第84話 いざドートル侯爵領へ
土煙を軽く巻き上げながら、三台の馬車が山間部を抜ける。
王都周辺の木々は、未だ青々と葉を空に向けているが、この辺り一帯は赤みを帯び始めていた。
街道を北に進み、時折乗り上げた小石に体を揺らすララ。
隣のランゼルが、気遣わし気に語りかける。
「疲れていないか?
かなり長い時間乗っているが……」
「ありがとう、大丈夫よ。
同じアルマティアなのに、もうこの辺りは季節が変わり始めてるのね」
ランゼルに微笑むと、窓の外に見える山間に目を向けた。
アルマティアの北側に位置する鉱山地帯。
ここは、ドートル侯爵領―――。
速度を落とした馬車は、ゆっくりと街中を通り抜ける。
ちょうど昼を過ぎたあたりで、人の往来が多い。
アルマティア屈指のビス採掘を誇るドートル侯爵領は、多くの商人や街で暮らす人々であふれかえっていた。
外から聞こえる会話や笑い声に、ララの口元が綻ぶ。
「豊かで、活気がある場所なのね」
「ああ、そうだな。ここは暮らしやすい場所なんだろう」
ランゼルも街の人々に目を向けて、穏やかに語った。
「あの先に見える山が、今の採掘場所よね?」
窓の外を指差して、尋ねるララ。
「そうですよ、あの山です。麓から鉱山入り口まで馬車で向かいますが、しばらく時間がかかります。
ちょっと休憩を挟みましょうか?」
ララやランゼルに伺いを立てたジュードは、馬車の壁を軽く叩いて、御者に合図した。
*****
「少し肌寒い感じがするのね」
馬車を降りて地面の感触を確かめると、少しだけ肌を刺激する風が吹いている。
両腕を軽くさするララの肩に、ふわりとかけられたショール。
「ん?あ、ありがとう」
「レネから渡されたんだよ。きっと寒いだろうからって」
ショールから手を離したランゼルが、目元を細めた。
「この少し先に、この辺り一帯で人気の食堂があるんですよ。
行ってみませんか?」
ジュードの提案に、真っ先に飛びついたのはバートン。
「行こう!行こう!
もうお腹ぺこぺこだよ」
「お前は先程まで、厨房から貰ったクッキー食べていたじゃないか」
ライオネルは呆れた様子で話す。
「クッキーじゃ、お腹膨れないよ。ねぇ、行こうよ。いいでしょう、王女さま?」
「そうね、皆で行きましょう。確かにお腹すいたものね」
笑うララに、周りの面々の表情も解けた。
*****
昼時を過ぎているためか、店内で食事をしている人々はそれほど多くはない。
「いらっしゃい、何名様かい?」
扉を開けると、明るい声が飛んできた。
恰幅の良い朗らかな女将さんが、ララに気がつくと目を見開き動きを止める。
慌てて礼を取ろうとした彼女の手に、そっと触れたララ。
「大丈夫だから」と微笑んで、自らの人差し指を口元に添えた。
不思議そうな顔でララを見ているアーロンに気がつくと、ララは小声で伝える。
「皆食事してるでしょ?中断させるのは申し訳ないわ」
王女の言葉の意味がわかったアーロンは、優しく微笑んだ。
席についた面々は、この店オススメのキノコのクリームシチュー、バターロールを注文する。
待っている間に、店内の様子に目を走らせるララ。
ちょうど後のテーブル席の、男性達の話し声が聞こえてきた。
「この前採掘途中に、怪我しちまってさぁ。
そしたら侯爵さまの使いの方が家までやってきて、『仕事は一週間休むように』ってさ」
「一週間も休んだら、収入減るだろ?
お前んとこ、子ども増えて生活費かかるだろ?」
「それがさぁ、『その間の給料は支払う』ってさ。
だから『しっかり怪我治して、戻るように』って言われたよ」
「ありがたいよな」
―――ちゃんと領民の生活を守ってる。
耳に入ってくる話に意識を向けていたララの手を、ランゼルがそっと包む。
彼の目を見ると、静かに頷きが返ってきた。
そこへ料理を持ってきた女将さんが、ララの後の男性達に声をかけた。
「侯爵様は、いつだって私たちを気遣ってくださってるのよ。
この前、ちょうどお医者さんが不在の時だったかな……」
「ああ、知ってるよ。花屋の息子が熱出した時だろう?
わざわざ、侯爵家の主治医様を派遣してくださったって」
カウンターに座っていた、初老の男性が話を継ぐ。
テーブルにシチューを置いた女将に、ララは話しかけた。
「彼は、慕われているのね」
嬉しそうに微笑んだ彼女は、自慢するように語る。
「ええ、うちの侯爵様ほど、領民思いの方はいないですよ。まぁ、見た目は怖いんですがね」
女将の声に同意するように、そこにいる皆が笑顔で頷き、笑い合う。
―――噂以上に、領民思いの人なのね。
****
馬車は緩やかに、鉱山道を登る。
日々往復する馬車に踏みしめられた道は、滑らかではあるが、道端の小石に乗り上げるたびに揺れた。
太陽の位置が少し下がりはじめた頃、ようやく鉱山入り口に差し掛かる。
馬車をランゼルのエスコートで降りたララ。
目の前に臣下の礼をとり、待機する中央の男性。
彼こそが、ドートル侯爵本人であった。




