第74話 アルマティアの参観日
ノルフェリア面々が到着した翌日。
昼食を終えて、各々自由に過ごす午後のひと時。
高い位置の太陽が、昨日の雨を乾かすように照りつける中庭を、並んで歩くのはララとランゼル。
その後ろを隠れるように、コソコソとついて行く二人の王妃に、すれ違った使用人が大きく目を見開いて振り返った。
ちょっとだけ視線を向けたセリーヌは、楽しそうに口元を緩めると、細くしなやかな人差し指をそっと唇の前に立てる。
「静かに……ね」そんな声が聞こえそうなジェスチャー付きで。
「ねぇ、セリーヌ、本当にこっそりついて行っても大丈夫なの?」
簡素な撫子色のドレスに身を包んだノルフェリア王妃の煮え切らない口調に、軽くため息を吐いたセリーヌは、彼女の額を指でピンっと弾くと言った。
「あなたが、保護者参観って言うから。普段の二人の様子をこっそり見せてあげてるんじゃない」
額を両手で押さえたアイリーンは、その小ぶりな唇を尖らせる。
「だって、男の子ってお母さんに素っ気ないじゃない?
尾行がバレたら、またあの冷たい目で『何やってるんですか』って見下ろされるのよ。
それに、ララちゃんにも嫌われるかも……。そんなの、堪えられない!」
肩をすくめたセリーヌは、ウジウジと悩む親友に半ば呆れた様子で口を開いた。
「だいたい、こっそり見たくらいで、ララもランゼルも怒ったりしないわよ。
私もヨハンも、よく子どもたちの様子を影から見るけど、何にも言われたことないわよ」
「それは、あなたの子どもたちが気づいてないだけじゃないの?」
アイリーンは上目遣いで、セリーヌの様子を伺った。
「そんな事ないわよ。リーゼルならあり得るんだけど、ララに限ってそれはないわね。
あの子、常に周りを見てるから。
それに、ララの側には、いつもランゼルがいるのよ。気が付かないなんてありえないわね」
覗き見していた事を、堂々と告白する王妃セリーヌ。
「そぉ? それじゃぁ、ついて行っちゃう?」
片眉を軽くあげて悪戯っ子のような顔を浮かべたアイリーンは、吹っ切れたようにノリ良く返した。
「「っふふ」」
自然と合わさった視線に、どちらともなく笑いが込み上げる。
「何だか、学生時代に戻ったみたいだわ」
目元を拭って嬉しそうに話すセリーヌに、「本当ね」と相槌を返すアイリーン。
少女のように盛り上がる王妃たちを、城の人々は微笑ましく見守っていた。
*****
「セリーヌ、ここはどこなの?」
使用人棟を抜けた先に、庭に面した簡素な建物。
開け放たれた窓から、楽しそうな笑い声が漏れ聞こえる。
白いカーテンがなびく窓から、こっそりと中を覗き込んだセリーヌとアイリーン。
「おうじょさま、おそと、いこう」
小さな男の子が、ララの手を引いて庭を指さす。
「きしのおとうさん、いっしょにあそぼ」
ランゼルの前にきて、両手を出して抱っこをせがむのはエマ。
そんなエマに優しく目を細めたランゼルは、何の躊躇いもなく、さっと手を伸ばして抱き上げる。
そして左腕にエマを抱え、隣にいたダンの手をとると笑いかけた。
その微笑ましい光景に、目を奪われているのは彼の母、アイリーン。
ポカンっと開いた口が、徐々に震えるように動きだした。
「っあ、あの子が……、子どもの相手してる……。
何に対しても無関心で、我が道をいく、あの子が」
潤んだ瞳で、食い入るように息子の姿を見つめるアイリーン。
「親が思っている以上に、子どもってちゃんと成長するのよ。
ララだってそう、誰にも頼らず自分だけで何とかしようとする子だったの。
でも、周りの人に助けられて、少しずつ変わったわ」
セリーヌがアイリーンにハンカチを手渡し、微笑む。
「ララが恋するなんて……、想像できなかったわ。
でも、ランゼルの存在があの子を変えた。
きっと、運命なのね」
「ええ、そうね。
ランゼルがこの国と出会えてよかった……、
ララちゃんと一緒に過ごせてよかった……。
セリーヌ、ありがとう。
あの子たちを見守っていてくれて」
優しくアイリーンの肩をトントンとたたくと、セリーヌがぽつりと呟く。
「ほら、やっぱりララたちは気がついているわよ」
顔を上げたアイリーンに向かって、ララが手招きする。
隣のランゼルは苦笑いを浮かべて、母に向かって軽く頷いた。
まるで「ここにおいでよ」っと言っているように。
部屋に入ると、目をキラキラさせた子どもたちのかわいい声が響く。
どの子も元気よく挨拶をすると、美しい王妃さまたちに近づきたくて、何度もララと王妃さまたちの間を見やる。
子どもたちの可愛らしい様子に、ララやランゼルの幼い頃を思い出した二人の王妃さま。
子どもたちに向かって笑顔で手招くと、普段は賑やかな子どもたちも、どこかよそ行きのお利口な笑顔で、嬉しそうに彼女たちを囲んだ。
そんな中、ひとりの女の子が、緊張した面持ちでララの背後に隠れ、そっとスカートの裾を握りしめた。
---あら、今まで人見知りなんてしなかったのに。
いつもと違う女の子の様子に、ララは微笑むと静かに屈んで、穏やかに語りかけた。
「恥ずかしいの?
でもね、ちゃんと挨拶できる子って素敵だなって思うな。ちょっとだけ勇気を出してみない?」
ララの言葉に、恥ずかしそうに前に出ると、可愛らしい声で挨拶した。
「こんにちは」
セリーヌとアイリーンが優しい笑顔で挨拶を返すと、女の子は嬉しそうに笑って、すぐにまたララのスカートの後ろに戻っていく。
午後の温かく心和むひと時を過ごした、二組の親子。
きっと誰もが、そう遠くない未来を思い描いたのだろう。




