第76話 壊れた黒檀、見つけた真鍮の印
王都の南側に位置する工業地帯、
その一角にある精密機械工房『アルス』。
普段は金属を打つ音、
飛び散る火花、
職人の活気で満ちているこの場所は---
全ての灯火が消えたかのように、重苦しい空気で満ちていた。
倒れた椅子、
散らばった道具、
割れた窓ガラス。
そして焼成炉のすぐ側の作業台に、打ち砕かれた黒檀の残骸。
あまりの惨憺たる光景に、息を呑んだララ。
---なんて事……
工房中央の作業机には悄然としたイストが、組んだ手に頭を預け俯いている。
その姿はまるで、祈りにも懺悔にも見えた。
震える手を力一杯握りしめて、一瞬だけ固く目を閉じると、毅然とした声でよびかけた。
「皆さん、怪我はありませんか?
忙しいとは思いますが、状況がわかる方がいらしたら教えてください」
片付けを始めていた職人たちの手が止まる。
ララの声にハッとした様子で、顔を上げたイストが慌てて駆け寄ってきた。
「王女様、申し訳ございません」
そう言って深く頭を下げる彼の肩に、ララはそっと手を置いた。
「誰も怪我はない? 大丈夫なの?」
気遣うララに、イストの言葉が詰まる。
「……っ、は、はい。
怪我人はおりません……。
試作品がこのような現状になり、何とお詫び申し上げてよいのか……。
全ての責任はこの私にあります。
どうか……ここの職人には非がないことを、ご承知ください」
イストの必死な訴えに、ララは優しく頷いて告げた。
「イストさん、あなたにも何の非もありません。
むしろ、あなたの大切な工房を巻き込んだのは、こちらの方。
---誰にも怪我がなくて良かった」
ララの言葉に首を振るイスト。
「任された以上は、何が何でも依頼品をお渡しする責任があります。
しかし……、貴重な留魔石の残りも持ち去られたようで……」
「お互いに、責任の所在を問うのはやめましょう。
留魔石が手に入らない時点で、何かおかしいと警戒すべきでした。
それに、皆さんの安全にもっと配慮すべきでした。
……こんな事に巻き込んでしまったけど、まだ力を貸してくれますか?」
ララのまっすぐな瞳に、イストは深く頷くと静かに跪き、ララの右手を掬い上げた。
そして自らの額を当てて、告げる。
「工房『アルス』は王女ララ様と共に」
それに倣うように、アルスの職人たちも胸に手を当て頭を下げた。
「ありがとう」
ララの言葉が静かに響き渡った。
「あのぅ、ちょっとよろしいかしら?」
そう言って隣のバートンを押しやって出てきたのはジュリア。
そこにいる全ての人々の視線を一気に集めた彼女は、勢いよく尋ねた。
「なぜ、留魔石が入手困難なのです? あんなにゴロゴロ採れる鉱石が」
苦笑いしたジュードが前に出てきて説明した。
「確かに珍しい鉱石ではないんですが、いざ仕入れようとすると、どこも販売を拒んだんです」
ジュードの言葉に、ジュリアが明るく返した。
「それなら、うちの鉱山から持っていけばいいわ。
アルマティア国内での販路が出来上がるまで、好きなだけウチから持っていってくださいな」
「「「っえ!?」」」
驚きの声が重なった。
「えぇ⁉︎ ジュリアいいの? ありがとう!」
バートンがジュリアに抱きついた。
真っ赤になったジュリアは、必死にバートンを剥がすと、彼の鳩尾に一撃。
「淑女になんて事するんです!」と添えて。
「ジュリアさん、本当にいいの?」
ララの伺うような視線に、笑顔を返すジュリア。
「ええ、もちろんです。バートンがかなりお世話になっておりますから、このくらい全く問題ありませんわ。
それと私も、『ジュリア』とお呼びください」
「ありがとう、ジュリア」
---カサッ
割れた窓ガラスに一瞬映った影。
素早く反応してその場を動いたのは、アーロンとノーラン。
「俺は何も知らないよ! ちょっと覗いただけだ!」
外で喚く男の声。
ララ達が外に出た時には、アーロンがその男を取り押さえていた。
ノーランが、男の持ち物を探る。
小さな皮袋からコロンと落ちた、黒いカケラ。
そして、小さな真鍮の板。
そこに記されたのは、二本の交差した斧---
「このマークは……」
ジュードの瞳に、怒りと驚きが交錯した。




