう?
どれくらい学べば使えるようになるのかしら……」
「簡単なものなら――ほら、小さな炎」
リーゼルが手のひらを上に向け、指先に小さな火を灯す。
「⁉︎ なんで兄さま、魔法使えるの?」
「小さい頃、母上に教わらなかった?
母上は隣国の出身だから、少しだけ魔法が使えるんだよ」
「習ったような気もするけど……忘れちゃったのかも」
「こうやって、手のひらを上に向けて、魔力を動かしてごらん」
リーゼルの真似をして、ララは右手を上に向ける。
“魔力を動かす”感覚が分からず、顔を真っ赤にして力を込めたが――
「……。何も出ない……」
がっかりしたようにリーゼルを見るララに、兄は思わず吹き出してしまった。
「笑わなくてもいいじゃない。やり方が分からないんだもん」
ぷいっと横を向いて唇を尖らせる妹に、リーゼルは笑いながら謝る。
「ごめん、ごめん。あまりにも真剣だったからさ。
ララがそんな顔するの、なんだか……すごく可愛くて」
ララはまだ不満げにそっぽを向いていた。
そんなやりとりの隙間に、壁際で控えていたランゼルが声をかける。
「王女……炎の適性が低いのかもしれません。風や水を試されては?」
そう言って、ランゼルは自らの手のひらを軽くかざし、ふわりと室内に風を起こす。
「すごい……! いま、風が吹いた!」
感嘆したララは、ぱっと立ち上がりランゼルのもとへ歩み寄る。
「ねぇ、ちょっと手、見せて」
そう言って、彼の手を両手で包み込んだ。
そして、そっと自分の手のひらを重ね合わせる。
「なんだか……魔力の動きが、分かる気がするわ」
ララは真剣な表情で、手のひらから伝わる“何か”を探っていた。
――いきなり手を取られたうえ、ぴたりと重ねられるなんて。
動揺したランゼルは目を見開き、耳まで真っ赤に染まった。
女性が苦手な彼にとって、この距離感はまさに非常事態。
高鳴る鼓動を抑えるのに必死だった。
そんなふたりの様子を見ながら、リーゼルは紅茶を一口。
(……無自覚なだけに、タチが悪いなぁ)
妹の無邪気な行動と、それに翻弄される騎士の姿に、
一方通行の恋の予感を感じて、心の中でひっそりと同情する兄であった。