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第70話 これも、我が家の日常

「ララ、今から中庭で家族揃ってティータイムよ」


託児室からの帰り道、ランゼルと並んで歩くララに、後から声がかかった。


足を止めて振り返る二人に、機嫌良く手を振り近づいてくるのは、王妃セリーヌ。


今日も濃いめの寒色系アイシャドウに、ボルドーの口紅。一見すると派手なメイクも彼女の顔にのせると蠱惑的に見せる。

纏ったシンプルな紺青色のドレスが、全体をまとめるのにちょうどいい。


「今から? お父様とお兄様も、時間がとれたの?」


午後のティータイムには少し遅い時間。

照りつけるような日差しが和らぎ、木々の緑を通り抜ける風が心地よい。


「大丈夫でしょう。今日は議会の予定もないはずだから。もちろん、ランゼルも参加よ」

セリーヌの視線が、ふとララの頭上で止まった。


「あら、素敵な花冠ね! ランゼルはブートニアかしら?」


「そうなの、今日託児室に行ったら子ども達が“婚約のお祝い”って庭で作ってくれたの。ね、ランゼル」

嬉しそうに隣の彼を仰ぎ見ると、頭上の花冠の位置が下がった。


ランゼルは自然な手つきで、ララの花冠を戻すと優しく微笑む。


「あなた達、行く先々で色んな人たちから祝福されてるわね。この前は厨房だったかしら?」


「そうね、厨房の皆んながお祝いだと言って、マカロンでデコレーションしたケーキを準備してくれたわ」

思い出しながら笑顔を浮かべる娘の姿に、セリーヌは優しさを讃えた顔で静かに言った。


「幸せね」



中庭に移動すると、ガゼボにはリーゼルとヨハンが待っていた。


「セリーヌや、ワシまだ執務が残っとるんだが……」

ヨハンの言葉に、リーゼルが振り返って呟く。


「えっ、今日決裁に判を押すくらいしかなかったと思うけど」


「あら、私、あなたには午前中から伝えていたわよ」

セリーヌの一言に、小さくなるヨハン。


そんなやり取りを前にしたランゼルは、思わず「ふっ」と小さく吹き出した。

普段見ることのない、アルマティア王家の日常。


口元に手を当てて誤魔化すランゼルに、ララが言う。

「これが我が家の日常なのよ。どこの家もお母さんが最強なのよね。ランゼルのおうちも?」


「まぁ、似たようなもの……かな? うちは男三兄弟で、父もどちらかと言うと寡黙だし、ひとり喋り倒しているのは母くらいだな」


――あの手紙の文面通りの明るい性格のお母様なのね。


ララは以前、ヨハンの執務室で渡されたノルフェリアからの手紙を思い出して、思わず笑ってしまった。


楽しそうな様子のララに、ランゼルも笑みが溢れた。


「ランゼルのおうちも、素敵な家族なんだろうなって思ったの。

私たちも、明るい家庭にしましょうね」


言ったララも、言われたランゼルも先を想像して照れて赤くなる。

さっきまで、お互いに合わせていた視線が宙を舞った。


リーゼルは妹の幸せが嬉しいやら寂しいやら、何とも複雑な表情で二人を見ていた。


そんなリーゼルの肩にセリーヌがポンと手を置くと、わざと哀れみのこもった声で囁く。

「あなたも、早くいい人見つけなさいね」



ガゼボのテーブルには、白いレースのテーブルクロス。

紅茶は香りの良いダージリン。

そして、それぞれのお皿にはヨハンの好物のマフィンが載っている。


マフィンを見たヨハンが嬉しそうにセリーヌを見て、口元を緩めた。

隣のセリーヌは、自分のマフィンをそっと半分に割って、片方をヨハンの皿に乗せると、『どうぞ』と視線で語る。


「さぁ、皆んな揃ったからいただきましょう」

セリーヌの一声で、和やかなお茶の時間が始まった。



「兄様、明日また精密機械の工房に行ってきますね。

試作の留魔石は、もう冷却まで終わっているはずだから」


手元のカップをゆっくりとソーサーに戻したララは、正面のリーゼルに話しかけた。


「留魔石の確保は時間がかかったけど、試作は順調みたいだね」


「まだちゃんと焼成できるかも、魔法付与できるかもわからないから。まだまだこれからよ」

ララの言葉に、頷くリーゼル。


「そうだね。試作も一度でうまくいくとは限らないから、出来るだけ早く留魔石の入手経路を確保しないとね」


「でも、なんで鉱山の持ち主は留魔石を売ってくれなかったのかしら」

軽く眉間を寄せて、思案するララ。


「それについては、ロバート大臣に流通なども含めて調べてもらうよ。なんだか、裏がありそうだね」

リーゼルも真剣な表情で、考え込んだ。



兄妹が真剣に話をしている横で、セリーヌのいつもの声が響く。

「ほら、あなた。そんなに一気に口に含むから喉につっかえるの。もっとゆっくり食べなさい。誰も取りはしないから」


軽く咽せているヨハンの背中をトントンと叩いたり、紅茶を飲ませたり、口周りを拭いたりと、セリーヌは忙しく国王の世話を焼く。


「これも日常?」

ぽつりと溢れたランゼルの呟きに、ララとリーゼルは二人同時に大きく頷いた。


ちょうどそばを通りかかった宰相バロン。

「あぁ、婿殿。とうとう真のアルマティア王家を知ってしまったか」


そう呟く彼の瞳は笑っている。

ーーーアルマティア王家の新たな一員に期待と親しみを込めて。


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