第87話 絶望の中の温かな光
「いゃぁぁ」
泣き叫ぶサラナの声が、山々に反響する―――
パラっ、パラっと、数個の石が地面に落ちた。
歪な形で積み上がった、岩の壁。
今にも崩れ落ちそうに、一部がグラグラと揺れている。
呆然と立ち尽くす、ドートル侯爵と鉱夫たち。
息すら吐けない、緊迫し張り詰めた空気が、絶望を運んできた。
⸻
「ララ!」
声を荒げ、入り口だった場所に駆け出そうとしたランゼル。
「ダメだ! まだ危ない」
そう言って彼の腕を咄嗟に掴んだバートンが、全力で止めに入った。
「ララが! 中にララが!」
「わかってる! でも、まだ崩れ落ちる可能性があるんだ」
「彼女が中にいるんだぞ! 助けに行く、いいから離せ」
勢いよくバートンの手を振り払うと、岩壁の前に立ち、右手に魔力を集め始めた。
「落ち着け!
そんな事したら、この鉱山自体が崩れ落ちる。
アーロン! ランゼルさんを抑えて!」
慌てて止めに入ったバートンは、彼の右手を叩き落とす。
すぐさまランゼルの体を岩壁から押しやるが、鍛えられた彼の体はびくともしない。
駆けつけたアーロンが後ろからランゼルの体を押さえ込むが、冷静さを失った彼の衝動は止まらない。
対峙するランゼルとバートン、そして必死に押さえ込むアーロンを目前に、二の足を踏むジュードとライオネル。
「離せ、アーロン」
睨むように振り返り、大きく体を捻って右腕を自由にしたランゼルは、彼のみぞおち目がけて肘を叩き入れた。
痛みにアーロンの体が傾いた、その時……。
―――パァン‼︎
乾いた音が辺りを包む。
呆然としたランゼルの、左頬が赤い色を帯びた。
「おっ、おい、バートン」
顔をこわばらせたライオネルが、バートンの肩を引く。
それでもバートンの真っ直ぐな瞳は、ランゼルから逸れることはなかった。
「いい加減にしろよ!
今ここで一番身分が高いのは、誰だよ!
誰が指揮を取るんだ!
あんただろ!
冷静になれ!」
普段温厚なバートンの荒々しい言葉に、周りの面々も大きく目を見開き、息を呑む。
「……じゃあ、このまま応援が来るまで待つのか?
中にはララも、ルーベンもいるんだぞ。
もし、一刻を争う事態なら……」
少しだけ冷静さを取り戻したランゼルの鋭い視線が、バートンを刺す。
「僕がいるだろ?
ライオネルもいる。
ノルフェリア最強の魔導士が、ここに二人もいるだろう?
王族のあんたは、冷静に僕たちに指示を出すべきだ。
……こんな時こそ、頼ってよ。
ねぇ、ランゼルさん」
懇願にも似たバートンの言葉。
息を呑んだランゼルは、硬く握りしめていた拳を開くと、声を絞り出して頭を下げた。
「……頼む、バートン、ライオネル。
ララとルーベンを救い出してくれ」
噛み締めた唇を、ふっと緩めたバートンは、真っ直ぐな力強い目でランゼルを見据える。
「大丈夫だよ。任せて!
親友の頼みだ、絶対に成功させるから。
ねぇ、ライオネル?」
深く大きく頷いたライオネルは、バートンの背中をパンと叩いた。
「あぁ、大丈夫だ。
ノルフェリア最強の魔導士だからな、俺たち」
*****
鼓膜を破る勢いの轟音が鳴り止むと、耳の奥がキーンと張り詰めた。
外からの光を遮った岩壁は、まるで坑道と外界を遮断するように、音も遮断する。
「ふぇぇん」
腕の中のルーベンが、震えながら泣き始めた。
目を凝らして彼の様子を見るが、その輪郭しかわからない。
「ルーベン、ケガはない? どこか痛いの?」
静かに問うララの声に、ルーベンの鳴き声が一層強くなっていった。
トントントンっと、まるで幼児を寝かしつけるようなリズムを、ルーベンの背中に刻むララ。
勢いのあった鳴き声は徐々におさまり、しゃくりあげるような呼吸が坑道の壁に響く。
「……ご、ごめんなさい……」
小さく弱々しいルーベンの声に、ララはゆっくりと口を開いた。
「ねぇ、ルーベン?
