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第78話 真実への入り口

夏の澄み切った空を、灰色の厚い雲が覆い始めた午後。

水気を含んだ生暖かい風が、リーゼルの執務室のカーテンを揺らす。


窓から少しだけ身を乗り出して空を見上げたララは、右手を外に出し、ぽつりぽつりと降り出した雨を掌に受けた。


「やっぱり、午後から雨が降り始めたわね」


半分ほど窓を閉めて振り返ったララは、リーゼルの執務室に集まった面々を見て、軽く息を整えた。


テーブルを囲むようにランゼル、バートン、ライオネル、ジュード、アーロンが座っており、ララもランゼルの隣へ腰を下ろした。


「あの襲撃から一週間ね……。

誰かが意図的に関わっているのなら、とても残念で悲しい事だわ……」


伏し目がちに話すララの手を、ランゼルがそっと握る。


「どんな調査結果だろうと、進むべき道は決まっているだろう?

皆で乗り越えれば、大丈夫だ。一人で背負わなくていい」


包み込むような彼の視線に、ララはふっと口元を緩めた。


「ありがとう。色々と考えたって仕方ないわね。兄さま達の報告を待ちましょう」


「そうですよ、王女さま! 僕たちが居るんです。

ノルフェリアに帰ったジュリアやノーランさんも協力するって言ってたんですから、一緒に乗り切りましょう」


バートンの明るい声に、ライオネルやジュード、アーロンが同意するように大きく頷いた。


―――カチャ。


執務室の扉がゆっくりと開き、宰相バロンを伴ってリーゼルが姿を見せる。


「ごめん、待たせたかな?

バロン宰相、執務室前の騎士に人払いを頼んでくれるかな。

騎士達も、扉から少し離れて待機するように伝えて」


リーゼルはララ達のそばに来ると、空いた一人がけのソファーに腰を下ろした。

戻ってきた宰相バロンは、リーゼルの斜め後ろにそっと立って控える。


「あれから色々と調べて、わかった事実は二つ」


そう言ってリーゼルは、集まった全員の顔を見回した。


「まず、『アルス』で捕まった男性は襲撃の犯人ではなかった」


その一言に、全員が目を見開く。


「発言を失礼します」


言葉を挟んだのはジュード。

リーゼルが目線だけで許可すると、困惑の滲む声で話し始めた。


「彼の所持していた皮袋からは留魔石が出てきましたよね?

現場のすぐ側に居たのに、犯人ではないのですか?」


皆の視線がリーゼルに向く。


「彼はヴァルド商会の従業員で、『アルス』での出来事を聞きつけて様子を見に来ただけ。それに、襲撃のあった昼頃、彼がお得意先に納品に行っていた事は、騎士団の調査で裏付けが取れている。間違いない」


「ではなぜ……」

誰かの疑問が漏れる。


「なぜ彼が留魔石を所持していたかというと、『アルス』の裏手に転々と留魔石が落ちていたんだ。

おそらく犯人が持ち去る際に落としたのだろう。

それをヴァルド商会の彼が拾ったというのが事実だ」


リーゼルの説明が一区切りしたところで、ジュードが少し気が抜けたように話し始めた。


「あの場でヴァルド商会の紋を見た時、彼らを疑いました。

王都南区一帯のビスはヴァルド商会が販売しているので、売り上げが減少する事を懸念しての犯行かと……。

でも、そうなると少し話が噛み合わないんですよね」


ララが首を傾げる。


「どういう事?」


「実は、なかなか留魔石が入手できなかった時、『入手先は言わない』という約束で提供してくれたのが、ヴァルド商会のヴァルド夫妻だったんです」


ジュードとアーロンは顔を見合わせ、互いに頷き合った。


「なのであの現場でヴァルド商会のプレートを見た時、正直驚きました」とアーロン。


「ヴァルド商会って、アルマティアで有名な商会なの?」


バートンがやや小声で疑問をライオネルにぶつけた。


「ビスの販路を持っているくらいだし、そこそこ大きい商会なんじゃないのか?」


二人の会話を拾ったリーゼルは、ふと表情を緩めて説明した。


「ヴァルド商会は、元々は小さな商会だったんだよ。

平民出身のヴァルドという男性が一人で立ち上げて、徐々に規模を拡大して王都でも名の知れた商会になったんだ」


「そうなんですね。なんだか夢のある話ですね。

身分関係なく自力で成功を掴むなんて」


バートンが感心したように言うと、リーゼルの視線がほんの僅か下がった。

それに気づいたララが問いかけた。


「兄さま、ヴァルド商会って他になにか噂でもあるの?」


ハッとした顔でララを見てから、リーゼルは「先に二つ目の報告からするよ」と返した。

全員が再び真剣な表情で向き直る。


「もう一つの事実として分かった事だが……

今回の留魔石確保を妨害したのは、ドートル商会だった」


その報告に真っ先に反応したのはジュードだった。


「ドートル商会って、ドートル侯爵家ではないですか!」


「ドートル侯爵家は確か、保守派だったはず……」


ララの呟きに、リーゼルが重ねる。


「彼は寡黙で頑固なところはあるけど、責任感が強い人なんだ……。

今回の事実には、僕も驚いているところだよ」


外の雨足がだんだんと強まり、昼間だというのに夜のような薄暗さが漂う。

しんと静まり返った執務室には、窓を打つ雨音だけが響いていた。

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