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第88話 未来への光

「土よ、その遮る対象を除け」


バートンの声に、彼の周囲の空気が動く。


「風よ、止めよ。その空間を」


ライオネルの足元から、風が立ち上る。


「「光となりて、道を築け」」


地面の幾何学模様にも似た魔法陣から、一気に閃光が上空へと突き上がる。

そのまま真っ直ぐに、岩壁へと吸収された。


ガタッ、ガタガタ―――


岩壁に走る光の筋に、誰もが息を止めて見守る。


一つ、また一つと、重厚な音を立てて岩が取り除かれた。

大人一人が通れるくらいの穴が空くと、今度は真っ直ぐに伸びた光が、坑道の中へと突き進む。


「王女さま、今です!」

バートンが叫んだ。


ほどなくしてルーベンをしっかりと抱きしめて、走ってくるララの姿が見える。


「ララ!」

彼女めがけて全力で走るランゼル。


受け止めるように、ララとルーベンを抱きしめた彼。


「ララ、ルーベン……、無事でよかった……」


ララの首筋に顔を埋めると、肩を小刻みに振るわせ涙した。


ドドドォン―――


光のトンネルが消えた途端、岩壁が轟音を立てて崩れ落ち始める。


「ルーベン!」

安堵の涙を流し走り寄ってきた、サラナとヴァルド。


母親の声に、パッと顔を上げたルーベンはララをじっと見上げた。

胸元に抱きしめていた彼から、静かに手を離すと一言。


「行っておいて」


優しく微笑んだララに、ルーベンの顔が少しずつ歪む。


―――あぁ、必死に泣くのを我慢してたのね。


頷いたルーベンは、サラナの元へ駆け出した。


「うわぁぁん!」


子どもらしい泣き声が鉱山に響きわたると、息を潜めて一部始終を見守っていた人々から、安堵の歓声が湧き上がる。


「皆、無事でよかった……」


ホッとため息を吐いたララの肩から、顔を上げたランゼル。


彼女の両頬にそっと手を添えて、視線を絡める。

「あぁ、本当に無事でよかった……」


ランゼルの掠れる声と赤く充血した両目に、ララの緊張が解けた。


「……心配かけて、……ごめんなさい」


緩んだ心が、涙腺を解放する。

一雫、また一雫と、ララの頬を伝う涙。


ランゼルの親指が、そっと涙を拭う。

その目元に優しく唇を落とすと、再び強い力でララを両腕に抱きとめた。


沈みかけた陽が二人の影を長く伸ばす、

このひと時―――

誰もが静かに瞳を閉じ、安寧を受け入れた。


*****


ゆっくりと顔を上げたララは、ランゼルの手を借りて立ち上がった。


その頬も、身につけているドレスも土で汚れている。

よく見れば、手や足には擦り傷が多数。


それをものともせず毅然と歩くララの姿に、そこにいる全ての人々が息を呑んだ。


ララの進む横で、鉱夫たちが敬意を込めて礼を取り始める。


ララの視線の先のドートル侯爵、彼もまた深く頭を下げて微動だにしない。


「顔を上げなさい。ドートル侯爵」


静かだが、ずんっと重いララの一言。


ゆっくりと姿勢を正したドートル侯爵の表情は、懺悔と感謝と決意を、ないまぜにしたように見えた。


ララと視線が合った途端、崩れ落ちるように地に頭を擦り付け口を開く。


「王女様、誠に申し訳ございません。

全ての責任はこの、私にあります。

ルーベン……、孫を救ってくださり、ありがとうございました」


涙に埋もれた、後悔と感謝の意。

言葉の後はただひたすら、「ありがとうございました」と繰り返すばかりの、ドートル侯爵。


そっと膝をついたララは、彼の肩に手を置いた。


「侯爵、頭を上げて。

しっかりこちらを見なさい」


ララの声に、顔を上げたドートル侯爵。

その目を捉えると、王女は口を開く。


「私もルーベンも、無事です。

あなたの感謝の意は、しっかり受け取りました。


でも……、ここからは管理者としてのあなたに問います。

なぜ『昔の坑道を掘り進めよう』と決めたのですか?

