第7話 母ちゃんスイッチ、発動。
厨房を出たララは、少し近道する形で洗濯室へ向かっていた。
使用人の住居区画を抜ければ、中庭を通ってすぐ。ほんのわずかな近道だった。
通路を抜けて視界が開けたそのとき、耳に届いたのは──
「うえぇぇんっ……!」
甲高い泣き声と、静かに立ち尽くす小さな背中。
ララは迷うことなく駆け寄っていた。
「王女!」
背後からランゼルの声が飛ぶ。だがその頃には、ララはすでにしゃがみ込み、子どもに向かって手を伸ばしていた。
「どうしたの?」
優しく声をかけても、女の子はなおも泣き止まない。
ララは迷いなくその小さな体を抱き寄せ、ぽんぽんと背をさすった。
手やスカートには泥がつき、転んだのだろうとすぐに察しがつく。
ララは彼女の手や頬の汚れをそっと拭い、ポケットから取り出した清潔な布で、小さな膝をやさしく包んだ。
「痛かったわね。でも、もう大丈夫」
子どもの泣き声が徐々に静まり、やがて、嗚咽だけが残る。
その隣で、兄らしき男の子が安堵したように表情を緩めた。
二人の服は質素だが丁寧に着られており、幼いながらもどこか気品を感じさせた。年齢は、妹が二歳ほど、兄は四歳くらいだろうか。
ララの胸の奥に、懐かしさがこみ上げてくる。
(……うちの子たちも、よく転んでは泣いていたっけ)
思考より先に身体が動いていたのは、その記憶が深く染みついていたから。
少し離れた場所から、その様子を見ていたランゼルは、言葉を失っていた。
泥だらけの子どもを抱きしめ、傷を拭い、涙を受け止める──
その動作に一切の躊躇がない。王女としての気品は確かにあった。
だがそれ以上に、その所作からにじむのは――
(……母だ)
子どもに向けた眼差し。手のぬくもり。ひとつひとつが、母親のように自然だった。
まるで、あらかじめ決まっていたかのような動きに、彼は目を奪われる。
やがて、女の子が小さな声でぽつりと漏らす。
「……おかあさんのところに、いきたいの……」
「お母さん、どこでお仕事してるのかしら?」
ララの問いかけに、男の子が答える。
「……せんたくのところ。でも、ぼくたちは行っちゃダメって言われてる」
ふいに、ララの目が女の子の手元に留まる。
小さな手には、草花の小さな束が握られていた。
「それは……?」
「……さっき、みつけたの。きょう、おかあさんのたんじょうびなの。だから、あげたいの」
その言葉に、ララの胸がほのかに熱を帯びる。
「そう。だからお母さんに会いたかったのね」
そっと微笑んで手を取り、「じゃあ、一緒に行きましょ」と声をかける。
「でもお仕事中だから、静かにね。お母さんにお花を渡したら、お兄ちゃんとここで待てる?」
「……うん」
ララは女の子の手をとって立ち上がり、歩き出す。
ランゼルは無言のまま後に続いた。
洗濯室の扉を開けると、むっとした湿気と熱気が押し寄せてくる。
部屋の奥からは、布が擦れる音と、一定のリズムで水が流れる音が響いていた──。