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第82話 小さな商人──再び開く憂慮の扉

「王女様、お茶もご準備せずに申し訳ありません。

よろしければ、今からでもご用意させていただいてよろしいでしょうか?」


そっとソファーから立ち上がったサラナは、柔らかく微笑んだ。


「ありがとう。ではお願いしてもよろしいかしら?」


ララはにこやかに頷くと、幼い彼に話しかける。


「ルーベン、もう少しお邪魔するわね」


「うん、いいよ。ぼく、おはなもってくるね」

可愛らしい笑顔で元気よく返した息子に、ヴァルドは首を傾げた。


「ルーベン、なぜ花なんか摘んでくるんだい?」


「おねえちゃんは、おうじょさまでしょ?

おうじょさまは、おはながいるんだよ」


子ども特有の謎かけのような言葉に、ランゼルが目を細めて話しかける。


「ルーベン、何で王女様には花が必要なんだい?」


「まってて」


小さな体で跳ねるように居間を飛び出すと、一冊の本を抱えて戻ってきたルーベン。


「ほら、これだよ」


ランゼルに差し出したのは、表紙に女性と花のイラストがあしらわれた絵本だった。


「この絵本が、関係あるのかい?」


幼い彼から受け取った絵本をゆっくりと開いて、目を通し始めるランゼル。

ララも横から覗き込むようにして、一緒に読み始めた。


「その絵本はルーベンのお気に入りなんです。

花の国の王女様のお話で、毎晩寝る前に読んでいるんですよ」


ティートローリーを押しながら戻ってきたサラナは、

絵本を囲むララとランゼル、ルーベンを見て微笑んだ。


ヴァルドは席を立つと、さっとサラナの隣に移り、ティーポットに手をかける。

慣れた手つきで紅茶を注ぐヴァルドに、ララの視線が釘付けになった。


「とっても手慣れているのね。お二人の仲睦まじい姿が、とても素敵だわ」


ヴァルド夫妻の様子を微笑ましく見ていたララに、ジュードが一言。


「王女様とランゼルさんも、素敵なご夫婦になられますよ。

今だって長年連れ添ったかのような安定感ですし、いつもアイコンタクトですからね」


ララが隣のランゼルに視線を送ると、彼は軽く眉をあげてから微笑んだ。


「ほらね、アイコンタクトでしょ?」

ヴァルド夫妻に笑いかけるジュード。


再び顔を見合わせたララとランゼルは、互いに恥ずかしさから苦笑い。

ララは熱を持った顔を隠すように、少しだけ俯き視線を逸らした。


ララの顔を下から覗き込んだルーベン。

「おうじょさま、おかお、あかいよ?」


幼い彼の突っ込みに、皆の笑いが漏れた。


ララの前に置かれた蔦模様のティーカップ。

琥珀色の紅茶から、ふわりと香るベルガモット。

その香りが、ほてった頬と気恥ずかしさを鎮めてくれる。

ララはティーカップに口をつけると、ほっと息を吐き出した。


大人たちが雑談を始め出すと、居間の掃き出し窓からテラスに出たルーベン。

テラスから庭に降りたようで、しばらくすると右手にピンクの花、左手に青色の花を握って戻ってきた。


「はいどうぞ、おうじょさま」


右手のピンク色の花をララに渡すと、次はランゼルの前に移動した。


じっとランゼルの目を見ていたルーベンは、ニコッと笑って背に隠していた左手を前に出す。


「はい、きしのおにいさん」


「ありがとう」


青色の花を受け取ったランゼルは、ルーベンの頭を優しい手つきで撫でた。


「あれ?僕にはないのかな?」


冗談めかしたジュードの言葉に、空いた両手を見て首を傾げるルーベン。


「もう、からっぽだ」


ジュードはポケットからキャンディーを二つ取り出すと、ルーベンに尋ねた。


「小さいなお花屋さん、このキャンディーでお花を買いたいんですが、売ってくれますか?」


ジュードの遊びが伝わったルーベンは、ニコッと笑顔で返す。


「いいよ。まっててね」


楽しそうに笑い声を上げながら庭に向かうルーベン。

大人たちは、その愛らしい姿に目尻がさがった。


戻ってきた彼の手には、右手にオレンジ色の花、左手に黄色の花がしっかりと握られている。


「はい、おはなをどうぞ」


オレンジ色のをジュードに差し出す。


受け取ったジュードは、キャンディーをルーベンの手に乗せて言った。


「ありがとう。このキャンディーは花のお代です」


黄色の花を差し出し、得意げな顔で笑いかけるルーベン。


「おきゃくさん、これは、おまけだよ」


「あはは、もう立派な商人だな」


幼い彼の大人びたそぶりに、一斉に笑いが漏れた。


*****


二杯目の紅茶を注ぎ終わったサラナは、ゆっくりと腰を下ろして息を吐き出した。


初対面の時とは幾分印象が変わり、表情が柔らかくなっている。

彼女の変化に気がついたララは、少しだけ肩の力を抜いた。


サラナはララに視線を送ると、静かに胸の内を伝える。


「一連の事件が父の行いなら、止めたいんです。

でも犯人だと言い切るだけの材料がありません」


覚悟とも取れる彼女の言葉に、ララはゆっくりと口を開いた。


「実は二日前に王都とドートル侯爵領に、意図的にとある噂を流しました」


王女の発言に、身を乗り出して尋ねたのはヴァルド。


「もしかして……、エネルギー源転換機の試作品が完成って……あれの事ですか?」


「ええ」


「じゃ、南区の繊維工場に保管してある……、あれも事実ではない?」


ヴァルドの言葉に頷き、肯定したララ。


「それでは、ドートル侯爵領には何と噂を……」


サラナが尋ねたその時──


「王女さま!繊維工場で動きがありました!」


外から響くバートンの声に、皆の空気が張り詰めた。


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