鉱山の仕組みに詳しいあなたなら予測できたはずです。『崩落の危険性』を」


王女の問いに、ギュッと目を閉じると、覚悟を宿した視線を向けるドートル侯爵。


「……はい。

崩落の危険性は……、考えました。


それでも日々採れなくなるビスに、不安が拭えませんでした。


もしまだ昔の坑道の先に、ビスがあるなら……、

その考えに囚われて、危険よりも可能性を選んでしまった。


……私が、間違っていました。


家族を守りたい……、

領民の……生活を守らねば、

鉱夫たちの仕事場を……失くしてはいけない。


この想いが、頭から離れなかった……。


……全て、私の指示で行った事です。


留魔石の妨害も、『アルス』や『繊維工場』の襲撃も。


本当に申し訳ありませんでした」


とめどなく溢れ出す、大粒の涙。


ふぅと息を整えると、ララは言う。


「この地に入って直ぐに、人々の温かさと笑顔に迎え入れられました。


誰もが生き生きと働き、そして生活を送っている場面を目の当たりにして、あなたの尽力に心から感謝しました。


あなたの事を誇らしげに語る領民たちを見れば、どれだけ彼らがあなたを慕っているのかがわかります。

そんな彼らを知れば、あなたが守ろうとしているものも、自ずと見えてきました」


ララのその言葉に、侯爵が一層涙する。


「あなたに守りたいものがあるように、私にも守りたいものがあるの。


私が守りたいのは、アルマティアの民。


この国の民の生活を守りたい、

この国の民の笑顔を守りたい。


あなたと同じなのよ……。


皆それぞれ、守りたいものがあるからこそ、衝突が生まれる……。


でもね、気づいているかしら?

私の守りたいものは、あなたの領民も入っていることを……、

それと、その民にあなた自身も含まれていることを」


「私の思慮の浅さが……、

本当に……申し訳ありません」


嗚咽混じる、ドートル侯爵の懺悔。


「誰かの守りたいものは、巡り巡れば自分の守りたいものでもあるのよね……。


エネルギー源転換は、これからのアルマティアには必要不可欠です。


ドートル侯爵、私たちに力を貸してくれませんか?

あなたの鉱山の留魔石、あなたの所有する商会、あなたの持つ人脈を使って、一緒に未来のアルマティアを作りませんか?」


ララの問いかけるような言葉に、涙に濡れた瞳を大きく見開いた侯爵が何度も頷く。


「……はっ、はい。

あっ、ありがとうございます……。


今回の罪、如何様にでも、ご処分ください」


ふっと肩の力を抜いたララは、侯爵の手を握って言う。


「上に立つ者として、それ相応の制裁は必要となります。

でもね、これは始まりに向かうためのケジメでもあると思うの。

国王と王太子の判断を待ちましょう」


「……はい」


そう言ったドートル侯爵の顔は、とても穏やかだった。


ララと侯爵のそばに、複数の足音が近づいてくる。

ひとつだけ、軽くそして駆け出すような足音。


「おじいちゃん、これ、あげる。げんきだして」


ルーベンがドートル侯爵の前に、小さな手を差し出した。


キラッと光る透明な石―――

それは小さなビスのカケラ。


「このきれいな、いし、おじいちゃんにあげる。


うれしいは、ふたつになるよ。

かなしいは、はんぶんになるよ。


うれしいことも、かなしいことも、みんなで『はんぶんこ』だよね?


ねぇ、おうじょさま?」


ララを振り返り笑顔で尋ねるルーベンに、

「そうね」と笑って返した。


震える指先でビスのカケラにそっと触れる、ドートル侯爵。

小さなカケラを右手のひらに握り込んで、自身の額に押し当て瞳を閉じる。


「おじいちゃん?」


心配そうにドートル侯爵の顔を覗き込むルーベンを、侯爵は優しく抱きしめた。


「ありがとう……」


ララに向かってサラナとヴァルドは、深く頭を下げて侯爵とルーベンの元へと歩みを進める。


足を止めて振り返ったサラナは、ララに向かって微笑んだ。


「王女様、ルーベンを……、父を、みんなを守ってくださって、ありがとうございます」


沈みゆく太陽のわずかな光が、藍色に染まり始めた辺りを優しく照らした。


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