第69話 灯る炎、動き出す歯車
少し薄暗い工房に響く、金属を打つ高い音。合わせて飛び散るオレンジの火花。室内に充満する、鉄の焼けた匂い。奥に見える焼成炉からは橙赤色の炎が揺れていて、夏の暑さをさらに増幅させていた。
工房の十数名の職人達は、ここには音も熱もないかのように、ただ一心に各々の作業に向き合っている。
ここは王都を代表する精密機械の工房『アルス』。アルマティア全土から、その技術を習得するために若者達が門を叩くが、実際に弟子入りできるのはほんの一握り。
作業台の一角で、ひとり黙々と作業をする男性。モノクルをかけ、ひたすら手元に集中している。一見すると、騎士のようなガタイの良さ。細かなピンセットよりも、剣が似合う、そんな風貌。
後ろに一つに束ねた髪の一部が、はらりと頬にかかると、集中が切れたのか、ふと顔を上げた。
入り口に見えたシルエットに、慌ててモノクルを外して席を立つ。
ガタンっと木の丸椅子が横に倒れた音で、周りの職人達もそちらを見た。
「……っ‼︎ 王女さま、お出迎えもせずに申し訳ございません」
急いでララの前まで来ると、さっと礼の姿勢をとる。
他の職人達も後ろに並んで、彼に続いた。
「いいえ、気になさらないで。今日は、よろしくお願いしますね」
ララは明るく答えて、ランゼル、バートン、ライオネル、ジュード、アーロンを工房の皆に紹介した。
「初めまして、ここ『アルス』の工房の責任者を務めております、イストと申します。ではさっそくではありますが、作業工程の確認に入りたいのですが」
イストの言葉に、ララは工程表を一番近くの机に置いて説明を始めた。
「色々と文献で調べたんだけど、『粉砕した留魔石を石灰と水晶の粉を混ぜ込んで成形して焼く』方法が一番理にかなってるみたいなの」
ララの説明に、イストは腕を組んでしばらく工程表に見入っている。
ララ達もじっと彼の言葉を待っていると、考えがまとまったのかイストは先程の作業台から、ペンとインク、紙を持ってきた。
ひとり黙々と紙に書き記している。
見える範囲でわかるのは、計算式や羅列された数字、走り書きされた単語。
ーーーすごい集中力ね、あの工程表から実際使用する留魔石や、石灰、水晶の粉の分量を計算しているのかしら。
書き連ねた数字や文字を、選別するように丸で囲んで、イストは顔を上げた。
「この工房内で、粉砕、成形、炉での焼成まではできそうです。冷却に1日置きたいので、完成は2日後でしょうか」
「ありがとう。では、さっそく材料を搬入するわね」
ララの言葉にジュードとアーロンが動くと、工房の職人達が後に続いた。
運び込まれた留魔石をイストと職人達が取り囲んで、興味深げに観察している。
「これが特殊鉱石ってやつか」
誰かが呟く。
「本当は留魔石って言うらしいぞ」
ひとりの職人が、留魔石を光にかざしながら答えた。
「初めて扱う鉱石なので、まずは数個粉砕機にかけてみます」
イストの言葉に、ジュードが声をかけた。
「イストさん、大変申し訳ないのですが、今入手できる留魔石はこれで全部なんです。今回の方法がダメなら、また違う方法を試さないといけないので……できるだけ無駄の出ないようにお願いできればと……」
「留魔石はそれほど希少な鉱石なんですか?」
イストの言葉に、困惑顔のジュードが口を開く。
「いいえ、留魔石はビス鉱山から採掘される鉱石です。我が国はビスが主流だったので、流通していないだけで、全く珍しい鉱石ではないんです」
「では、なぜ?」
「分かりません。今回かなり入手に時間がかかりました」
ジュードの言葉に、何か思い当たる節があったのか、一瞬だけイストが視線を動かした。
「できる限り無駄なく使用します。けれど、初めて扱う鉱石なので、その硬度や特性がわからなければ他の材料との配合比率や、焼成時間と温度も明確にはできません。最初のいくつかはテスト用として使わせてください」
「ええ、大変なことをお願いしているのはこちらだから。イストさんのやり方で大丈夫よ。留魔石の入手については、国でも調査を行うから、心配しないで」
ララは、ジュードやイストを安心させるように笑顔を向ける。
軽く頷いたイストは「では、さっそく作業にかかります」と一言残して、職人達とその場を離れていった。
イストを中心に、議論を交わしながら作業を進める『アルス』の人々。
そんな彼らの様子を、しばらく静かに見ていたララにバートンが声をかける。
「王女さまも、ランゼルさんも婚約したのに、距離感いつも通りだよね。婚約したばっかりって、もっとウキウキ、ドキドキなんじゃないの?」
バートンの突拍子もない発言に、ララは目を見開いた。
「ばっ……バートン、いきなり、びっくりするじゃない」
そう言ったララの顔は真っ赤で、助けを求めてランゼルに視線を送った。
ランゼルもまた驚きと羞恥で固まっている。
ララの視線に気がつくと、彼も一緒になって赤面し出す。
「いや、これはこれで初々しくていいのかもね」
バートンの軽口に、ライオネルが苦言を呈する。
「おい、バートン! 王女様を困らせるな!」
「そういえば、王女様? 婚約祝いの席は設けないんですか?」
アーロンが尋ねてきた。
「うちの父も気にしてましたよ。王族の婚約だから、来客はどこまで呼ぶんだろうかって」
ジュードもアーロンに続く。
「それね、お父様とお母様にも言われたんだけど。とりあえず今は、魔法導入が最優先事項だから、一通り目処がたってからって事にしてるの」
そう言って、ララはランゼルを見た。
軽く頷いたランゼルは、ララの肩に優しく手を置くと目を細める。
「おいバートン、もうウキウキ、ドキドキではなくて安定した信頼関係が成り立っている段階ではないか?」
ライオネルが小声で耳打ちしている。
「確かに、そうかも。ついこの前まで、ランゼルさんすぐに嫉妬して不機嫌になってたのになぁ」
バートンとライオネルの会話の内容は聞こえないが、なんだか仲良さげな雰囲気に、ララは一言。
「もう、二人ともすっかり仲良しね」
「「いいえ!」」
楽しげな会話の後ろで、入り口を覗く影ーーー
視界の端に捉えたランゼルが振り向いたときには、何も映らなかった。




