第71話 洗濯物と、亀裂の音
「あら、ランゼルは?」
リーゼルの執務室を出て中庭に差し掛かると、両手いっぱいに大量の布を抱えたバートンと出会った。
それは、彼の視界を遮るほどで、今にもこぼれ落ちそうなほどの量。
「さっき、訓練所でアーロンさんと鍛錬してたよ」
「そう……ランゼルとは一緒じゃなかったのね」
彼の横に移動したララは、顔を覗き込むように尋ねた。
「なぁに、その大量の布は?」
苦笑いのバートンは、ちょっとだけ視線を逸らすと、言いにくそうに口を開く。
「……洗濯物です。部屋の床に落ちてたヤツ……」
「あら、そんなに溜め込んで。何日分かしら。
汚れは早めに洗わないと落ちないのよ」
ため息混じりの小言に、視線が下がるバートン。
そんな彼に、ララは優しく目を細め、諭すような声色で言う。
まるで、叱られた後の子どもに語りかけるように。
「次からは、気をつけるのよ」
「……はい」
しゅんとした顔のバートンが、なんだか幼く見えて――ララは思わずクスッと笑った。
ふと視線を動かした先に、中庭を抜けてこちらに向かって歩いてくる、ランゼルとアーロンが見えた。
バートンの陰にいるララの姿に、まだ気づいていない二人。
高揚した雰囲気で、テンポよく会話するランゼルとアーロン。
時々、声を立てて笑い出したり、ふざけて戯れあっている二人。普段の落ち着いた様子からは想像できない盛り上がりぶりに、ララもバートンも目を丸くして驚いた。
ララまであと数メートル。
そこでようやく、こちらに気がついたランゼルとアーロン。
微笑むララに、ハッとしたアーロンが素早く礼をとった。
ランゼルは片眉を上げると、何かに気がついたのか、慌てて自分の腕や足元に目線を動かして確認し出す。
ララも気になってランゼルの姿に注視すると……。
ーーーうわぁ、派手に汚れてるわね。
あら、アーロンの方がもっと酷い事になってるわ。
「まぁ! すごい汚れようだわ。二人とも、訓練大変だったの? 怪我はない?」
あまりの汚れっぷりに、思わず声が出たララ。
「あぁ、怪我はない……。
ちょっと、やりすぎた……な」
恥ずかしそうで、気まずそうなランゼルは頬を掻きながら、スッと視線を外す。
そんな彼とは対照的だったのがアーロン。
「はいっ、ランゼルの魔法剣の威力、すごかったです!」
落ち着いた大人の騎士を彷彿とさせる彼は、ここにはいない。ここには、目をキラキラさせた興奮冷めやらぬ少年の様なアーロン。
ララの頭を過ぎったのは、昔、子どもをデパートのヒーローショーに連れて行った時のこと。
ーーーなんだか、憧れの戦隊ヒーローに会ったみたいな反応ね。
「ほら、二人とも。今日は『アルス』に試作品を受け取りに行く日よ。早く着替えてきて。もうすぐジュードも来るはずよ」
ハッとした表情で、慌てた自室に戻ろうとするランゼルとアーロン。
そんな二人の背中に、ララは声を投げた。
「汚れた服は、ちゃんと泥を払ってから洗濯に出すのよ!」
「バートンも早く、洗濯室にそれ持って行って。ちゃんと『こんなに溜め込んですみません』って言ってね」
そう言い残して、颯爽とその場を後にした。
王女の優しい小言に、通りがかった使用人がクスッと笑う。
「王女さま、なんだかお母さんみたい」
そう呟いた背後から、別の声が重なった。
「オカン、健在だな」
そう、宰相バロンである。
****
着替えを終えたランゼルとアーロンが急いでエントランスへと向かうと、すでにララとジュードは待っていた。
反対方向からバートンとライオネルが、いつものように軽口の応酬をしながらやってくる。
「魔法付与は僕がするからな!」
「えーっ、それはくじ引きで僕になったよね」
どうやら、どちらが試作品に魔法付与するかで揉めているらしい。
「ケンカしないの。くじ引きでバートンなんでしょ? それなら今回はバートン、次がライオネルでいいでしょう?」
ララが諭すように二人に話しかけると、間を置かずに返事をしたのはライオネル。
「はい、そのようにします」
不機嫌はどこへ⁉︎
そんな言葉を投げたくなるような、キリッとした顔であっさりと受け入れた。
「さぁ、出発しましょうか」
ララの一声で外に出ると、水気を含んだ温い風が顔に張り付く。
つい先ほどまでの碧空がうそのように、鉛色の空に塗り替えられていた。
****
アルスは今日も、金属音と鉄の焼けた匂い、焼成炉からの熱で満ちている。
「こんにちは。イストさん、試作品はどうかしら」
入り口で出迎えてくれた彼に尋ねた。
「はい、こちらに準備しています」
そう言って示された先には、黒く艶を帯びた鉱塊があった。
「あの量の留魔石で、ちょっと大きめの工具箱くらいのサイズなんだね」
一番最初に箱の側に行ったバートンが、隅々まで見回して言う。
「はい。使った留魔石は半分ほどですが、大きさはここが限界点です。これ以上は炉の大きさや、焼き上がりの耐久性に問題があるかと……」
イストの説明に、バートンが顎に手を当てて考え出す。
「それなら、この変換機はビス炉に十二基くらい必要かな」
「そうだな。付与の魔法に魔力増幅も組み込んではいるが、今のビス量から考えるとそれくらいは必要だな」
バートンの呟きに、ライオネルが言葉を継いだ。
「まずはこの試作品に魔法が付与できるか確かめてから、今後を考えよう」
ランゼルの言葉にララは頷くと、軽く手を叩いて空気変える。
「ええ、そうね。バートン、魔法付与してみてくれる?」
「いいよ。それじゃ、予定通り始めるね」
そう言ってバートンは試作品の前に移動して、ゆっくりと手を翳し、瞳を閉じた。
静かに開いた瞳、表情のない真剣な顔、紡がれる力を宿す言葉たちーーー
「燃えよ、火よ。命の息吹を受け、力を醒ませ。
巡れ、風よ。その熱を抱き、均しく運べ。
二つの力よ、いま交わりて一つとなり、留魔石に宿れ!」
淡く光が舞って、黒く艶を帯びた塊がその輝きを増す。
溶け込む光に目を奪われたその瞬間――パキッと亀裂が走る音。
誰かがハッと息を呑む。
続いたのは、ガタッと割れ落ちた黒檀の破片だった。




