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第72話 犬猿の仲も、今日は親友⁉︎

「っあ……」

翳した手を戻すこともなく、固まったままのバートン。


目の前の割れ落ちた黒檀の破片に、あの辛く苦い経験を思い出したかのような顔で、動けずにいた。


「おい!」

重苦しい空気を散らすように、ライオネルがバートンの手を掴む。

その冷たさに軽く驚き、心配を滲ませた声で彼を呼んだ。


「おい、大丈夫か?」


ハッとしたバートンは、慌てて焦点を合わせると、首を右に左に動かしてララを探す。

バートンのやや左後ろにいたララと目が合うと、視線を落として口を開いた。


「王女さま……。すみません……」

弱く萎びた声に、一番に反応したのはライオネル。


「お前のミスではない! 付与する魔法も、方法も間違いなかった。ちゃんと魔法は発動していた!」


普段はバートンを認めることのないライオネルが、「魔法は正確に付与できた」と、皆がわかるように声を張って彼を庇う。


「バートン、大丈夫よ。付与はできていたってライオネルも言ってるから」

ララもバートンのせいではないと告げるが、彼の表情は暗いまま。


突然、カタッと小さな音と共に、試作品の前に陣取ったのはイストだった。


モノクルをかけた彼は、欠けた黒檀の破片と試作品の断面を見比べながら、何かを呟いている。


それから、さっと自分の作業台へ移ると、立ったままの姿勢でペンを握り、紙に向かい始めた。


誰もが静かに、イストを見守る。


沈黙に溶けるペンを走らせる音。


その音をかき消すのは、外から聞こえる葉っぱを打つ水の音。


開いた窓から、湿った風が濡れた土の匂いを運んできた。


はじめはゆるやかに、パラパラと降り始めた雨も、次第にザアザアと、隙間を埋めるように打ちつける。

あたりも一段と暗さを増して、焼成炉の炎の明るさが浮き出てきた。


再び、コトンっと小さな音がなった。


ちょうどイストが、ペンを置いてモノクルを外したところ。

書きつけた紙をグシャっと形がつくように乱暴に握ると、急いでこちらに足を向けた。


「それぞれの含有率比率と焼成時間、温度が原因です!」

そう声を張るイストは、説明を始めた。


「留魔石の含有率を六割から五割に下げて、水晶の粉を増やすことで、内部の緻密化を図る。そして、焼成は八時間、温度は従来より百度下げて。あと、冷却は炉の中で緩やかに──これで次は上手くいくと思います」


「この短時間で原因を探るなんて、すごいですね」

ジュードが感心したように呟いた。


その声を聞いた『アルス』の職人の一人は、誇らしげに胸を張る。

「うちのイストさんは、アルマティアで一番の精密機械職人なんです!」


先ほどまでの重苦しい空気が嘘のように、安堵と穏やかさが満ちていた。


ララは隣のランゼルを見上げて、「なんとかなりそうで良かったわ」と声をかけて微笑む。


ランゼルもどこかホッとした様子で、目を細めて頷いた。


ライオネルがパンっと、バートンの背中を叩く。

「次は、大丈夫だ!」


その言葉に、口元を緩めて嬉しそうにバートンが返す。

「もちろん! 次は絶対に成功だよ」


普段口を開けば喧嘩ばかりの二人に、アーロンが優しく言葉を添えた。

「あぁ、次は絶対に上手くいくよ」


また二日後に訪れることを告げたララたち一行は、少しだけ弱まった雨足を縫うように、急いで馬車に乗り込んだ。


なぜか今回バートンは、ライオネルと同じ馬車に乗り込んでいた。

ララの馬車にどちらが乗るのか、毎回喧嘩する二人の、仲良さげな雰囲気に、ララとランゼルは嬉しそうに微笑んだ。


仲睦まじい兄弟を見守る親のような表情で。


*****


城に到着すると、なんだか周りが騒がしい。

誰もが早足で、バタバタと動いている。

何事かと、ララたちは困惑の表情で辺りを見回した。


ちょうどそこへ王妃セリーヌがやってきて、声をかける。

「あぁ、やっと帰ってきたわね。急いで支度してちょうだい。ランゼル、バートン、ライオネル、あなた達もよ」


「何があったの? バートンもライオネルもって……」

首を傾げるララに、セリーヌがため息を吐いて言う。


「来たの。予告もなしに」


「……誰が?」

思わず、素で聞き返すララ。


「あなたの義理の母!」


「「っえ⁉︎」」

ララとランゼルの声が重なる。


片眉を上げたセリーヌはさらに続けた。

「バートンの所と、ライオネルの所にも」


「「っえ、誰が……来たのですか……」」

二人の声も重なった。


まだまだ続く、このドタバタな一日ーーー。



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