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第80話 開きかけた扉の先

少しだけ開いた窓から流れ込んでくる、湿り気を帯びた風が、テーブルの上の書類を揺らす。


散らばった一枚の紙を手繰り寄せ、真剣に見入っているランゼル。

他の面々も、それぞれに何かを思案している様子で、硬い表情を浮かべていた。


スッと軽く息を吸って、彼らに声をかけたララ。


「ちょっといいかしら」


彼女の呼びかけに、一瞬にして視線が集まるが、ランゼルだけは書類に没頭したまま。


「何か気になった事でもあったのかい?」


リーゼルの問いに、ララはゆっくり頷き口を開いた。


「ドートル商会とヴァルド商会の繋がりは、確かに存在するわ。


だからと言って、今回の『留魔石確保の妨害』や『アルスの襲撃』にヴァルド商会も関与しているとは言い切れないと思うの。


アーロン、私達に留魔石を準備してくれたのはヴァルド夫妻なんでしょ?」


彼は「はい」と短く答える。


ランゼルは書類から顔を上げると、隣の彼女の話に意識を向けた。


「それなら……、辻褄が合わないと思うのよ。

妨害してるのに準備して、渡すかしら?

それに、『アルスを襲撃』する理由も見えてこないわ」


言い終えたララに続くように、ランゼルもその見解を口にする。


「ビスの販路の件だが、ヴァルド夫妻がドートル侯爵に掛け合ったとして、ではなぜドートル侯爵領の鉱山から買わないんだ?

国内需要の8割を担えるほどの鉱山があるにもかかわらず、ロロア伯爵への口利きを頼む理由は?」


「確かに……」

バロンは呟くと、リーゼルの反応を伺った。


「ララやランゼルの言う事も、一理あるな。

どうやら、ヴァルド夫妻に話を聞く必要がありそうだ」


「兄さま?

『アルス』に居たヴァルド商会の方は、今どちらにいらっしゃるのかしら?」


その意図の見えない問いに、リーゼルは首を傾げながら答えた。


「彼ならまだ、騎士団預かりのままだよ。

『アルス』を襲撃していない事は確認できたけど、ヴァルド商会が無関係だとは言い切れないからね。

その事が、何か関係するのかい?」


「ええ。

彼は自主的に『アルス』に来たのか、それともヴァルド商会の指示でそこに居たのかで、話は大きく変わってくると思うの。


だから明後日の午後、私とランゼル、ジュードで、ヴァルド夫妻に会いに行ってくるわ」


真剣な表情で言い切ったララに、リーゼルは心配を滲ませながら頷く。


「それと、兄さまとジュードにお願いがあるんだけど……」

静かに告げた内容に、軽く目を見開いた二人は了承の意を示した。


*****


王都の下町と、貴族の居住区のちょうど間に位置したその場所に、ヴァルド商会は店を構えている。


アルマティアで頭角を表し始めた商会とあって、店の広さは十分なほどで、両開きのガラス張りの扉と、等間隔で設けられている大きめの窓が印象的な建物。

入り口には季節の花々が、プランターに植えられていて、ヴァルド商会のセンスの良さが伺えた。


店は道に面していて、側を通るとガラス扉や窓から、店内の活気が伝わってくる。

快活に笑いながら来客の対応をしている人、

黙々と作業机で書類整理をする人、

角のテーブルでミーティングをする人々。

また店の隣の倉庫では、止めた馬車に荷を積み込む人たち。


誰もがイキイキと働くここは、活気で溢れていた。


商会のすぐ裏側には、こじんまりした二階建てのレンガ作りの母屋。

勢いのある商会の経営者が住むには、幾分シンプルすぎるようにも見える。


ララ、ランゼル、ジュードは商会の裏側へ回り、母屋の小さな門の前に辿り着いた。

門から少しだけ見えるのは、商会と母屋の間にある簡素な庭。


5歳くらいの男の子と、女性が花壇の花に水やりをしていた。


こちらに気がついた男の子は、女性の手を引いて、指をさす。


「おかあさん、おきゃくさんだよ」


顔を上げた女性は目を見開いて、ほんの僅かだが動きを止めた。

男の子が再び彼女の手を引いて、呼びかける。

「おきゃくさんだよ」


ハッとした女性は、男の子に「ちょっと家の中で待っててね」と言うと、彼の背中を軽く押して促す。

男の子が素直に背を向けて歩き出すと、女性は急ぎ足で門までやってきた。


ララ、ランゼル、ジュードを目線だけで確認して、静かに礼をとる。


流石は元侯爵家の令嬢、

その動きは洗練されており、全くもって無駄がない。


「突然の訪問でごめんなさい。

どうしても、あなたと話がしたくて……。

顔を上げてくれるかしら」


ララの声にゆっくりと姿勢を正す女性は、感情の見えない声で挨拶をする。


「初めまして、王女様。

ヴァルド商会、ヴァルドの妻、サラナと申します。

本日はどの様なご用件でしょうか」


口調こそ丁寧ではあるが、招かれざる客を前にした時の様な、どことなく冷たい雰囲気が漂う。


慌てたジュードが取り持つ様にサラナへ声をかけた。


「ヴァルド夫人、突然の訪問、誠にすみません。

留魔石の件であなた方ご夫妻にお聞きしたい事があるんです」


その一言で、サラナの表情は険しくなる。


「何もお話しできる事は、ございません。

どうぞお引き取り願います」


相手が王族だろうと、頑なな態度で拒絶するサラナ。


ジュードが説得しようと口を開きかけると、ララは彼の目を見て首を振る。


ほんの僅か、じっとサラナの瞳に視線を固定したララは、抑揚のない声で話し始めた。


「『アルス』襲撃の現場で、一人の男性が容疑者として騎士団に連行されました。

彼はヴァルド商会のプレートを所持しており、名前はカロンと言うそうです」


聞き終わるや否や、顔色をなくすサラナ。


「カロンは犯人ではありません!

彼があの場にいたのは、私がお願いしたから……。

カロンは犯人ではないんです、どうか彼を解放していただけませんでしょうか」


必死に言い募るサラナの声は店まで届いており、裏口から様子を探るように人々が顔を見せる。


その中の一人の男性が、こちらに向かって走ってきた。

サラナの隣りに立つと、そっと背に手を添えて、彼女の顔を覗き込むように尋ねる。


「サラナ、いったい何が……」


返事のない彼女の目線の先を見た彼は、驚きと困惑で息を詰めた。


「おっ、王女様。

えっ、ジュードさん?」


そう、彼こそがヴァルド商会の主、ヴァルド本人である---。


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