第81話 繋がり始めた真実のカケラ
案内されたヴァルド家の居間---
飴色の艶が美しい木目のローテーブルを挟むように、ララたちはヴァルド夫妻と向き合った。
ソファーにかけられたキルト生地のカバーは、可愛らしい紋様を描くように縫い合わされている。
左右に一つずつ置いてあるクッションも同じ生地で作られていて、部屋全体を温かみのある優しい印象にしていた。
「素敵ね」
ララがキルト生地のカバーをそっと撫でて呟くと、ヴァルドが嬉しそうに答えた。
「ありがとうございます。
そのカバーは妻が作ったものなんですよ」
誇らしげにサラナを見ると、彼女も嬉しそうにヴァルドに微笑んだ。
---この夫婦が留魔石確保の妨害? アルスの襲撃?
とてもそうは思えないわ……。
じゃぁ、何でカロンは『アルス』にいたの?
ララは口元に手を添えるようにして、ほんの僅かだが思考に耽る。
「ララ」
隣のランゼルが彼女の手に触れて、沈んだ意識に呼びかけた。
ハッとして顔を上げると、彼と視線が絡む。
ランゼルもまた同じ事を考えていた様で、静かに頷き、目線だけで夫妻に話を聞くよう促した。
軽く息を整えて口を開く王女に、ヴァルド夫妻は真剣な表情で耳を傾ける。
「先程のカロンの件だけど……、
彼が襲撃の犯人ではない事は、ちゃんと確認が取れているの」
ララの一言目に、サラナが大きく息をついた。
「ではなぜ、カロンは未だ騎士団の元にいるのでしょうか?」
サラナと視線を合わせたヴァルドは、ララに向き直り、率直に尋ねる。
「今回の事件の他にもう一つ、留魔石確保が妨害された事は知っているはずよね?」
王女の静かな問いに、ヴァルド夫婦はどこか気まずそうに頷いた。
「はい……。
とある所から圧力がかかりまして、誰も異を唱える事ができませんでした」
ヴァルドの答えに、間を置く事なく続けるララ。
「そうね、それはドートル商会からよね?」
王女の確信をつく問いに、ヴァルドは隣のサラナの手を握ると、覚悟を決めたような顔で肯定した。
「カロンが未だ騎士団預かりになっているのは、ドートル商会とヴァルド商会が無関係という確証がないからなの」
ララの言葉に、諦めとも決意とも取れる声を絞り出したサラナ。
「……ここに来られたという事は、全てご存知なのですね……」
そう言ってサラナは続けた。
「ドートル侯爵は私の父です。
10年前、父の反対を押し切ってヴァルドと駆け落ちのような形で夫婦になりました。
その際に、当然ですがドートル侯爵家からは縁を切られました」
淡々と語る彼女を気遣うように、ヴァルドがそっと肩を抱く。
彼の仕草に少しだけ眉を下げたサラナは、またゆっくりと続けた。
「ご承知のとおり、ヴァルド商会は一度倒産の危機に陥っています。
王女さま達は、『なぜヴァルド商会がビスの販路を得て持ち直したか』をお知りになりたいのですよね?」
頷くララの横で、ランゼルが問う。
「こう言っては申し訳ないのだが……、
後ろ盾がないにも関わらず、どのような経緯でロロア伯爵家と繋がったのだろうか」
サラナがヴァルドに視線を向けると、彼は一度姿勢を正すように座り直して口を開いた。
「私たちもずっと不思議でした。
運がいいと言って片付けられる話ではないと理解しています。
商会が傾き始めて金策にも困り始めた頃、お得意先だった貴族の方から、ロロア伯爵様を紹介していただきました」
「お得意様だった方が、ロロア伯爵と知り合いだったのかしら?」
ララの質問に、今度はサラナが答えた。
「いいえ、直接の関わりはなかったと思います。
お得意様は元々隣国出身で、アルマティアに婿入りされた方ですから」
「そうなのね……、それならなぜロロア伯爵を紹介する事ができたのかしら?」
首を傾げるララに、ヴァルドが返す。
「ロロア伯爵との契約がまとまった時に、その方に尋ねたんです。
そしたら、『とある方に頼まれた』と……。
それ以上詳しくは、教えてもらえなくて」
サラナが身を乗り出して言う。
「ある時、同じ商人の方から聞いたんです……、
ドートル侯爵がロロア伯爵と頻繁に会っていたと。
そして、お得意様の家にドートル商会が出入りしていると……」
ヴァルドがそっとサラナの手を握ると、彼女は頷き、ララに真剣な目を向けた。
「確かな証拠はありませんが、ヴァルド商会を救ってくれたのは父なんだと思います。
家を出た後も、きっと心配で見守ってくれていたんだと……。
その父が国の方針に反した動きをしている……、
知った時は動悸が止まりませんでした。
頑固で真面目な父が……」
サラナの声は震え、その瞳には今にも溢れ出しそうな程の涙。
ヴァルドは彼女と繋いだ手に、少しだけ力を込めて話を継いだ。
「国からのエネルギー源転換の通達は、正直驚きましたし、不安もありました。
でも……、
ビスの採掘量が減少している事実を一番実感しているのは、私たち商人なんです。
ですから、ジュードさんに留魔石を渡しました」
「そうだったのね」
ララの言葉の余韻を、誰もが静かに感じた。
突然、堰を切ったようにサラナの口からこぼれ落ちる言葉たち。
「これでよかったんだって思っていた矢先に……、
『アルスが何者かに荒らされた』と知らせが入って。
疑いたくないのに……、
父が仕向けたんじゃないかって、
その事が頭から離れなくて……。
父じゃない確証が欲しくて、カロンに見に行ってもらいました」
両手で顔を覆ったサラナの悲痛な叫びに、勢いよく扉が開いた。
「おかあさん!
どこか、いたいの?
だいじょうぶ?」
ヴァルド夫妻の一人息子が、今にも泣き出しそうな顔でサラナの腰に抱きついた。
突然の息子の登場に、慌てた様子でヴァルドが宥め始める。
「ルーベン、お母さんは大丈夫だから、心配しなくていいんだよ」
「なんで、おかあさん、ないてるの?
おねえちゃん、いじわるしたらダメだよ」
ララに必死に訴えるルーベン。
眉を下げたララは、彼に柔らかい声で話しかけた。
「ルーベン、私たちはあなたのお母さんを、いじめたりしてないわ。
とっても大切な話をしてもらっていたころなの」
「ほんとに?」
首を傾げるルーベン。
「ええ、本当よ」
ララの言葉に、ランゼルも穏やかな顔で彼に向かって頷く。
サラナがそっとルーベンを抱き寄せて話しかけた。
「ルーベン、お母さんは悲しい事があったから涙が出たの。
この方達は、何にも悪くないのよ。
心配してくれたのね、ありがとう」
母の言葉に安心して、ララに向かって笑顔を向ける。
「いじわるしたっていって、ごめんなさい。
ぼく、ルーベンです」
小さなナイトの登場に、張り詰めた空気が柔らかく解けていった。