どうして、ここに入ったの?」
「あのね、おかあさんと、おじいちゃん、かなしそうなかおしてた。
ぼく、なかよくしてほしいから……。
おじいちゃんに、このきれいな『いし』あげたら、なかよしになるかなぁって、おもったの」
ララの胸元から顔を上げたルーベンは、右手に持っていた石をララに見せる。
周りは薄暗く、その形ははっきりとは見えなかった。
「この石が光ったから、坑道に取りに走ったの?」
「うん、そうだよ」
ララは再びルーベンの体を優しく抱きしめて、ゆっくりと話し始める。
「そうだったのね。
ルーベンの優しい気持ちは、とっても素敵だと思うわ。
でもね、知らない場所や、大人の人たちが仕事をしている場所ってね、危ない物がたくさんあるの。
だからね、絶対に一人で動いてはダメよ。
側にいるお父さんやお母さんに、聞いてからね。
そうでないと、ルーベンが怪我したり、危ない目にあってしまうから」
「……うん、わかった。……ごめんなさい」
ララの言葉の意味を理解したルーベンは、ぎゅっと彼女に抱きついて、小さくなった。
―――こんなに小さいのに、周りの為に何かしようとするなんて、健気な子ね。
ちゃんと状況も理解できて、反省もできた。
もう、十分ね。
さぁ、これからどうしようかしら……。
ルーベンの背を撫でながら、ララが思考を巡らせていると、「ぐぅ」っと可愛らしい音が鳴る。
「あっ、おなかすいちゃった」
ルーベンの恥ずかしそうな声に、ララの笑いが漏れた。
―――そういえば……。
ララはポケットを探り、一つだけ入っていたキャンディを取り出す。
「ルーベン、キャンディ食べる?」
パッと顔を上げて「うん」と元気よく返事をした彼の口に、ララは包みを開けたキャンディを、コロンっと入れた。
「おいしい! あまいね。
おうじょさまは、食べないの?」
口の中でキャンディを転がし喜ぶルーベンは、自分だけがキャンディを食べている事を気にして、ララに尋ねる。
ララはそっと彼の頭を撫でて、自身のポケットに手を入れる。
何も入っていないポケットから、キャンディを取り出すフリをして、口に入れたように振る舞った。
「本当に美味しいわね」
ララの言葉に、嬉しそうにルーベンが笑う。
「おいしいね。
いっしょにたべると、うれしいがふたつになるね」
子どもの純粋な言葉に、ララの目尻も下がった。
「そうね……。
困った事も、楽しい事も、嬉しい事も、皆んなで分け合うといいわね」
カタッと、岩壁の一部から音がする―――
一筋の光が、坑道の中に差し込んだ。
「ララ!」
「ランゼル?」
「あぁ、良かった……。無事なんだな?
ルーベンは?」
「ええ、二人とも大丈夫よ」
「今から入り口を魔法で開けるから、少し下がっていてくれ」
ランゼルの声の後に、バートンの声が聞こえる。
「王女さま、今から魔法でこの岩を退けてから、空間を固定します。
僕が合図したら、ルーベンを抱えて出てきてください」
「わかったわ」
ララはさっとルーベンを抱えて、少し坑道の奥へと下がる。
すると岩壁に無数の光が、それぞれの岩の形に沿って走り出した。
ガタガタと音を立てて、まるでパズルのピースを外すように、一つ、また一つと岩が動いていく。
人が通れそうな隙間ができると、今度はその穴を囲うように、アーチ状の光が伸びてきた。
光のトンネルを思わせるその光景に、一瞬息を呑むと、バートンの声が響く。
「王女さま、今です!」
両足に力を入れて、ルーベンをしっかり抱きしめたララは、光のトンネル目がけて走った。




