第89話 再建録のその先に
国王ヨハンの執務室―――
ララとランゼルの向かいには、国王ヨハンと王妃セリーヌ。
一人がけのソファーには、王太子リーゼルが腰を下ろした。
国王夫妻の背後に、宰相バロン。
入り口の扉周辺には、ロバート大臣、ゴードン大臣、マイク大臣が待機している。
ララはゆっくりと視線を上げると、国王ヨハンへ向かって口を開いた。
「今回の『留魔石の確保の妨害』と、『アルス』『繊維工場』の襲撃は、全てドートル侯爵の指示によるものでした」
ヨハンは大きくため息を吐くと、顎鬚に手を伸ばし、セリーヌに視線を向ける。
「そうか……、実に残念な結果になってしまったか」
大臣たちの諦めにも似た、唸り声が後を追うように続いた。
眉間に皺を寄せたリーゼルは、思案顔でララに問う。
「彼……、ドートル侯爵の動機は?」
「ドートル侯爵は、噂通りの人物でしたわ。領民に慕われた、真面目な方でした。
彼の動機は、その責任感からきたものだったんです。
彼が家族や領民を守ろうとした結果が、このような事件を引き起こした……。
王家もドートル侯爵も、互いに守りたいものがあった……。
そこに諍いや、軋轢が生じてしまった。
とても残念で、悲しい事だわ。
できるなら私は、彼らの未来も守りたい。
でも……、王家や国として、何もなかった事にはできない……。
どうしたらいいのかしら……」
視線を落としたララの言葉は、小さく萎んでいった。
ドートル侯爵、彼の人となりを知っているが故の、息の詰まるような沈黙。
室内に響く、時計の振り子の音―――
この一定のリズムが、ただひたすら時間だけを前に進めた。
「ねぇ、ララ」
この重い空気には似つかわしくない、軽やかな声。
扇をパサっと開いたセリーヌは、穏やかに口を挟んだ。
「あなたに子どもがいたとして、その子が失敗や間違いを起こして、誰かに迷惑をかけたらどうする?」
この意図の見えない王妃の問いに、その場の誰もが首を傾げる。
ただララだけは、なんの躊躇いもなく常識を答えるように告げた。
「そんなの決まっているでしょ?
誰かに迷惑をかけたり誰かの物を壊したのなら、誠心誠意、相手に謝罪させるわ。それに、壊した物をちゃんと保証するし」
さも当たり前と言わんばかりのララの返答に、セリーヌはニコッと笑う。
「ほら、答えなら出ているじゃない?
国母はね、国全体の母なの。
人は過ちをおかすのも。
全てを罰するのではなく、再生への手がかりや道を示すのも、母の役割。
その過ちが反省と謝罪、破損や損失の保証で補える範囲なのなら、それでいいのではないの?
ねぇ、あなた?」
王妃は有無を言わせない迫力で、ヨハンに微笑む。
「おっ、おぉ。そうだな、王妃の言う通りだ……。
なぁ、バロン?」
視線を彷徨わせた、国王ヨハンは背後の宰相に助けを求めた。
ツゥっと流れる一筋の汗を、ハンカチで拭ったバロン。
「えぇっ⁉︎
はっ、はい。その通りでございます。今回の事件での負傷者はいませんし、留魔石の確保を妨害した件も、王女様方が許容されるのであれば、問題ございません」
しどろもどろのバロン宰相に、リーゼルが笑いを堪えて言う。
「っふふ……、ララ、答えはでたよね?」
口角をキュッと上げたララは、嬉しそうに告げた。
「ええ、ドートル侯爵には『アルス』への謝罪と、被害への保証をしてもらいます。
そしてこれから先、留魔石を使ったエネルギー変換機の輸送、設置、メンテナンスにおいて、『アルス』と共に国の政策に協力してもらいます」
言い切ったララの手を、ランゼルがそっと握って微笑む。
少しだけ開いた窓から流れ込んだ風が、ララの髪を揺らす。
優しく穏やかで、これから先を包むような風だった。
*****
燦々と注ぐ太陽の光が差し込む、とある公爵家の執務室―――
シルバーブロンドを高い位置で纏めた、儚げな見た目の女性が、多くの書類に目を通している。
彼女の左腕には黒髪の赤ちゃんが、すやすやと眠っていた。
そっとペンを置くと立ち上がって、壁際の空調機に向かった彼女。
右手に魔力を込めて空調機に触れると、冷たい風が流れ出した。
腕に抱いた赤ちゃんを簡易ベッドにそっと寝せると、軽くブランケットをかけて目尻を下げる。
カチャ―――
ゆっくりと開く扉から、シルバーブロンドの男の子が顔を覗かせた。
「お母さま?」
「稽古は終わったの?」
優しく手招き微笑む女性に、駆け出して抱きついた小さな彼。
「うん!今日はね、お父様が魔法剣の使い方を教えてくれてんだよ」
キラキラした目で、嬉しさとワクワクを全身で伝える男の子。
柔らかい彼の髪をなでながら「良かったわね」と。
女性は笑顔のまま、男の子の後ろへと視線を向ける。
そこには黒髪の長身の男性が、愛おしげに家族を見つめていた。
(終わり)




